虚飾
リリアナは、ほしいものを手に入れる術を知っていた。カルロスにすり寄って言っただけだ。とても美しい儀式でしたわ、息が止まるくらい、と。そして悲し気に目を伏せてみせた。市井に生まれた私には、あのように美しい宝玉に触れる機会すら、与えられないのでしょうけれど、と。
カルロスはリリアナの願いを正しく理解した。そしてその願いを叶えられるのは、自分だけだと知っていた。女王の首飾りは皇太子の伴侶の首元を飾るものであった。リリアナに虹色の首飾りを与えることは、自分の権力をもってすれば可能であった。またその権力を見せつけたいと思った。
新年祭の夜、学院の広間にて、その茶番は行われた。学徒たちを観客として。
「私のプリンセス。君に、渡したいものがある」
カルロスが甘い声で言う。そしてそっと差し伸べられたその手を見て、リリアナはまあ、と頬を染めた。
「虹色の、首飾り……なんて美しいのかしら」
「君にこそ似合うと思って、用意をさせた」
「でも、精霊の女王ゆかりの、歴史ある品でしょう?私には、とても、身に着けられる品では……」
リリアナは謙虚に俯いて見せる。そんなことはない、とカルロスは言葉を強めた。
「私が、皇子たる私が、願うのだ。これを身に着けた君とともに新年の夜を過ごしたいと」
だから着けてくれるね、そう言うカルロスをしばしうっとりと見つめてから、リリアナはうなずいて首飾りを受け取った。
その様子にソフィアは常と変わらぬ強い視線を送り、メリイはどこか冷めた眼差しで見ていた。リリアナはそれらの視線に気が付いていた。むしろ、その視線を捕まえるために彼女たちの傍でこの茶番を始めたのだ。彼女たちの視線は、今宵のリリアナには心地よいものであった。リリアナは得意の絶頂にあった。
望むものはすべて手に入る。自分は誰よりも美しく、身にまとうすべて、この世のすべては自分を引き立てるためにあり、すべての視線は自分に送られる。
ねえメリイ、この首飾りはやっぱり私にふさわしいのよ
リリアナはその細い首を虹色に彩られ、満足げにその首飾りをひと撫でした。リリアナの首元で、首飾りはその虹色を一層深めた。
そこにいた者たちには、はじめ何が起こっているかわからなかった。それはただただ美しかった。眩いばかりの虹色の光が、広間に満ちていた。それを皆、奇跡だと思った。精霊が光を紡ぎ言祝いでいるのだと。
あまりの光に視界を失った、その瞬間。
爆発音が、広間に響いた。
そして聞こえる、何かが落ち、潰れる音。強烈な光に視界はかすれ、絹を裂く悲鳴に空気が震え、何かが割れて、動揺と恐怖が肌の上を滑り抜けていく。
「エドモント!」
轟音と埃の中で、泣きそうな声が聞こえた。
これはいったいどういうことだ。リリアナはあたりを見渡そうとした。
靄の向こうに、広間の壁が見える。壁紙がくすんで見えるのは、視界が晴れぬせいだろうか。ところどころ崩れているのはいったい何だろう。そこここに、座り込む人間の姿が見える。先ほどまで美しく装って誇らしげに立ち並んでいたのではなかったか。
「そんな、ばかな」
狼狽えたカルロスの声が耳に入る。そこにいるのは、だれだ。そこで、倒れているのは。
「エドモント!エド!」
靄がかかったような視界の向こうで、茶色い髪の少女がうずくまるのが見えた。
慌ただしい靴音が響き、広間に駆け込んできたのはその時だった。姿を現したのは数名の僧兵だった。そのうちの一人は、広間の惨状を見渡し、またリリアナの首元に目をとめて、遅かったか、とつぶやいた。最も高位なのであろう一人が、手早く指示を出して被害の状況を確認する。
「一人が意識不明の重体、そのほかけが人が十数名です」
「けがの状態は」
「重体の者を除き、生命に別条はありません」
「それではまず重体の者について、学院の保健部に連絡して治療に当たれ。軽傷者は残った者で対処できるだろう。広間の破損状況は」
「広間の破損箇所は多数見られますが、倒壊の恐れは今のところありません」
「わかった。こちらは、私が対処する」
「こ、これはどういう……」
カルロスは蒼白だった。僧兵は数歩近づくと、カルロスとリリアナの顔を順番に見た。
「資格がないものがこれを身に着けるとどうなるか、殿下はご存じないのでしょうか」
「知らぬ」
「首飾りは精霊との契約の証です。巫女の口を借りて皇位の継承者を試し、継承者の伴侶の首を飾り、新たな継承者を試す。正統なる手続きの上に、契約は成ります。それを破れば女王の力がどうなるか……」
「まて、資格がないとは、どういうことだ」
「何ゆえかはわかりません。ただ、殿下はまだ、立太子の儀を済ませておられない。ですから殿下がこれをお持ちになったと聞いて慌てて追ったのです」
「だが兄上は精霊の試しに失敗したというじゃないか。ならば事実上は私が皇太子であるはずだ」
「確かにそうです。ですから、何ゆえかはわかりません。しかし、そちらの方は」
そう言って僧兵はリリアナを一瞥した。
「まだ正当な伴侶としては認められていない。そのためかもしれませぬ」
カルロスは眉をひそめてリリアナの顔を見た。
「殿下、この始末は神殿に一任くださいませ」
僧兵の淡々とした声が恐怖とうめき声の残る広間に響く。
「誰ぞの画策かもしれませぬ。最近その首飾りに触れ、精霊と言葉を交わしたのは、巫女一人のみ。まずは巫女に口を割らせましょう」
リリアナはわからなかった。この惨状は、一体どういうことなのだ。自分は美しいものを手元に置きたいと願っただけだ。美しくありたいと願っただけだ。そしてそれを実行に移しただけだ。なにも、悪いことはしていない。美しくあろうとすることが、罪であるはずはない。自分の願いが誰かを傷つけるなど、あるはずがない。これは、何かの事故だ。自分は事故に巻き込まれただけだ。
リリアナは救いを求めた。誰でも良い、縋る相手がほしかった。カルロスには目を逸らされ、ほかの取り巻きたちにも見放され、縋るように一人の僧兵を見た。その僧兵は目を逸らさなかった。しかしその瞳を見て、リリアナは戦慄した。
その紫の瞳にあるのは、まぎれもなく憎しみだった。