コノエ
同時刻。コノエは体育館のステージ上にいた。
「あの・・・・・・、私の番はまだ先では?」
率直な疑問に不満を込めて尋ねるコノエに、年上の教導官のお姉様は、
「ユカはさっき出撃しちゃったし、シオリは待機中だし・・・・・・。残念ながらあなたしかいなくてね。コノエ」
「はあ、わかりました」
ため息混じりに返事をして、コノエは渋々壇上へ上がった。
ここは海辺の丘の上に建つ学校。元は公立の高校だったものをそのまま利用した、『魔法少女養成施設』である。
彼女が呼ばれたのは、新たに『魔法少女』となりこの学校へ「入学」することになった少女たちに、簡単な指導と戦闘における心構えなどをレクチャーするためだった。実際に戦闘を経験してきた者の数はかなり限られるため、コノエにも頻繁にこの役がまわってくる。
ステージの上からアリーナを見下ろせば、そこには100人あまりの新米『魔法少女』たち。皆お揃いのセーラー服だ。
「はい、ちゅうもーく」
そう言ってコノエは数回手をたたき、聴衆を黙らせる。
「じゃあこれから基本中の基本について説明するよ。本当に心の底からどうでもいいことばっかだから、1回しか言わないし、別に聞いてくれなくてもいいから」
はじめの頃はコノエも真面目に前置きを語っていたが、不思議とこっちの方が皆よく話を聞いてくれるので、最近はずっとこんな調子である。
「えーっと、まずはこれから説明するよ」
そう言いながら、スルリと胸元のリボンを解くコノエ。そしてそのままセーラー服の襟を掴み、胸元が見えるまでインナーごと下へ押し下げた。
ちょうど胸鎖関節の下あたり。控えめな胸の間に、それは埋め込まれていた。
金属製の枠にはめられた薄紫色の水晶。中心部にはわずかにい色の濃い球体が見える。
「これ、『コア』ね。知ってると思うけど、これのおかげで魔力が使える。もう一つの心臓みたいなものだから、大事にしてね」
この半埋込式魔力水晶体の移植を受けることで、人は魔力を行使できるようになる。
「私たちエレメンタリモデルだと、たいして大きな出力は期待できないけど、でも自力で飛べるってだけでも凄いし、自信もってね」
「質問いいですか」
新入生の1人が手を挙げた。
「どうぞ」
襟を元に戻すコノエ。
「どうして私たちのコアはこんなに貧弱なんですか? コアの出力って上げられないんですか?」
正直、コノエもよく分からないので、目線で教導官に答えを求めた。
「――出力が小さいのは安全上の理由から。それ以上は答えられない」
「・・・・・・だそうだ。他に質問は?」
反応がないので話しを先に進める。
「じゃあ、あとは武器についてなんだけど」
舞台袖からいつも使っている装備一式を持ち出して、
「まずこれ。槍ね」
コノエの身長を遥かに上回る、細長い円錐形の槍。いわゆるランスである。柄の部分は握りやすいよう少しくびれていて、皿のような鍔が付いている。
「金属製で結構重いけど、重いからこそ威力があるんだから、頑張ってね」
槍の先端部分に魔力の層を形成することで、魔獣の体表魔力層に弾かれることなく、本体にダメージを与えることができる。多大なる犠牲を払ってきた人類がようやく手にした、数少ない有効な攻撃手段のひとつである。魔力供給量の少なさ故、直接手に持っているものにしか魔力層を張ることができないため、遠距離攻撃の手段は未だに確立されていない。
「校庭にクインタインあるから、それ使って練習するといいよ」
次に盾を取り出し、左腕に装着してみせる。
「これ、盾ね。ちょっと珍しい形だけど、飛びながら使うものだから仕方ないの」
空気抵抗を抑えるため、滑らかな流線型をしている。加えて前方の視界を確保するため、大きな窓がつけられている。
「大事なことなんだけど、この盾ワンタッチで取り外せるようになってるから、邪魔になったらすぐ捨てるようにね。あと、軽さ重視で強度はそんなにあてにならないから」
試しに盾を切り離してみせる。ゴトンと音を立てて床に転がる盾。
「サブの武器は自分にあった物を選ぶといいよ。はじめのうちは軽いやつの方がいい。――以上だけど何か質問は?」
ガヤガヤと騒がしくなるアリーナ。そんな中、前の方に座っていた1人の新入生が恐る恐る手を挙げた。
「あの・・・・・・」
「なにかな」
新入生は一瞬躊躇う素振りを見せたが、
「やっぱり私たち、その・・・・・・死んじゃうんでしょうか」
静まり返るアリーナ。
データが公表されたことは一度もないが、魔法少女、特にエレメンタリモデルの生還率は異常に低い。学校もできるだけ魔法少女たちに希望を持たせようとはしてきたが、事実は事実である。
新入生たちが固唾をのんで答えを待つなか、コノエは冗談混じりに答えた。
「早く死ぬか、それとも遅く死ぬかの違いだ。それとも君は不老不死か何かかな?」
聴衆の中から笑いがこぼれ、凍っていた場の空気が一気に解ける。
正直、コノエもこういう話はしたくないので、早々に切り上げることにした。
「はい、じゃあ私の話はここまで。みんなで力を合わせて魔獣を倒そう! これからよろしくね!」
とにかく雰囲気だけは明るいまま、コノエは体育館を後にした。