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ドクター

 コノエが再び目を覚ましたとき、辺りはすっかり明るくなっていた。

 ベッドの脇にリュッカはいなかった。代わりにいたのは、白衣を羽織った女性。ボサボサの長髪で、目元はほとんど隠れている。その手に持ったマグカップから、甘いココアの香りが漂っていた。

「おはよう、コノエ」

「・・・・・・おはようございます」

 見覚えのない相手に若干戸惑いながら、コノエ言葉を返した。

「ああ、そうか。君にとっては初対面だったね」

 そう言ってココアを一口すする。

「私は――名前はまあいい。ドクターとでも呼んでくれ。先生でもいい。君を治療するために来た」

 一部嘘である。コノエはもはや治療を必要としていない。手当ては全て救護班によって行われた。

「では、ドクター。あなたは医者なんですね?」

「うーん、どちらかといえば研究者かな」

「研究者・・・・・・ですか」

「ああ。普段はラボの方にいる」

 それを聞いたコノエは、わずかに悪寒を覚えた。

 『ラボ』と呼ばれる研究施設が、基地から少し離れたところにある。といっても少女たちの間では噂レベルの話で、実際に確認したという者はほとんどいない。その施設周辺に近づかないよう、先輩などから厳しく言われているからだ。そのような規則は存在しないが、しかしラボへ連れて行かれた少女は、二度と戻ってこなかったという話が、まことしやかに言われている。

「何もそんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか。君をラボへ連れて行こうってわけじゃないんだ」

 コノエ自身はラボの正体について何も知らない。ただ、『研究施設』に転属になった仲間の姿を、たしかにそれ以来見ていないことは、前々から気がかりだった。コノエにとって『ラボ』は噂ではなく事実である。

「私ならリュッカのおかげで、もうしばらくで復帰できそうですが」

「リュッカ? ああ、あの子か。私が彼女に頼んだんだよ。『魔力を供給し続ければ、回復が早まる』ってね」

「それは・・・・・・どうも」

 コノエの態度は相変わらず硬い。

「それで、結局のところどうだい?怪我の様子は」

「ですから、順調に回復」

「いや、そうじゃなくて、前と何か変わらないか? ってこと」

「別に、何も」

 まだ動けないようなこの状況で、何が変わったとかわかるはずがないだろう。コノエはそう思ったが、口にはしなかった。代わりに、ギプスで固められたら左腕を視線で示してみせた。

「ふーん・・・・・・まあ、そうか」

 あからさまに残念そうな様子で、白衣の女性はコノエの左腕をしばし眺めると、座っていた回転椅子から立ち上がり、

「それじゃあ、まあ治ったらまた見に来るよ。何か様子が変だったりしたら、すぐにラボの方にね」

「何かって・・・・・・具体的に何か心当たりがあるんですか?」

「いや、別に悪い事じゃない。むしろ好ましいことだと思うよ。君にとってもね」

 どうやら詳しく話す気はないようだ。コノエの彼女に対する不信感はますます強くなった。

「そういえば、足の方は大したことないんだろう? あの子のおかげで肋骨も完治してるだろうし、もう起きて歩いても大丈夫なんじゃないかな」

 そう言うと、ドクターは白衣を翻し、去っていった。ココアの甘い香りを残して。



 

 救護室に独り残されたコノエは、半信半疑のままそっと上体を起こしてみた。

 ゆっくりと腰をひねったり、横曲げをしたり。

「嘘だろ・・・・・・。まだ1日も経ってないんだぞ」

 明らかに完治した肋骨に驚きを隠せず、思わず言葉が漏れる。

 そのまま腰を滑らせて、足を床におろし、恐る恐る立ち上がった。

「元気そうじゃないか、コノエ」

 部屋の外から声。教導官がひとりコノエを訪ねて来た。

「意識不明と聞いていたんだが。――これはお見舞いの」

 サイドテーブルにスポーツドリンクのボトルを置く。全く嬉しくなさそうなコノエ。

「生命の神秘ってやつですかね」

「複雑骨折を1日で治すって、それはもう奇跡とか魔法のレベルでは?」

「いや、私たち魔法少女なんで。それに、左腕の方はまだ――」

「はっはっは、そうだった」

 豪快に笑う教導官。コノエの冷めた目。

「で、何の用です?」

「レポートをね、書いてるんだけど。昨日の戦闘の」

「はあ、」

 教導官はタブレット端末を取り出すと、サウンドレコーダを起動した。

「唯一の生還者である君に聞きたい。ぶっちゃけ何が敗因だと考える」

 コノエはすぐには答えなかった。一瞬だけ眉をひそめ、寝台に腰掛ける。

「・・・・・・失礼ながら教導官、敗北ではありませんので」

「これは失礼したね。でも、3部隊が壊滅した以上、やはり負けでは?」

「私たちの使命は、人類の盾となり槍となることです。この基地の最後の1人が抵抗できなくなるまで、私たちの敗北はありません」

 今度は教導官が黙る番だった。

「――すみません。死んだ仲間の事を思い出してしまって、つい」

 録音停止ボタンを押す。教導官はタブレット端末をしまった。

「いや、構わないよ。代わりに、君に会ってもらいたい人がいる」

「誰でしょうか」

「司令官だ。よければ今夜にでも校長室の方に来てくれ」

 教導官はそう言って、その旨を書いた小さなメモをコノエに渡し、そのまま帰ってしまった。

 

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