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何か恐ろしい夢を見た気がするが、最早記憶に残っていなかった。
佐藤とは、一時間後に辰子山の入り口で落ち合う約束をし、僕は慌ただしく準備を始めた。
動きやすい服装に、懐中電灯、小腹が空いた時のために、リビングにあったカロリーメイトをリュックに詰める。
驚いたことにワクワクしていた。そういった事に冷めたフリをしていただけなのだろうか。まるで遠足に向かう子供の様で、自分が恥ずかしくなって苦笑いをした。
「こんな時間にどこ行くの?」
テレビを観ていた母が目を見開いて尋ねる。
「辰子山に佐藤と行ってくるよ。多分、二、三時間で帰ると思う。」
とだけ言って家を飛び出した。夜間の外出にも、割と寛容なところが僕の家族の良いところである。
およそ三十分かかるが、冒険心に背中を押されて、バスではなく自転車で向かうことにした。空はまだ、若干の茜色を残していた。
寝起きだったために、ペダルを漕ぐ足取りは、やや覚束なかったが、すぐに感覚を取り戻し、目的地へと急いだ。
魚の銅像が動くなんて、ただの噂話に過ぎない。わざわざこの目で確かめるまでも無い。そんなことは分かりきっているが、心が踊っているのは、肝試しの様な、ちょっとした刺激が欲しかった為なのかもしれない。
途中、目を覚ましてから一度も水分を口にしていないことを思い出し、大通りに面したコンビニでスポーツドリンクを買った。そんなに慌てていたのかと、自分が少し可笑しく感じる。
コンビニの角を曲がり、しばらく進むと、人通りも明かりも、徐々に少なくなってくる。それに比例して、自分の自転車を漕ぐ音だけが、鮮明に聴こえるようになってきた。
シャツに汗が滲んできた頃、辰子山の入り口付近に、ボンヤリとした電信柱の明かりに照らされて、自転車と共に佐藤が立っているのが見えた。
おーい、と手を振ると、向こうもこちらに気付き、手を振り返す。
「佐藤、いくらなんでも急すぎるだろ。」
僕は笑いながら佐藤を小突いた。
「なんか突然、辰子山に呼ばれた気がしたんだ。」
佐藤は答える。
「怖いこと言うなよ!」
「ははは、冗談冗談。」
と同時に、お互い入り口から伸びる坂道を見上げて無言になる。
控えめに言っても不気味だった。
白い電灯が点々と、僕らがこれから行く道を照らしてくれていたが、その薄暗さが、かえってジメジメした独特な雰囲気を創り上げている。
空はもう、茜色を残していない。