銀の鳥から現れて…
人はこの星を欲望のままに貪り続けた…
結果、大地は荒れ果て…
星の環境は変化を続けて何時しか人は殆どいなくなっていた。
星を荒らす生物が激減し、星は本来の自然豊かな姿になりつつあった。
広い意味での、弱肉強食…
どんなに知能が優れていようとも、星に住まう者が星に勝る筈がなかった。
そして人はひっそりと生きていく道を選んだ。
ある者は、環境の変化に順応出来る『進化するコロニー』を建造しその中に閉じ籠り生き延びた。
ある者は文明を捨て、環境の変化を受け入れ、原始的な生活をしながら生き延びていた。
その両者が交わる事はなかった。
交わろうにもお互いの存在を認識出来ていなかった。そして、
少年は好奇心からコロニーの最上階に来ていた。
最上階は危険なため普段から立ち入り禁止になっていた。
でも、少年は知ってた。
コロニーに外があり、そこには自然がある事を…
コロニーで生まれた者は外を知ることなく、皆、コロニーの中で生活し、そして死んでいった。
外は危険だと、外に出たら死んでしまうと教えられていた。
でも、彼にはそんな教えは意味がなかった。
数千年使われ続けたコロニーは幾ら自己修復機能が有っても限界が近いらしく、不具合が多発していた。
壊れそうな自分達の世界に彼はうんざりしていた。
そして今日、コロニーの最上階に上がった。
外を見るために…
そして、そこには見たこともない物があった。
それは廃棄物の様に放置されてた。
「なんだこれ?」
しばらく、彼はそれを見ていた。
そしての床から機械的な声が聞こえてきた。
その声は、そこにある物は飛行機だと告げた。
それから五年の月日が流れた…
バラン、バラン、バババ…バン、バ、バ、バ、…バン、バババ…バン、バ…
プロペラが不規則に回転と停止を繰り返す。
銀色のプロペラ機がエンジンの脇から時折、灰色の煙を吐きながら、ぎこちなく飛んでいた。
尺取り虫のような飛行曲線が機体の緊急事態を報せていた。
上空はどこまでも澄みきった青…
地上はどこまでも深い深緑の森…
太陽の陽射しが銀色の機体を輝かせる。
「どこか降りれる所は…」
飛行士は必死に降りられそうな所を探す。
計器類は半分停止し、残ったものも正確な数字を表しているか定かではなかった。
狂った機体と格闘しながら、活路を見いだそうと、頭と体を総動員して足掻く、青年飛行士『カイ』の琥珀色の瞳が有るものを捉えた。
「湖か?」
上空から見ると、深緑の絨毯のような森の中に、微かに小さな瑠璃色の傷の様に見えるそれに、操縦かんを傾けスロットルを巧みに操り近づいて行く…
そして、彼は確信する。
「湖だ!!」
小さな飛行場程の細長い水面が見える。
もう此処に彼に選択の余地はなかった。
「行くぞ!」
彼は計器類を見ず、ただ己の感覚を信じてスロットルを絞りはじめる。
次の瞬間、バスンという音と共に、エンジンが終わりを訃げた。
「…」
それでも彼は慌てることなく操縦かんを操り続けた。
プロペラ機がグライダーの様に滑空しながら、湖に着水する。
水面を二回跳ねる、機首が左右に揺れる。
湖の端が迫る…機体は軽くバウンドすると、湿った地面の上を滑ってゆく。ズザザザザ…
…50メートルほど湿地を滑り機体は停止した。
大きく伸びた木の枝が目の前にあった。
「…ふぁ〜…助かった…」
彼は大きく息を吐いた。
九死に一生を得た彼に森は静寂を持って受け入れる。
木々の隙間から差し込む柔らかい光を浴びて、彼は生きている実感を感じた。
カイはゴーグルを外すと、ゆっくりと深く操縦席に体を預けた。
「……」
疲れきった彼は静かに眼を閉じる。
これからどうするかを、考えるより、先ず彼の体は休息を必要としていた。
身も心も疲れきった彼が眠りに就くのは至極当然の事であった。
銀色の鳥が空を飛んでいる。
大きな光る翼を広げ、大きな鳴き声を響かせ、時折小さな雲を吐きながら、大空を自由に動き回る。
翼を羽ばたかせる事もなく、信じられない速さで湖に向かっている。
麻の様な繊維で編まれた未晒しのワンピースの様な服を着た少女は大樹の天辺から生まれて始めて見る銀色の鳥を眼を輝かせながら見ていた。
「大きくて綺麗な鳥…美味しいのかな?」
一人、彼女は呟くと大木の天辺から飛び降りる。
枝から枝へ…樹から樹へ…蔦をロープのように…枝をトランポリンのように…駆けるように跳ねるように… 鮮やかに、少女は空中を移動していった。
「もう大丈夫!鳥は動かないよ!」
女の子の声が聞こえた気がした。
柔らかい何かが両肩に触れる。
『えっ?』
カイは眠りから醒めようと、手放していた意識を手繰り寄せようとした次の瞬間、唇に温かく柔らかい物が触れる。
あり得ない事態に、身体中の意識を覚醒させた彼が眼を軽く開けた。
小麦色の肌の少女の顔が眼に入ってきた。
接吻をしたまま彼は眼を見開くと、少女の翡翠色の瞳が優しく輝いた。
「良かった♪目覚めたのね…私の…私の…私の?」
少女は次の言葉が出ず、私の… を繰り返し続けた。
「美味しくないから食べないで!」
カイの瞳は恐怖に染まっていった。
「へっ?食べる?鳥を?」
「ぼぼぼぼぼくを食べないで!」
少女の顔は驚愕に染まっていた。
「私が何で貴方を食べなくちゃいけないの!」
「外には魔物がいるって…」
青年は青い顔をしながら少女に言った。
「魔物、…?私が?」
「だって…牙が…」
「普通あるでしょ!」
「そんなのあるわけないだろう!」
「えっ?」
少女はまじまじと青年の姿を見た。
獣の革で作った服は体の形にピタリと張り付いた様な形をしていた。
顔も白く何よりも牙が映えていなかった。
「アナタはどこから来たの…?…人だよね…?」
少女はそんな言葉を彼に言った。
「僕は彼処から来たんだ…それより君は魔物じゃないのか?」
彼は遥か遠くに見える真四角の山を指差した。
「私は人よ…アナタは山から来たの?」
「山じゃない…コロニーだ!!」
「コロニー?」
「それより君は人なのか?」
「私は人よ!それよりコロニーって何?」
「彼処には人が住んでいるんだ!!」
「えっ!ほんとに?」
「ほんとさ!君が人って…他にもいるのか?」
「えぇ、私たちはこの森の中に住んでいるの!」
「森の中に…」
「えぇ、そうよ!」
「ほんとに!!いつから!?」
「ずっと昔から…って、そんなに大きな声で話さないで!鳥が起きてしまうわ!縛って有るからそんなに暴れないと思うけど…」
「縛った?」
「えぇ、そうよ」
青年は体を起こし飛行機確認した。
見ると翼に大量の蔦が絡まっていた。
「これは飛行機だから、暴れたりしないよ!」
「飛行機…?」
「空を飛ぶための道具さ!」
「道具!?こんな大きいのが?鳥じゃないの?」
「そうさ!道具さ…って泣きそうな顔をしてどうしたの?」「だって、鳥じゃないんじゃ、食べられないじゃない!」
「へっ、これ食べようと思ったの」
「うん…だって、こんなに大きかったら干し肉にして、一冬越せそうじゃない…」
「ハハハ…そうかも知れないけど…勘弁して欲しいな…」
「何よその笑いかた…馬鹿にしたな…折角私の物にしようと思ったのに…」
「ごめん…別に馬鹿にした訳じゃないよう…それはそうとどうしてキスをしたの?」
「キス?」
「唇と唇」
そういいながら人差し指を人に見立てて少女の眼の前で交差させて見せた。
「アレはマーキングよ…」
少女は顔を赤くして俯いてしまった。
「あと…わたしの…わたしの…あとの言葉は何だったの」
「あれは…」
「あれは?」
「動物だったら…わたしのペットよって…」
「人だったら…」
「そそそそそれは…」
少女の顔は真っ赤になり言葉にしなくとも、その感情を露にしていた。
「…やっぱり魔物かも…」
「私は人!魔物じゃない!」
「向きになって可愛い」「馬鹿にしたな!」
「してません!」
「したったら、した!」
「してません、してません!」
それから日が傾くまで二人は話続けた。
飛行機の壊れてしまったカイは、森の中で少女と一緒に暮らし始めた。
最初は色々と戸惑いもあったが、少女やその仲間達のお陰で人並みに暮らせる様になった頃、森の奥にある村に行くことになった。
「その村にお父さんがいるの」
少女は笑いながらカイに言った。
「そ、そう…」
その村は森を切り開き畑があり、干し肉や木の実を持って行くと、小麦や芋と交換してもらえた。
少女が先頭になり森の奥深くへと続く道を行く。
それは、周りより僅かに歩きやすいというだけでまるで獣道のような道だった。
「まだ着かないの?」
「明後日には着くわ」
「今日で三日目だよ…」
「仕方ないわよ…カイは歩くの遅いから…」
「遅いって…嫌味っぽく言うけど、君はどうなんだい」
「私なら一日で行けるわ」
「一日って…そんなの無理だろう…」
「枝から枝へ飛び移ればあっという間よ…なんなら先に行ってても良いわよ」
「待っておいていかないで!」
「カイはまるで子供みたいね…」
「僕の何処が子供だって…」
「夜、時々眠れなくて起きてたり…歩くの遅かったり…さっき、だって小川飛び越えようとして、川に落ちたじゃない…」
「森に慣れてないからだ!」
「カイの住んでいる所に森は無いの?」
「森は無いよ…街しか…」
「街?」
「そうさ、人が集まって家がいっぱい在るんだ」
「街か…ねぇ、私も一度見てみたいな…」
「いいよ…あ、今は無理か…」
「どうしてよ」
「飛行機が無いと…」
「飛行機?…銀色の鳥の事?」
「うん」
「それが治れば街に行けるの?」
「行けるよ、街に」
「ホントに!」
「行けるさ!街だって、何処だって地のはてだってね」
「すごい!私も一緒に連れていって!」
「いいよ」
「約束よ!」
それから二日後、二人は村に着いたのだが、村は人影もなく静寂に包まれていた。「誰も居ない…」
「そんなはずは無いわ!」
二人は村中を見て回った。
しかし、人は誰一人居なかった。
二人は村の外れにある畑に向かった。
そこにも人は居なかった。
「誰も居ないのかなぁ?」
「そんなはずはないわ…」
ガサ…
「そこに誰かいるの?」
しかし、何の返答もなく時が止まったような、無音の世界が広がるばかりだった。
「もしかして…」
少女は空を見上げた。
「ここで待っていて!」
カイにそう言い残すと、少女は森の中に駆け出した。「ちょっと…」
カイは畑の前で呆然と立ち尽くした。
次の瞬間、空気を切り裂く二つの音が交差する。
そしてカイの足元に一本の矢と平たい石が落ちる。
「邪魔をするな!リナ」
「お父さん!私のペットに手出ししないで!」
「ペット?」
「そうよ!ペットよ!」「ペットであっても!山の民が森の民と一緒にいては駄目だ!!」
「お父さんは知っているの?!カイの事!」
「その青年と一緒にいては駄目だ!!」
「なぜ?」
「森の民と山の民が交わる時、大いなる災いが訪れ、人が滅びる!」
「そんな!」
人影はなく、森の中に響き渡る二つの声、そして暫くの沈黙の後、森の中から大勢の人が現れた。
「山の民は直ぐに帰れ!そして、我々の事は誰にも言うな!よいな!」
「ダメよ!カイは私のペットよ誰の指図も受けないわ!!」
「リナ!!絶対にあってはならない事なのだ!!我々は二度と同じ過ちを犯してはならない!!」
「私たちが過ちを犯したというの!」
「…まさか!リナ!!その男と…」
「そうよ!一緒に寝たわ!(大嘘)」
「貴様…誰の許しがあって…」
「私が許したわ!」
「リナ!!」
「何よ!」
「その…何だ…何だ…何をしたのか?」
「したわよ!(分かっていない)」
「許さん!許さんぞ!山の民め!私の娘に手を出した罪、この場で償って貰うぞ!」
リナの父、アベルは弓を構える。
「僕は彼女に手を…」
一瞬、カイの言葉が途切れ、その次の瞬間森中に響き渡るような大声で叫んだ。
「出します!コロニーには戻りません!結婚させてください!」
「何だと!」
「何よ!」
「そんな話聞いてないぞ!」
「聞いていないわよ!」
突き刺さるような二人の視線がカイに向けられた。
「えっ…えっと…を前提につつつきあって下さい」
慌てカイは言い直した。
「つつきあう?」
「じゃなくて…付き合ってください!」
「ダメだ!」
「なによ今さら…」
「………」
「良かったな…青年…そうだよな、リナ…こんなのと…」
とアベルが言いかけた時、リナはカイに満面の笑みを浮かべ応えた。
「当たり前じゃない♪」
「へっ?」
カイとアベルは目を丸くしながら、リナを見た。
「私は付き合ってるつもりでいたけど、なんか間違えてる?」
「いや…あの…」
「リナ…」
「お父さん黙っていて!」
「いや…しかし…」
「孫が欲しくないの?」
「えっ…まさか!できてるのか?」
「お父さんは黙っていて…」
「…」
「私は、元々そのつもりいたから!」
そう言って、リナはカイに抱き着いた。