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「ちょっと中に入ってみるか。」
佐藤はぐるりと周りを見回して言う。
「それは流石にまずいだろ。」
「大丈夫大丈夫。」
柵を乗り越え、窪みの斜面を下って行ってしまう。
どうしようか少し迷った挙句、僕も意を決して彼についてゆく。
緩やかな勾配の中、転ばないよう注意して、なんとか銅像の前に辿り着く。
「目の前に来ると中々の迫力だな。」
僕は呟くように言った。
大きな顎に、握り拳程もある目。祈りを捧げるのであれば、もう少し親しみ易い見た目でもよかったのでは、と思った。あちこちを触って確かめてみたが、勿論動きなどしない。
横に立つ佐藤の方に顔を向けると、彼は手を合わせて何か呟いている。
「彼女ができますように。あと次のテストで満点取れますように。」
「おいおい、そういうのじゃないだろ?」
呆れ顔の僕に、佐藤はにっこり笑ってみせた。さっきまでの恐怖も、少しずつ和らいできたようだ。
「さて、別に何も無さそうだし、ファミレスにでも寄って帰るか。」
僕らは柵まで戻り、最後にもう一度だけ、確かめるように水神様を照らした。
「なにしてるんですかぁ?」
急に後ろから声を掛けられ、僕らは思わず声をあげた。
振り向くと、白いワンピース、黒く長い髪を後ろで縛った、二十代と思われる女性が、口元に笑みを浮かべて、後ろに立っている。
「いえ、ちょっと、あの…。」
突然の事に、まともな返答ができない。
「こんな時間にこんな所で遊んでると、怒られちゃいますよ?」
「え、ええと、確かにその通りですね。もう帰るところです。」
佐藤が言う。
「じゃ、じゃあ失礼します。」
とだけ言い、駆け足でその女性の立っている場所を通り過ぎた。
走りながら気になり、チラリと振り向くと、その女性はまだこちらをじっと見ていた。
自転車の場所まで、全力で走る。その間、もう後ろを振り向くことは絶対にしなかった。
入り口に辿り着いた頃には、汗だくになり、二人とも息が切れ切れだった。大した距離ではないが、恐ろしく長い道のりに感じた。
「なぁ、俺らも十分怪しかったけどさ、あの人も、一体あんな所で何してたんだろうな。」
汗を拭いながら佐藤は言う。
考えれば考えるほど気味が悪かったので、その事について議論するのは、明るい時にしようと決めた。
「でもさ、走ったら怖いの吹っ飛んじゃったな。」
「言われてみれば、確かに。」
涼しい風が心地よかった。草木の匂いが鮮明に感じられる。空を見上げると、星が瞬いているのが、はっきりと見える。