第零話
「おいおい、どうした魔法使い最強と名高い蒼牙。っはは。まさか七大要素を全て使えるというだけで、俺の前まで来たわけじゃないよな?」
蒼牙と呼ばれた男は、茶化すようなその言葉に反応することはなく、淡々と睨みつけていた。
右肩を抑え、左足を引きずり、右目は頭からの流血によって使えない。
腹部からもいくつか出血していて、今すぐ相応の処置をしなければ数分後には死ぬだろう。
「はぁ…はぁ……あぁ、その通りだ。……お前のせいで、嫁も、息子ももしかしたら死んでるかもな……。俺がここで…お前を倒したところで、生きてる可能性は殆ど無い…。」
巨大な地下空間で、所々壊れている照明を浴びている、一人仮面をつけ椅子に座っている男と、一人満身創痍でかろうじて立っている男を、体を庇いながら睨みつけている男。蒼牙がいる。
「なるほど、相打ち覚悟か。」
「…相打ちじゃなくても、俺の狙いは達成できる…ケフッ…ここで、どちらかの命が消えたら…運よくどちらの命も消えたら……この戦争はお終いだ。」
「成程。考えたなぁ、『七帝』」
「…お前からも言われるとはな…『魔王』…ここで決着だ。」
「魔王」そう呼ばれた男は、椅子からゆっくりと立ち上がる。
蒼牙は、もつれる足に力を入れて、仁王立ちし、魔力を練り上げる。
W.M.W.1(World・Ⅿagic・War・1)とも、第四次世界大戦とも言われたこの戦争。
引き金となったのは、「七帝」蒼牙が所属する「七王会」に対して、国際テロ組織「魔王軍」が2024年に宣戦布告をしたため。
その中で、両陣営の最大戦力である「七帝」と「魔王」その一騎打ちは、世界の命運を決めることに等しい。
「その体の傷じゃ、碌な魔法も発動できないだろう?先手を譲ろう。」
「…かはっ。…そうか…分かった。じゃあ、ありがたく。」
蒼牙は、ニヤリと笑みを浮かべると、両手を前に突き出した。
「魔王」の油断。これは、蒼牙の作戦でもあった。もはや逆転は不可能とまでその身を犠牲にすることで、魔王の油断を誘う…というありふれた作戦である。
だが、勝利を確信した者は、その作戦に、その罠に気付くことは無い。
「初級火魔法『発熱』」
そう言うと、蒼牙と魔王の間の床が熱され始め、赤熱化し始めた。
真っ赤な絨毯のように赤く、眩しくもないが光を放つ。
「…舐めているのか?」
「魔王」の言葉など耳に入らないとでも言いたげに、蒼牙は次の魔法を発動させる。
「初級水魔法『水球』」
すると、赤熱化した床の上に、直径80センチ程度の水球が50個程度出現した。
蒼牙の前には、赤々と熱されている床と、静かに表面が波打っている水球がある。
その光景に、「魔王」は声を荒げる。
「…おい、何をしている!」
しかし蒼牙はそれにとり合わず、口の端をニヤリと吊り上げる。
「…なぁ、『魔王』……水ってのは、三つの状態があるよな?」
「…氷、水、水蒸気…この三つだろ。それとこれに、今なんの関係がある?」
「……ガフッ…まぁ…分からないならいい。」
蒼牙は、そう言うと同時に前に突き出していた手を下ろす。
その手と連動して、水球は床に近づいていき――
――床に触れたと同時に爆ぜた。
蒼牙が行ったのは、水蒸気爆発というありふれた現象である。
海底火山が噴火した際によく見られ、その際はマグマ水蒸気爆発とも呼ばれる。
莫大な規模の水蒸気爆発によって、「魔王」と蒼牙「七帝」がいた巨大な地下空間は崩落し、どちらの行方も不明となった。
そして、これを口実に魔法の進出によって弱っていた国連は、2026年。弱った「七王会」と「魔王軍」に対して莫大な賠償金を各国に支払うことを命じて、国際社会に対する影響力を取り戻した。
時は2011年。既にアメリカによって魔法という概念が確認されていた。
CIA内部調査機関である超能力等概念的存在研究所(ESP etc. conceptual existence laboratory)において、幾人の科学者によって魔法という存在が確認されていた。
2018年。魔法に関する研究は進み、火・水・土・風・樹・光・闇の七つの要素で、形成されており、人類の進化によって魔法を使うことが可能になった。と結論付けられた。
尚、七つの要素は七大要素と呼ばれていく。
同年、中東にて中規模の軍事的衝突が発生した。その地域は石油産出国に近いこともあり、世界経済は再び悪化していった。
中国が世界の混乱に乗じてフィリピン沖を巡行するアメリカの空母を砲撃した。
(中国としては、フィリピンの艦船を砲撃したつもりだったらしい。)
中国の砲撃は見事命中。
これが引き金となり、中国対アメリカ諸国による第三次世界大戦が幕を開けた。
そして2020年、アメリカ軍魔法部隊、別名「magician‘s」の活躍もあって、戦争はアメリカ側の辛勝に終わった。犠牲者は、中国の戸籍管理が甘く分かり辛いものもあるが、4~6億人と推測されている。
魔法を使える者達は、この戦争によって増えたと共に地位を向上させた。
その証拠に、国連とは完全に別である、国境を越えた公的組織である「七王会」が設立された。
なぜ七王なのかという問いには、単純に各要素それぞれの最強の魔法使いを最高権力者としておかなければ、暴走しかねないという判断である。
2024年.いつの間にかできていた国際テロ組織である「魔王軍」が、「七王会」へと戦線布告をした。黙ってテロリズムしておけばよかったのにも関わらずである。
同年、天才と呼ばれる者でも3要素しか使えないと言われていた魔法を、七大要素全て使える「七帝」という存在が加入したこともあって調子に乗っていた「七王会」は宣戦布告を馬鹿正直に受け取った。
そして2025年。油断しきっていた「七王会」に「魔王軍」のスパイが紛れ込んでおり、情報が駄々洩れになっているにも気づかずに「七王会」は「魔王軍」の各国の拠点に大軍を引き連れて侵攻した。
だが「魔王軍」によってがら空きになっていた「七王会」の各国の拠点を侵攻した。
その侵攻により世界各国で、小さい争いが起き、それが集まり、第四次世界大戦、もしくは、W.M.W.1へと発展した。
2026年。「魔王」と「七帝」の両者の生死が確認できなくなったところで、終戦を迎えた。
そして、2035年。
天削蒼牙「七帝」の血を受け継いだ、天削蒼悟の戦いが、始まる。