預言
その昔、世界は闇に包まれていたという。人ならぬ悪しきものどもが、世界を恐怖のもとに支配していたという。
その闇の中、立ち上がった青年がいた。青年は人々の苦しみを取り除かんとして剣をとり、四人の仲間とともに闇を打ち払った。暁光がもたらされた世界に青年は人の国を打ち建てた。自らが皇帝となり、四人の仲間を東西南北の大公に封じた。魔女は西へ、賢者は北へ、闘士は南へ、精霊使いは東へ。その均衡を保つのが、中央の役割と任じた。
時は下って、帝政100年が過ぎたころ。東の大公は悪しき霊に魂を売り、その所領である島々は悪霊の跋扈するところとなった。中興の祖と讃えられる時の皇帝は、東の大公から精霊の女王を救い出し、東の島々との交流を断じて皇国の安寧を守った。
開国の祖と、中興の祖。二人の英雄のもとに、皇国の礎は築かれたと、伝えられている。
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儀式の場は静まり返っていた。
聞こえるのは、からからという糸車の音だけである。正面の祭壇では、虹色に光る首飾りと真っ白な衣装を身にまとった少女がひとり、無言で糸車を回している。少女は一頻り糸車を回すと、紫色の瞳を伏せ、形式に則って言葉を発した。
「糸を紡ぐもの、糸を引くもの、糸を切るもの、糸を繰る精霊の女王、糸に捉われし皇の子に古の契約に従いて糸を与えよ」
その言葉とともに首飾りの宝玉が光を増す。精霊殿を覆いつくすほどの眩い光の中、からからと糸を繰る音が高まった。
光が収まって、少女が顔を上げる。その瞳の色は、首飾りと同じ虹色をしていた。
「東へ」
少女が、いや、少女の身を借りるものが言う。
「東へ、海を越えて、曙の都へ。ひと月のうちに、東の精霊、東の大公、精霊に愛されしその娘と将来を約せ。されば皇位は保たれん」
静まり返った精霊殿に、息を呑む音が響く。やがて糸車の音が消えて、儀式の終了が告げられた。
忌まわしき東の地への旅路を課せられた少年は、無感動な瞳で空を見つめていた。