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#7 囮作戦

『三日目も異常なし。引き続き、講義を受けます』

『了解。気をつけろよ』


 返信を確認して、携帯を鞄に入れる。 

私はいつも通りに大学にいた。ひとつも欠席することなく全ての授業を受けている。大学に行って、自宅に帰る。いつもの日常を続けて三日目だ。

 誘拐される作戦。日常を過ごし、隙をつくる。例のストーカーに私を目視させるためだ。私という餌に食らいつくのを待つ。


「このちゃん、おはよー」

「おはよう、芽依」

 振り返りながら、周囲へと意識していた警戒を緩めるように笑みをつくる。

 芽依が笑顔で隣を来る。大学の建物内を歩いた。

「そのブーツよく見るけどお気に入り?」

 芽依はレインブーツを指差した。ショート丈で光沢も控えめなので、晴れの日でも違和感はない。

 三日前の会話を思い浮かべた。脳裏に映ったものは、瞬きする間に消えた。

「買ったまま眠ってたから履いとこうと思って」

「もう暫くしたら暑くなるもんね」

「そうそう。履くなら、いまかなって」

「わかる。私も棚で眠ってるのあるよ」

 他愛もない話をしながら並んで暫く歩き、通路の分かれ道で立ち止まる。

 芽依が手を振った。

「じゃあ、ここで。また、お昼にね」

「うん。また」

 ひらひらと、手を振り返した。





 食堂に足を踏み入れると混んでいた。空いてる席を探して、ひとまず座る。携帯を取り出しメッセージを打つ。

『午前中の授業は終わりました』

 送信して携帯を服のポケットへ入れる。座った席に鞄を置いて立ち上がった。

 今日はAランチかBランチどっちにしようかな。トレイを取ってメニューを見ながら考える。

 ふと、携帯の着信を告げる音が鳴った。

「はい、上園です。あ、今日は吾妻さんですか。こんにちは。来ていませんよ」

 電話の相手と簡単な会話をする。

話しながら周囲に意識を向けると視線を感じた。離れた場所から、芽依が手を振っている。

「いえ、なにも。……そうだ。オムライスとハンバーグ、どちらが好きですか?」

 返ってきた言葉に、くすくすと笑みが零れた。

「じゃあ、また連絡します」

 ピッと通話を切り、ポケットへと入れる。

 歩み寄ってくる彼女に声を掛けた。

「いま来たとこ?」

「うん。お腹すいた。席は取った?」

 芽依が言いながらトレイを手に取る。

「あっち。前原くんも一緒だったんだ」

「郁依くんは、お昼からだけどね」

「こんにちは、上園さん」

「こんにちは、前原くん」


「芽依さん、鞄置いてきます」

「ありがとう。Bランチでいいんだっけ?」

 芽依は持っていた自分の鞄を前原くんへと渡した。

「はい。お願いします」

 鞄を受け取り席の方へと歩いていった。


 芽依が一緒に注文をして、鞄を置いたら前原くんも取りに来るのだろう。意思疎通ができていて前より仲が良くなっているように見える。

「相変わらず、仲良いね」

「このちゃんこそ。電話は彼氏じゃないの?」

「違うよ」

「最近、携帯気にしてるみたいだし、そろそろかなーって思ったんだけど」

「そういうの気付くんだ」

「この間の彼も気になるなぁ」

 にまにまと楽しそうに芽依が笑った。

 この前――、午前中だけ講義を受けて若櫻木さんが大学に迎えに来てくれたことだ。

芽依に声を掛けることなく、急いで帰ってしまったので後日、軽く話してはいる。

知り合いの人が迎えに来てくれた、と。

すると、興味を示した彼女から追求されることになった。彼女曰く、ただの知り合いが大学にまで来ない。……らしい。彼氏じゃなくても恋愛感情があるのだろうと、思っているみたいだけど思い違いだ。マフィアのボスと一般人。シンプルな構図だ。


 だから、彼氏じゃないから。と否定しようとして気付く。

 あやふやにした方が勝手に勘違いして関わりがあると思うんじゃないだろうか。例のグループに勘違いさせる。もしくは、関係者に。

そうなると、接触してくる確率が高くなる。人づてに情報は流れていくだろうし、否定はしなくていいか。


 思考している間も、彼女は喋っている。

「手繋いでたよね。大学まで迎えに来てくれるとか羨ましいな。質問攻めにしてみたい」

「それはさすがに止めてもらえると助かります」

「おやおや。また大学に来てくれちゃったりするのかな?」

「ノーコメントで」

「残念。今日のところは勘弁してあげる」

「ありがとう。話せるようになったら話すから」

「うん、楽しみにしてる」



 ふたり揃ってBランチにした。本日のメインはオムライスだ。スプーンですくいながら話しかける。

「そういえば、前原くんは福田くんと仲がいいの?」

 前原くんはAランチのハンバーグから視線を上げた。

「福田?……あぁ。えっと、前に街中で声をかけられて、そのあと大学で一度会っただけなので……そんなによくは知らないです」


「街中?」

「はい。学校で見かけたことがある……とかで、声を掛けられました。俺の方は覚えてなかったんですけど」

「それが初対面?」

「はい。それがどうかしたんですか?」

 前原くんが首を傾げた。私は少し困ったように笑って理由を口にする。

「ちょっと気になることを言われて……私の話を聞いたとか」

「あ。二人で相談にのってもらった話を福田の前でしたからだと思います」


「浮気した事件ね」

 前原くんの横から芽依が楽しそうに言う。

 正しくは浮気したとか、してないとか、言い合った事件ね。

「芽依さん、紛らわしい言い方しないでください」

 前原くんは決まりが悪そうに苦笑した。





 午後の授業も終わり、いつもの帰り道を歩く。五限まであったので時刻は十八時を過ぎていた。

大通り、商店街、交差点、歩道、を通り信号の前で立ち止まる。

 

 帰り道の途中からついて来た視線を逃がさないように待っていた。

 そろそろ、気付いてもいいかな。

 いま、気付いたような動作で私は振り返った。 


 サングラスをかけた人相の悪いオジサンがいた。

「お嬢ちゃん、ちょーっと一緒に来てくれないかな」

 こんなこと言われて、のこのこついて行くように見えるのかな、私は。

チンピラぽいなぁ。すごくベタだ。このままついて行くのは嫌だな、と思いながら鞄にそっと手を忍ばせる。


と、サングラスのオジサンが吹き飛んだ。視界の左から右へと綺麗に飛んでいき、べしゃりと音を立てて地面に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか、上園先輩」

 吹き飛ばした人は福田くんだった。

人を蹴り飛ばしたと思えないほど、清々しく綺麗に微笑んでいる。

「大丈夫。ありがとう、福田くん」

「俺のこと覚えてくれていたんですね」

 彼の口から嬉しそうな声が出た。

 あの時、声に出さなかった言葉を含めるように私は言う。

「覚えてるよ。一度見たら大抵の人は覚えているから」

「記憶力がいいんですね」

「文字を覚えるのは苦手だから、テストでは役に立たないけどね」

「残念ですね。画像として覚える脳に、無理やり文字をばらして覚えさせられる。そうでなければ、もっと単純に文字も覚えられたはずだ。と思いませんか、先輩」

「……そうね」

 私が返答に困っていると、彼は笑顔のまま言った。送りますよ、と。


 家までの距離は近かった。信号を渡り、五分も掛からない。自宅マンションの前まで来て、立ち止まる。

 ここで大丈夫だと、お礼を言うために口を開く。先に彼の声が降ってきた。

「彼氏ですか?」

「え」

 不意をつかれた言葉に、目の前の人物を見返す。

「この前、俺と話していたときに大学に来た人です。彼氏ですか?」

 暗闇の中の人工的な光だけが私達を照らす。


「彼氏、ではないかな」

「でも、仲が良いんでしょ?」

 暗闇の中、彼の瞳がぼんやりと光った。

「先輩、気をつけた方がいいですよ」

「……なにが?」

「よく知らない相手を家に連れてくるのは」

「そうだね。三回目だから、福田くんのことはよく知らない」


 彼の顔が嬉しそうに歪んだ。

 視界が霧で覆いつくされる。

薬品のようなスプレーを吹きかけられたのだと理解したときには遅く、視界がぐにゃりと歪む。強制的に体が崩れ落ち、私の意識は途絶えた。

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