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 静寂は時に安らぎを与え、時に不安をもたらす。再び教室にひとり残されたリュッカは、ただ呆然と黒板を見つめていた。外の訓練の声はいつの間にか止んでおり、校舎は珍しく静寂に包まれていた。

「はぁ・・・・・・」

 溜息。その僅かな息の音さえ大きく感じる。

 さて、これから何をしようかとリュッカが窓の外を見上げたその時だった。

『――もしもーし――』

 とても遠くから響いてくるような、小さく弱い声。しかし確かに誰かが呼ぶ声をリュッカは聞いた。

 教室には他に誰もいない。声は窓の外から聞こえてくる。リュッカは窓際に駆け寄った。幼い頃から聴覚と視力には自信があった。窓を開け、身を乗り出し耳を澄ます。風邪が髪を掻き乱す。

『きこえて――ますか――』

 確かに聞こえる。声のした方を見下ろす。人影はない。音が反射するような建物もない。もっと遠くからだ。

 リュッカはさらに遠くへ目をやる。目の前に広がるのは、滑走路、海、空。

「もしかして・・・・・・」

 基地から少し離れたところに、海に突き出した岬がある。断崖絶壁のようなところで、その先端に小さな小屋が建っているのが、海を挟んで小さく見える。声の主がいるとすれば、その小屋くらいしかない。

 ただ、声が届くには少々遠すぎる。この距離を伝わるほどの大声なら、とっくに他の誰かが気付いているはずだ。

 やはり幻聴だったのだろうかと、リュッカは窓を閉め、席に戻る。きっとストレスで頭が変になったんだと、自分に言い聞かせる。

『――あれ? きこえてない?』

「誰!?」

 聞こえる。確かに聞こえる。さっきまでよりもはっきりと。

『やっぱりきこえてるんじゃん』

『ねえ、ひまなんでしょ?』

『きこえているなら、こっちにきてよ』

『まってるから』

 しかも1人じゃない。少なくとも2人ぶんの声がリュッカに語りかけている。

「わかった。行くよ。待ってて」

 リュッカは教室から駆け出した。

 

 

 校舎を出て、滑走路に沿って西へ。さらに海岸沿いに歩くと、10分ほどであの岬の小屋に辿り着く。

 遠くからみた小屋は、まさに木造の『小屋』といった様子であったが、近くまで来てみるとコンクリート造りの頑強な建造物だとわかる。金属製の扉はあるが、窓らしきものは見当たらない。

 リュッカは恐る恐る、重厚な扉をノックした。冷たい感触が拳に伝わる。

「あの・・・・・・誰かいませんか」

『ごめんごめん。ちょっとまってて』

 さっきまで聞こえていたのと同じ声。しかし今回は随分近くからはっきりと聞こえる。

 数十秒の間、中から何やら慌ただしい物音がしていたが、やがて収まり、

「おまたせー」

 扉が開き、中から人が現れた。長い髪の、背丈の高い少女だ。遅れて、ふわりと甘いバニラの香りがリュッカの鼻腔をくすぐる。

「こっちからよんでおいてごめんね」

「い、いえ・・・・・・」

「ちょっとかたづけにてまどってて」

 背の高い少女はリュッカの肩に手を回し、包み込むように建物へと招き入れた。

 外見に反して、建物の中は異様に華やかだった。中央に置かれた木製の丸テーブルは地味だったが、それ以外のものはカラフルに存在を主張している。床には、色とりどりのクッションがいくつも転がり、壁や天井は落書きで埋め尽くされている。その他にも、積み木やドミノの牌、トランプやチェスの駒など、主に玩具の類が部屋の隅に押しやられたように山になっていた。窓のようなものは見当たらず、天井からぶら下がった裸電球が橙色に部屋の中を照らし出している。

「ようこそー。いらっしゃーい。さあ、すわってすわって」

 そう言って髪の長い少女は、黄緑色のクッションをリュッカに勧めながら、自分は一番大きな赤と白の縞模様のクッションに、埋もれるように腰を下ろした。リュッカも勧められるままに膝を折って腰を下ろす。

「あの、あなたは」

「わたし? わたしはスズシロ。セリねえさまのいもうと」

「スズシロ・・・・・・さん?」

「そう! スズシロ! 『だいこん』のことだってセリねえさまがいってた」

 長髪の少女の着ている、白く丈の長い衣を見て、リュッカはたしかに大根かもしれないと思った。

「それで、あなたのなまえは?」

「私は、リュッカ」

「『しあわせ』っていみだね! いいなまえだとおもうよ」

「あ、ありがとう」

 リュッカの名前はこの基地でも珍しい。その意味まで知っている人に、彼女は初めて出会い、少し嬉しくなった。

 お互いにニコニコと微笑みながら、改めてスズシロの顔を見つめると、何かがおかしいことに気付く。

「目、見えないんですか?」

 長い前髪に隠されて分かりづらいが、よく見るとどうやら初めからずっと両目を閉じているようだった。

「ううん、みえるよ」

 スズシロは目を瞑ったまま答えた。どうも納得のいかないリュッカは食い下がる。

「でも、目閉じてたら見えないんじゃ・・・・・・」

 あるいはその長い睫毛から、薄目を開けているのかもしれないとも思ったが。

「めをあけるとね、みえすぎちゃうから」

 さっぱり理解ができないといった顔でリュッカはスズシロの顔を覗き込み、スズシロはどう説明すればいいのか分からず、困り顔で見つめ返す。しばしの沈黙の後、スズシロが先に折れた。

「ねえ! セリねえさまたすけて」

 部屋の奥の方、たくさんの落書きがピンで留めてある衝立の向こうに向かって呼びかけると、「セリねえさま」が顔を出した。

「どうして自分の能力の説明もできないの?」

「だってぇ・・・・・・」

 衝立の向こう側、木製の安楽椅子に腰掛けたまま顔だけを向け、大きな目の中、眼球がギョロリと動きリュッカを見つめている。とても整った顔立ち。スズシロに比べてかなり小柄に見える。黒地に白いフリルのついた厚手のゴシック調膝丈ドレス。紺のソックス、鈍く光るローファー。スズシロのゆったりとした格好と比べて、セリは随分と堅くフォーマルな印象だ。しかし、身長や幼い顔立ちのせいか、大人びているとは言い難い。

「ごめんなさい。勝手に呼んでおいてお茶も出せなくて。私はセリ。そこにいるスズシロと一緒に、ここで『見張り番』をしている」

 顔立ちは幼いが、話し方は落ち着いていた。

「あ、セリ・・・・・・さん。私はリュッカですよろしく」

「こちらこそ、どうぞよろしく。えっと、何から説明しようか」

「わからなーい」

 スズシロの投げやりな言葉に、セリはわざとらしく大きな溜め息をついてみせた。

「それじゃあ、全部説明しましょう。リュッカ、あなたは『ヴィスタモデル』をご存知?」

 初めて耳にする言葉だった。少なくともリュッカは基地に来てから、エレメンタリモデル以外のモデルが存在することすら知らされていない。

「いえ」

「ほらみて、これだよ」

 スズシロはゆったりとした襟元を引き下げて、胸にちょうど両乳房の間にはめ込まれた水晶球をリュッカに示した。

 コア自体は珍しいものではない。リュッカも魔法少女としてコアを日常的に扱う立場にある。しかし、スズシロのものは自分の知っているエレメンタリモデルのコアとは違って水滴型をしていたし、なにより無色透明だった。

「あなたたちも魔法少女なの?」

「当たり前でしょう? でなければここにいる意味がない」

「これね、ヴィスタモデルっていうの。とってもよくみえる」

「見える?」

「ええ。私たちには、エレメンタリモデルのように空を飛ぶことができないし、そもそも戦うだけの力がない。その代わりに、非常に遠くまで見渡すことができる」

「それだけじゃないよ! たてものとか、やまとかくもがあっても、そのさきまでみえちゃうの」

「凄いですね」

「すごいよ!」

 いきなり立ち上がり、いかにも偉そうに腰に手を当ててみせるスズシロ。

「ただ、能力の起動中は、余りにも見えすぎて近くのものは逆に見えずらいのが欠点」

「それで、スズシロさんは目を瞑って」

「実は仕組みの上ではあんまり関係ない」

 魔力波による空間認識であるため、瞼は何の役割も果たさない。

「なんとなく、きぶんで」

「気分、ですか」

 いずれにせよ、魔力波の概念を知らないリュッカには、理解しがたいことだった。

「めをあけてると、あなたもすけすけ!」

 スズシロが初めて瞼を開けた。わざとらしくリュッカを凝視してみせる。そのあまりの美しさにリュッカは息をのんだ。淡く澄んだ空色の虹彩。無限の深さを持つ瞳が収縮していく。その眼前に広がるすべてを見透かす魔眼。リュッカの全身の筋肉が僅かに緊張する。

「いやでしょう? だからつむってる」

 瞼が落ちる。再び弛緩する空気。

「さて、では本題に」

「本題?」

「わざわざあなたを呼んだ理由。でなければ何故ここにいるの?」

 呼んでおいてその態度はないだろうと思ったが、リュッカは黙っていた。

「ねえさま。いいかた」

「・・・・・・失礼」

「気にしてないんで」

「そう、じゃあ。--正直誰でも良かったの。私達の『声』が聞こえる人なら」

「声?」

「ええ。聞こえたから来てくれたのでしょう?」

 リュッカは思い出す。此処へ自分を導いた不思議な『声』を。

「やっぱりあなた達の声だったの」

「そう、せいかい」

「ただし、あれは音ではない。魔力波信号が音声として認識されたものだ」

 分かったような、分かっていないような顔のリュッカ。

「てれぱしーみたいな」

「テレパシー? あぁ、なるほど」

 通常、魔力の波を感覚的に捉えることは困難である。ヴィスタモデルにはそれを視覚として認識する能力が備わっているが、エレメンタリモデルにはない。

「普通の子は聞こえないらしいんだけど、たまに君のような珍しいのがいるから、こうして試しに『声』をかけてみるんだ」

「ほら、とおくにいてもおはなしができると、とってもべんりでしょ?」

 魔力波の及ぶ範囲は、空気の振動に比べて非常に広い。伝達速度も電磁波に匹敵する。

「残念ながら、現在のところ一度出撃した迎撃部隊には本部との連絡手段がない。無線機は重すぎるから仕方のないことではあるけれど」

 前回出撃したときのことを思い出す。コノエに命じられて、リュッカは基地まで増援を呼びに戻った。しかし増援が到着する頃には、部隊はほぼ全滅状態であった。

「なんとなく、言いたいことは分かった。つまりその、『声』が聞こえる私に連絡係になってほしいと」

「そう。でもあなたはまだ『声』が聞こえるだけで--」

 その時、

「ねえさま! てきが!」

 突然スズシロが叫んだ。勢い良く立ち上がり、クッションが宙を舞う。

 全てを見透かす魔法の瞳が、壁や雲まで突き抜け、遥か空のかなたの敵影を見据える。

「ほうい101。きょり60」

 報告を聞きながら、セリは机の上に基地周辺のチャートを広げる。地図上に光の点として敵の位置が浮かび上がる。

「捕捉した。時速40ノットで北西へ。スズシロ、数は?」

「2・・・・・・いや3ひき」

「司令部へ。こちら灯台。敵の機影を捕捉。方位101から3機、こちらへ向かってきます。敵の斥候部隊かと思われます。こちらへ誘導しますか」

 優れた望遠能力を持つスズシロと、分析に長けたセリによる連携で、基地近海に現れる魔獣をいち早く見つけ出す。しかし2人の役割はそれだけではない。

「・・・・・・了解。60秒後、誘導を開始します。イエローラインへの到達予定は13:49。位置はブロック7」

 魔獣が周辺の居住区に侵入して民間人に被害が及ぶことを避けるため、この監視施設から魔力波を使って魔獣の群れを自分たちの方へおびき寄せておくこと。それがもうひとつの重大な役目。見方を変えれば、防衛ラインを突破されたときに最も危険な場所である。ヴィスタモデルに戦闘能力は備わっていない。抵抗手段は限られる。

「というわけでリュッカ、こちらから呼んでおいて申し訳ないが戦闘配置だ。退去してもらう」

「はやくにげてね。さいあく『じばく』するかもだから」

 なんだかよく分からないまま、リュッカは部屋からつまみ出された。基地の方ではスクランブルのサイレンが鳴り響き、20騎の魔法少女たちが飛び立っていく。最後にスズシロが言っていたことが気がかりだったが、万一に備えるため再び走って教室へと戻った。

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