青白い月光のもとで
回収されてからおよそ10時間後、救護室のベッドの上で彼女は意識を取り戻した。辺りは暗く、静まりかえっている。消毒液の匂いが鼻をつく。
左腕は動かない。動かそうとしても痛みが走るだけ。コノエは自分の左腕を盾代わりにしたことを思い出した。きっとギプスで固められているのだろう。
肋骨も数本折られたはずだが、不思議と痛みはない。まさか麻痺してしまったんじゃないだろうかと、上体を起こそうとして、初めて誰かが右手を握っていることに気がついた。
そっと首だけを起こし、ベッド脇へ目をやる。
「リュッカ・・・・・・?」
コノエの手を両手で包み込むように握ったまま、ベッドに突っ伏すように眠っている。
手を解き、そっと起き上がったところで、リュッカが目を覚ました。
「あ・・・・・・」
寝ぼけ眼をこすりながら、少々間の抜けた顔でコノエを見つめるリュッカ。月明かりが二人を照らす。
「よかった・・・・・・。目が覚めたんですね」
「死んだ方が幸せだったかもしれないがな」
そう口にしたとき、リュッカが一瞬目を伏せたのを見てコノエは少し後悔した。この子にはまだ生きる意志がある。他の子たちとは違う。
「すまない。今のは忘れてくれ」
そう言ってリュッカの頭をそっと撫でる。くすぐったそうに首をすくめるリュッカ。
「あ、そういえば傷の調子はどうですか?」
「傷?」
「はい。肋骨と右足にいくらかヒビが入っていたそうです。それから――」
「左腕か」
そう言って、コノエはギプスに目を落とす。
「はい。複雑骨折だそうです」
「まあ、身体に繋がってるだけマシか。神経も生きているっぽいしな」
左腕は使い捨てたつもりだったコノエにとっては、ほんの少し嬉しいことだった。
「それから、ドクターが言ってたんですけど、魔力を供給し続ければ、早く治るかもしれないって」
リュッカが再びコノエの手を握り直す。
確かな魔力の感触がコノエの右腕を伝い、胸のコアへ届く。反応して柔らかな光を放つ水晶。そしてさらに魔力がコノエの全身へ。
「すみません。隊長が気絶してたんで、代わりに私が」
「ずっと、こうして魔力を?」
「途中で寝ちゃいましたけど」
青白い光の中、恥ずかしそうにはにかむリュッカ。
夜明けまでは、まだ時間がある。コノエはリュッカの手を解きながら、
「私ならもう大丈夫だから、部屋に戻ってもう一眠りするといい」
しかしリュッカは手を離そうとしない。
「あの・・・・・・できればもうしばらく、いえ、夜明けまでこうしていたいのですが」
「・・・・・・」
「そ、その、隊長に早く元気になってほしくて私」
気弱な語調とは裏腹に、強く握りしめられる右手。
思いのほか頑なな態度に、さすがのコノエも折れざるをえなかった。
「せめて毛布でも被ってろ」
ぶっきらぼうにそう言うとコノエは、窓の方へ顔を背けてしまった。
「は・・・・・・はい!!」
リュッカからはコノエの表情は見えない。でも、それで十分だった。
東の空はまだ暗く、月は爛々と輝いていた。