突撃
コノエは不安だった。
元々、不安でない任務など一度もなかったが、その中でも今回は何かおかしい。いつにもまして「勝てる」という感覚が薄いのだ。既に出撃した2小隊が全滅した可能性は否定できない。加えて敵がイエローラインを越えてくるのも普通ではありえない。悪い材料ばかりが揃いすぎている。
「隊長、どうかしたんすか?」
飛行中だというのに、コノエが神妙な顔で下ばかり見ているので、ルリがリュッカの頭越しに声をかけてきた。
「何か悪い予感でも?」
ルリの予想外の言葉に、コノエは思わず振り向いて言った。
「やはり何か感じるか」
「いや、特に何も感じないっすけど」
そして拍子抜けして、思わず高度をおとすコノエ。
まあ、感じているのが私だけなら、ただの気のせいだろう。そう自分に言い聞かせ、コノエは槍を強く握り直す。
「見えました! 敵です!!」
隊列の右端の誰かが叫んだ。
「どこだ!? 何機いる?」
「正面です! 数は――」
「じゅうに・・・・・・ いや13体です!」
いつもより若干少ない。これなら自分たち20人で押し切れる。そう判断したコノエは、すかさず指示を出す。
「総員、戦闘用意」
各々、肩に担いでいた巨大な槍を構え、柄を脇で固定する。盾は頭を保護するように前へ。
「リュッカ。ぶっつけ本番はさすがに酷だろうから、私の後ろに――」
「いえ、私やれます」
「――そうか」
断られると予想していたコノエは、それ以上何も言わなかった。
「友達の仇――」
「人類の敵め・・・・・・」
殺気に満ち満ちる少女たち。
「慌てるなー。まだ距離がある」
あまり焦っても、魔力を消耗するだけである。的確に間合いを読む能力が要求される。
「タイプF、クラスCってとこっすか」
遠く敵の姿を観察しながらルリが言う。
タイプF、またはF型魔獣は、戦闘機を模した魔獣である。暗褐色の体で、頭部すなわち操縦席にあたる部分には、大きなコアが埋め込まれている。先の戦争で人類が使用した戦闘機を模倣したものになっているが、現在までミサイルや機銃といったものは確認されていない。唯一の武器は、機首にある大きな口、そしてそこから発射される『金色飛翔体』である。砲弾のように口から撃ち出されるそれは、消化器官が変化したものと考えられており、接触したものを問答無用で取り込み、浸食し、同化する。元々魔獣の体の一部だからか、連射はできず、各々の個体につき一発が限度である。とはいえ恐ろしい武器であることに変わりはない。体のどこか一部にでも被弾すれば、ごく短い時間で体全体を金色の組織で覆われてしまう。
「さほど機動力はないからな。落ち着いてコアを狙えばいい」
「簡単っすね」
「気を抜いてもいいとは言ってないぞ」
「まもなく敵の射程に入ります!」
「距離を詰めてから一気に叩き潰す。ここが正念場だ」
突撃を仕掛けるにはまだ早すぎる。彼女らが全速力で飛行できる時間はごく限られている。しかし既に敵の射程内。猛攻に耐えながら進むしかない。
迎え撃つ魔獣の群れは揃って『口』を開き、一斉に金色に輝く弾を投射する。
放物線を描きながら飛来する黄金色の嵐。
べしゃ。という嫌な音とともに、リュッカの盾に金色の大きなシミが広がった。
「ヒィッ」
思わず悲鳴を上げる。その間にもシミはどんどん大きくなり、盾を飲み込み腕の方へと迫ってくる。
「盾を捨てて! 呑まれる前にパージ!」
ルリの怒鳴り声で、ほぼ反射的に左手のレバーを握りこみ、盾を切り離す。金色の塊となって、皆の切り離した盾が眼下の海へと落ちてゆく。敵の攻撃の性質上、盾は使い捨てるしかない。
「はいセーフ! あれに飲み込まれたら、元には戻れないからね!」
怯えるリュッカにルリが言う。
頼りの盾を失い、空いた左手で額の汗を拭う。敵が一方的に撃ってくる状況で身を守る物はなく、しかもこちらに攻撃手段はない。それでも前へと進む。進まねばチャンスはない。
「突撃用意」
コノエが待ちに待った号令を発する。盾を持つ者はそれを前へと突き出し、盾を既に捨てた者は両手で槍を構える。
「第二射がくるまえに仕留める。突撃だ。私に続け!」
ここまで温存してきた魔力を一気に解放し、最大限の加速で敵の群へと突撃する。空気抵抗を減らすため体は水平に。視線は決して逸らさない。
指揮を執るコノエを先頭に、楔型陣形で魔獣の群へ殺到する魔法少女たち。
「次弾きます!」
間髪入れず、攻撃の第二波が襲いかかる。迫り来る輝く弾。
盾を持たない者から犠牲になる。どうあがいても防げない。
短い悲鳴がひとつ、またひとつ。
「速度をおとすなリュッカ。前だけ見てればいい」
コノエが言う。後ろを振り返れば、煌めく黄金に包まれながら絶望とともに海へと墜ちていく仲間の姿が見えるだろうが、コノエはそれを望まない。
「は、はい」
襲い来る金色の嵐の中、無我夢中で返事をするリュッカ。両手で槍をにぎり、せめてコノエやルリの邪魔にならないようにしようと一瞬ルリの方を窺うと、すでに彼女の姿はなかった。
思わず叫び声をあげそうになるが、全力で恐怖を噛み殺す。ここでうろたえてスピードをおとすわけにはいかない。敵は目前。その邪悪ないでたち。赤く輝くコア。不気味に光る金の牙がはっきりと見える距離。
衝撃。
ふたつの力が正面から激突する。自身の体重、槍の質量、それに時速200kmを超える相対速度を上乗せし、すべての力をその先端、極小の面積に集中させる。古の人類が生み出した馬体突撃の応用編。単純であるが故に凄まじい威力の一撃が、敵の装甲を食い破り肉を貫く。
交差。
生き残った者だけが、互いに敵の姿を目尻に飛び抜ける。敗れた者は墜ち、海へと還るだけ。魔法少女であれ魔獣であれ、敗者は等しく敗者である。
「立ち止まるな! 一旦距離をとり陣形を整える!」
この時点で残っていたのは、コノエとリュッカを含め9人。半数以上が突撃中に犠牲になった。
一方で魔獣は5体が生存。反転し残りの魔法少女を屠るべく向かってくる。
「9対5。このまま押し切れますね」
「いや――」
「どうしました? 隊長」
「――撤退する」
「何故です!?」
数の上では確かに勝っている。だが、個々の戦力差は無視できない。コノエには今日の魔獣の旋回半径が、いつもより若干小さいように感じられた。
「こちらはほぼ2倍。負けるはずがありません!」
「それに、今私たちが退いてレッドラインまで到達されれば、基地のみんなが危険に」
「今回の敵はいつもと何か違う。慎重を期すべきだ」
「敵が強かろうと弱かろうと、関係ありません! 勝てばいいんです!」
「死んだ仲間たちのためです。命など惜しくありません!」
そう言い残して、次々と魔獣に再び立ち向かう魔法少女たち。しかしコノエは引き止めない。彼女らがそれを望む以上、コノエには引き止める理由がない。――どうせ、いずれ死ぬのだ。彼女も自分も。
誰にも聞こえないよう小さく舌打ちし、コノエは呟いた。
「――まったく。何のために隊長をやってるんだ私は」
「あの、何か言いましたか?」
唯一、どうすればいいのか分からずコノエのもとに残ったリュッカが、落ち着きを装って言う。内心かなり動転していることに、コノエは既に気付いていたが。
「リュッカ。命令だ。直ちに基地へ戻り、救援を呼んでこい」
「えっ・・・・・・、でも私も」
戦いたいです。そう言いかけた口を、コノエは左手でふさぎ、凄んだ声で再び命じた。
「命令だ。急げ」
口をふさがれたままのリュッカは、コクリと頷くと急降下して水面スレスレを基地の方へと飛んでいった。