出撃
コアはできるだけ外気に触れている必要がある。コノエたちは、コアの位置に穴のあいた特別なインナーに着替え、さらにその上からセーラー服を模した『防護服』を纏う。ある程度の防弾・防刃性能に加えて、救命胴衣にもなるスグレモノだが、魔獣が相手とあってはあまり意味をなさない。
「なんかこう、キラキラって変身するものと思ってたんすよ。魔法少女だし」
「魔力に余裕があればできるかもね」
「そうだよね。私たち飛ぶのがやっとだしね」
ぶつぶつといつもどおりの文句を言いながら、それでも手際よく着替える少女たち。
「ここ引っ張ると、ここが膨らむようになってるから」
初めて防護服を着るリュッカに、装備担当が使い方を説明している。
待機命令を受けた3年5組のメンバーは、学校のある丘の下、海辺の旧空軍基地の格納庫前に整列していた。総勢19名。リュッカも含めて20名が巨大な槍を持って並ぶ様は、小柄な少女たちとはいえやはり圧巻である。
「私らの出番、ありますかね」
独り言のようにルリが呟く。呑気そうにしているつもりだが、コノエにはその言葉の裏に隠した緊張と恐怖が透けて見える。
「まあ私もいっぺん戦闘を経験してますんで。もう怖いものなしっすよ。コノエ隊長」
そうじゃない。コノエは心の中で呟いた。あの戦場から生きて帰ってくる度に恐怖は大きくなる。あの地獄で生死を分けるのは度胸でも技術でもなく、運である。死は確率的には平等にやってくる。
一通りレクチャーを受けたリュッカが、自分の位置、つまりバディであるコノエの隣へ戻ってきた。
「あの・・・・・・待機ってことは、まだ出撃しなくていいんですよね」
「最初に迎撃に向かった部隊が消えたか、それとも援軍を要請してきたか。どちらにしても、さっきまでここで待機してた部隊が出払ってしまったから、代わりに私たちがここにいる。それだけだ」
「消えたっていうのは――全滅」
「さあ、私には分からない。もしかしたら、単に迷子になっただけかもしれない。まあ3番目の私たちまで順番が回ってくることはめったにないし、増援に行った子たちの帰りを待つだけの簡単な任務だよ」
空のかなた。魔法少女たちが向かっていった先を遠く眺めながら、コノエは言った。
太陽は天高く昇り、雲は少ない。風も弱く天気は極めて良好であった。
「なんというか、昼寝でもしていたい天気っすね」
「ハンモック出してくる?」
「ルリおねがーい」
「やだよ面倒臭い」
待機任務は基本的に退屈である。特に今回は既に2つの部隊が迎撃に向かっているため、3番目の自分たちに順番が回ってくるとは、コノエですら考えていなかった。
そこへ突然、
『待機中の3-5へ。緊急出撃用意』
けたたましいサイレンとともに、スピーカー越しに切迫した指令が入る。
「3-5いつでも出られます」
ジェスチャーで同僚を再び整列させながら、落ち着いた声で応答するコノエ。
『先行した部隊が消えた。同時に魔獣の群れがイエローラインを越えたと報告があった」
イエローラインとは、3つある防衛ラインのうちの2つ目である。敵がこのラインを越えてきても、すぐに対応すればギリギリ間に合う程度の距離に設定してある。
『準備でき次第出撃。魔獣を発見後直ちにこれを殲滅せよ』
「了解しました」
通信終了。先ほどまで完全に弛んでいた彼女たちに、突然火が入る。
「皆、準備はいいね」
「「はーい!!」」
出撃直前の極短いブリーフィングは、隊長であるコノエの習慣である。
「どうせ空に上がったら忘れるだろうけど、私たち3年5組のモットーは?」
「「いのちをたいせつに!!」」
リュッカを除く全員で斉唱。新入りリュッカはなにがなんだかといった顔で隣のコノエを見ていた。
コノエはその大きな槍の柄でアスファルトの地面をひと突き。
「3年5組、コノエ隊。出撃します!」
次々と少女たちの胸に光が灯る。コアの出力を上げるに従って抵抗が増大し、これによって起こる発光現象である。
はじめにルリが。そしてひとり、またひとりと地を蹴り、青空へと舞い上がる。リュッカが無事に上がったことを確認し、最後にコノエが飛び立つ。
総勢20名の影が、滑走路を横切り大海原へと向かってゆく。