リュッカ
「ただいまー」
とりあえず役目を終えたコノエは、3年5組の教室へ戻ってきた。
「あ、お帰りなさいコノエさん」
「どうでした、新しい子たち」
コノエは『後輩』たちの質問をよそに、さっさと自分の席に着く。
「あれ、コノエさん。なんかあったんすか?」
左隣の机から身を乗り出してきたのは、先週この3年5組に配属されたルリだった。
「いや、別になにも。それに、『新しい子』っていっても、ルリもまだ新入りみたいなもんでしょ。1週間しか経ってない」
機嫌悪そうに返事をするコノエに、ルリは頬を膨らませてみせながら、
「そりゃあ、コノエさんから見れば私もまだ新入りかもしれないですけどぉ。1週間生き残ってるだけでも凄いと思いません?」
ルリの言葉は真実だった。たいていの魔法少女は、部隊に配属されて1週間経たないうちに命を落とす。この3年5組にも、週に何人もの『新入生』がやってくる。
「死なないでいてくれれば、それに越したことはないよ」
コノエがそっけなく言い返したそのとき、教導官が教室の扉を開けて入ってきた。
「あ、先生おはようございまーす」
呑気に挨拶するルリ。他の面々もそれに続いて挨拶したり、外を眺めていたり居眠りをしていたり。
「ああ、おはよう」
にこやかに挨拶を返す教導官。
「先生。今日は何の授業からですか?」
「そのまえに、今日はまず転校生を紹介しようと思う」
教導官の言葉にざわつく教室。
「入っておいで」
皆の視線が一斉に教室の入り口に集まる。
恐る恐る扉の陰から姿を現したのは、小柄で気の弱そうな少女だった。
「あの・・・・・・今日からお世話になります。リュッカっていいます」
消え入りそうな声で自己紹介をするリュッカ。最後の方、名前がよく聞き取れなかった者もいたが、とりあえずこの小さな新入りを受け入れようという気持ちは、皆同じだった。
爆発的歓迎ムードでリュッカの仲間入りを祝う3年5組のメンバーの中で、コノエだけが神妙な顔をしていた。
「どうしたコノエ」
心配したのか、教導官が声をかけると、
「この子、朝私に質問してくれた子ですよね。最後に」
「あっはい。今朝はどうも・・・・・・」
「教導官。なぜこの子がここに? 部隊に配属になるには少々早すぎませんか」
通常、新たに魔法少女となった者は、まず一通りの基礎トレーニング過程を済ませてから、実戦部隊に配属される。
「コノエ。これが変則的であることは私も承知している。だが欠員は埋めねばならん」
さっきまでとは変わって、急に厳しい口調になる教導官。
「欠員・・・・・・というと」
コノエは視線を右隣の席に向けた。誰も座っていない椅子がそこにある。前回の人員補給の際、人数が足りず、コノエの相方の席だけ空席となっていた。
「私でしたらバディがいなくても問題ありません。それに訓練不足で出撃しても」
「すまんなコノエ。私が決めたことではないのでな。それに彼女自身も問題ないと言っている」
「あ、あの・・・・・・精一杯頑張ります私」
自分のせいで険悪なムードになってしまったのを、なんとか解消しようとして場違いなことを言ってしまったリュッカだったが、
「別に君は――リュッカは悪くない」
そう言って右手を差し出すコノエ。それに応えて握手するリュッカ。
「よろしく、おねがいします」
「よろしく、リュッカ」
そのときである。
天井のスピーカーから、耳障りなブザー音が鳴り響く。
『迎撃部隊3-5。待機順繰り上げだ。出撃準備がおわり次第ベースで待機』
コノエの顔を再び曇らせるには、それだけで十分だった。