no title.
君は僕の前で笑ってみせた。
真っ直ぐと僕を見て、何の曇りのない笑顔で。
僕にはなぜ君が笑っているのか、解らなかった。
君は毎日、僕の前に来ると手を振って笑うんだ。
ただ、僕はじっと見つめ返すだけ。
それなのに、君は満足したように笑って帰ってしまう。
気が付けば、君は僕に毎日挨拶をしてくれたね。
そんな事をするのは君だけだよ。
だから、僕は嬉しくなってしまう。
僕はじっと君の目を見つめ返す。
また、笑った。
雨の日も、君は必ず僕に笑いかけてくれたね。
いや、いいんだ。傘は君が使わなきゃ。
雪の日も、君は必ず僕に笑いかけてくれたね。
うん、冷たくないよ。それより君の手が心配だ。
ある時、僕は気付いてしまったんだ。
毎日、君の笑顔を心待ちにしている事に。
その事実に気が付いた、次の日。
君は初めて、その顔を曇らせて僕の元へ来た。
それを見て、僕は、何も出来なかった。
ただ、見ている事しか出来なかった。
君が何かを言っていた。
そうだね。
僕の元へ来るのは、もう辞めた方がいい。
それが、君のためだよ。
それから、君は僕のところに来ることはなくなった。
雨の日も。
僕はただ、この場でじっと待つ。
風の日も。
吹き抜ける風に攫われる木々を見つめ、待ち続ける。
雪の日も。
僕を覆う白い雪をどうすることもできず、待ち続けた。
待ち続けた。
ずっと、待ち続けた。
待ち続け、た……?
そっか。
僕は、君が来るのを楽しみにしていたんだ。
僕はずっとここにいるもの。
いつからだろう。
あの子を、待つようになったのは。
いつからだろう。
僕に向けてくれる笑顔に惹かれたのは。
あぁ、どうか届かせないでこの心を。
僕は、知りたくなかったこんな気持ちを。
僕は君に、心を奪われてしまった。
これはきっと、イレギュラーな恋。
あれから何年経っただろう。
僕が恋をして、君を待ち続けて何年の月日が流れたのだろう。
楽しそうに話を聞かせてくれた君はもう居ない。
君のように笑ってくれる人ももう居ない。
けれどね、一つだけ分かった事があるんだ。
僕は、この学校と一緒に取り壊される事が決まったみたい。
届かない恋心なんて、伝えられない恋心なんて、僕は持ってしまったから、居なくなるのが辛いな。
君は、もう忘れてしまったかな?
あの笑顔を。
もう一度だけ……。
いってきます。
そう、言って家を出たその子は、あの日の君によく似ていた。