ただの平民だが嫁の浮気調査をしていたらとんでもない修羅場に発展した。
気弱だがまじめな夫と美しく隠し事のある嫁・・・・
こういう話も結構好きです。
続編もあるので興味ある方はそちらもよければ見てください。
ダニエルを示すなら凡人という言葉がしっくりくるであろう。
飛び抜けた才覚はなく、この国では一番多い茶目・茶髪、少し太めで冴えない容姿、性格は温厚でまじめ、仕事と妻を大切にするいい奴だと同僚には言われる。
ダニエルの仕事は冒険者組合で冒険者が倒して持ち帰った魔物や魔獣から皮や肉、肝・骨・牙といった素材を取り出す解体屋だ。
正直、仕事の割に賃金は安く、汚れるし臭い、そして場合によっては恐ろしい病気にかかってしまう事や毒を受ける事もあり危険なものだ。誰もがやりたがらない仕事だが、誰かがやらなければ冒険者はその危険に見合った報償を得られず、身を守る武器や装備を作れず、街には食糧や怪我・病の薬の材料が入らなくなり困るだろう。
ダニエルは生活の縁の下の力持ちであるこの職業に誇りに思い、そのまじめで丁寧な仕事ぶりは多くの冒険者や職場で評価されていた。
そんなある日のこと、このところ続く雨の影響か仕事の種である魔物や魔獣はあまり運ばれてこず、思いのほか仕事が早く終った。
仕事終わりには、冒険者組合の裏の井戸を使い寒い日でも必ず行水をして、身体をしっかり洗い汚れを落として帰ることがダニエルのこのところの習慣であった。
それは家で待つ最愛の妻に少しでも嫌な思いをさせたくないという配慮から始めたことであり、いい夫であるためには努力をしなければならないというのがダニエルの自論でもあったからだ。
そしてたまたま早く帰れることになったダニエルだが妻に早く会いたい一心で足取りは軽く、寄り道もせずに我が家へとまっすぐに向かう。
冒険者組合がある中心街からおよそ徒歩で30分、少し交通の便の悪さはあるが家々の間隔が開けた閑静な住宅街で、ここ住む事を決めたのは今後二人に子どもができた際にものびのびとした良い環境の中で育てられるようにと妻と相談して決めた為であった。
そして独身時代にコツコツと貯めていた貯金を全て注ぎ、少なくない借金もしつつ購入したのは猫の額ほどの庭が付いた小さな平屋の一戸建てであった。
「ただいまー!」
いつものようにドアを開いて、声をかけるが家の中はシン・・・と静まり返っており、愛しの妻は不在のようであった。
「・・・どこか買い物にでもいったのかな?」
少しだけ残念に感じながらも、いつもは妻が受け取ってくれるくたびれたコートを自分でフックにかけて、椅子にどかりと座った。
しばらくして、もうすぐいつも自分が帰ってくる時間になっても妻は帰ってこなかった。
普段なら家で妻が料理を作っている時間だし、少し心配になりあたりを見てこようかと思いたち腰を浮かしたところで扉の開く音がした。
「・・・っ、おかえりなさいダニエル。早かったのね」
「ただいま、今日は思ったより早く上がれてね。ソフィアもおかえり」
どこか慌てた様子の妻は、すでに帰ってきていたダニエルを見て少し眼を見開いてそう言った。
妻のソフィアはこの国では珍しい銀髪碧眼で、顔だけとっても街を歩けば10人中9人は振り返る美人だ。性格も明るく、常に夫を立ててくれて、体格は細身ながらも出るところは出て引き締まるところは引き締まっており、なにより同じ平民ながら高嶺の花的な貴族顔負けのオーラを醸し出している。
いつも思うが、ダニエルにはもったいない奥さんであった。
「遅くなってごめんなさい、少し隣の奥さんと話し込んでしまって・・・すぐごはんにするからそのまま座ってていいわよ」
「・・・わかった。急がなくていいよ」
あれ?と思う。今日はたまたま仕事帰りに中心街で隣の奥さんと出会って挨拶を交わしたのだ。祖母が入院したとかで数日前から看病で家を留守にしているから家に何かあったらよろしくと頼まれたのだ。
(ま、なにかの勘違いかな・・・・)
そのときはあまり気にせずにいた。
しかしまたあくる日のこと、家に忘れ物をしてしまい仕事の合間に帰宅したのだが妻はなぜか不在であった。
そしてある日の休日、日曜大工をしようと工具を探して棚を探索した際、その棚の奥から明らかに自分の給料では買えないような宝石のついた真新しいバレッタがあるのを見つけてしまった。
「そりゃ、浮気だね、間違いない」
そんな出来事に不安を募らせ同僚のロビンに相談したところ、開口一番で彼はそう言った。
天地がひっくり返った気がした。そして思い当たる妻の不審な行動の数々や自分には買えないような贈り物の存在が浮気の可能性を強めていた。
あまりのダニエルの落ち込み様に「まだ可能性だけだ」「気のせいだ」とロビンは言いつくろってはくれたが「浮気」という二文字は強烈にダニエルの頭の中で大きく反響していた。
そして最終的にはロビンからは「そんなに気になるんだったら調べるしかない」と最近売り込んでいる凄腕の何でも屋を紹介された。
数日後、『疑いたくなければ真実をしるべきだ』という結論に達したダニエルは職場にほど近い居酒屋、その一角のテーブルにへたくそな字で『仕事受けマス なんでも屋ゴロウ』という看板を掲げたここらでは珍しい黒髪・黒目の少し眼付きは悪い青年に声をかけた。
「浮気調査だぁ」
何でも屋のゴロウと名乗った青年はいかにも面倒くさそうに、そう話を聴いて頭をかいた。
冒険者としても最近B級ライセンスを取ったという彼にしてみれば、こんな依頼をされて呆れるのは無理もないことかもしれない。
「すみません、でも貴方しか頼れないんです。この頃、夜も眠れず食べ物ものどを通らず、心配してくれる妻の事を疑って悩んでいるなんてとても言えなくて・・・僕はもうダメになりそうなんです!お願いしますっ!お願いしますぅっ!うっうっうっ・・・・」
「わ、わかった。協力するから泣くなよっ!」
いい大人が大声をだしてテーブルに額をこすりつけて涙ながらに重ねて頼む姿に盛大に引かれたが、ゴロウは快く引き受けてくれた。
1週間後には結果を伝えるということで、ダニエルはなんとか心を切り替えて仕事に励み、そして妻にできるだけ今までのように接した。
そして一週間が過ぎ、またダニエルは何でも屋のいる酒場に来ていた。椅子に座るよう促され、座ると早速ゴロウが話始めた。
「まず結果を言っておく・・・・」
「限りなく黒だ」
「うわあああああああああああああああっっ!!!!!!」
机をふっとばし、床を何度もえぐるように頭を打ち付けてダニエルは一番聞きたくなかったセリフを忘れようとした。
さすがに止めに入ったゴロウはダニエルに落ち着くようにと、酒を持たせると話の続きをした。
「話をしっかりと聞け、かぎりなく黒・・・だがまだ黒じゃないってことだ、まずはこれを見ろ」
ゴロウは懐からなにやら紙を数枚取り出して見せる。そこにはまるで見たままを詳細に描かれたような絵があった。
「すごい、なんですかこの絵は」
「んーこれは写真ってやつだ。俺の故郷ではよくあったやつなんだが、風景とか場面を映し出す機械で撮ったものを現像したものだ」
「機械?現像?・・・とりあえず、すごい魔道具ですね、これは」
「魔道具ではないんだが・・・まぁ、それはいいからこれを詳しく見ろ」
「は、はい」
話が脱線してしまったが再び写真というものをまじまじと見て驚愕する。
「これはっ・・・!!」
そこに映っていたのは妻と連れ立って歩く20代位の青年、背も高く顔も美形で服装こそ平民然としているが整えられた髪や端々に見えるアクセサリーからは裕福な家の出なのが覗えた。
「知っている男か?」
ゴロウの問いに力なく首を振る。ダニエルの知り合いにはこんな上等な部類の人間はいないし、これまで知る妻の知人もそうだった。
「ただ、しばらく連れ立って歩いていただけで、手を握ったり肩を組んだり、もちろんそれ以上のような事は無かったよ、だが写真の表情みればわかるだろうが・・・」
「ああ・・・」
写真の中の妻は笑顔だった。それもこれまで自分に向けてくれていたはずの自然な笑顔だ。それはこの青年に好意を持っているように思えてならなかった。
「どうする?まだしっかりとした証拠はないが、つらいなら調査を止めてもいいぞ?」
「・・・いえ、大丈夫です。続けて下さい」
そうなんとか返して、ゴロウさんが去った後もそのまま飲み続けた。
「・・・決まったわけじゃない、妻を信じてみよう」
最終的にそう自分に言い聞かせることで気持ちを切り替え、その日は夜遅く家に帰り、心配して起きていた妻に詫びてすぐに寝た。
2週間目、やってきたゴロウの表情はあまり良くない結果を覗わせるものであった。
「追跡調査をしてみたが、例の男と奥さんは同じ店に出入りしていた。」
「店ですか?」
「貴族街の入り口あたりにあるミドラス商店だよ、貴族様相手に香水やタバコなんかの嗜好品を売ってる大手だ。だが、嗜好品の試用や貴族様の応接の為なんかで店内にいくつか個室が設けてある、密会・密談もよくあるって事だ」
「密会・・・」
「奥さんは店に入って2時間出てこなかった。悪いがあんたの家に嗜好品を買う余裕なんかないだろうし、奥さんもなにか買った様子はなかったよ」
2時間・・・それはナニかが起きていても不思議じゃない時間だ。
「それと・・・だ」
ゴロウは懐から数枚の写真を取り出した。
「これは?」
「例の男以外で奥さんと接触のあった奴らだ・・・」
「は?・・・・あの男以外にも居るんですかっ?」
写真を見ると、10代後半から30代のいずれも裕福で高貴そうな男性たちと話したり、連れ立って歩く、ベンチに座って話す妻の姿があった。
「例の男も含め、それぞれの身元もできるだけ洗ったが、予想以上の顔ぶれだったぜ」
そう言って説明で話された男たちの肩書きは確かにすごい物であった。
まず例の男は黒髪紅瞳で長身の偉丈夫、王国騎士所属レオナルド・フォン・ジレット子爵子息。
続いてまだ幼さ残る容姿だが銀髪碧眼の美麗といって良い青年、近衛騎士団所属ミシェル・フォン・ガレルド伯爵子息。
さらに冷徹さと猛々しさを合わせもつ、赤の長髪に珍しい紫の瞳を持つ男性。ジェイド・フォン・アークフォルト将軍。
最後に敏腕宰相として名高い、片ぶちメガネで落ち着いた雰囲気の妙齢の男性のワグス・フォン・サインバルタ公爵。
すさまじい顔ぶれに説明を聴きながらも魂が抜けていくことを感じた。
「・・・・」
どの男も自分のような薄汚れた底辺の男より何十倍も、いや何百倍も輝いていた。そして共に映った妻はそれに負けず劣らず輝きを放ち、誰が見てもお似合いのカップルと言って良い物であった。複数の男と関係している可能性がある事よりもそう認めてしまう自分自身に愕然とした。
だが・・・自分は誰よりも妻を愛している。そして愛しているからこそ、この事実に許せないとう感情が湧き出してきた。
「どうする?続けるか?」
「続けて下さい・・・このままじゃ、僕は妻と夫婦ではいられない。浮気相手にも妻にも怒り狂って我を忘れてなにかをしてしまいそうです」
「それはまずいぜ、奥さんに手を挙げたらその瞬間にお前は負けになる。浮気相手にしても騎士や護衛がついている身分だ、普通に考えてもこいつ等にはお前は勝てる要素はないし貴族相手の暴力沙汰なら、最悪その場で打ち首にもなりかねないぜ」
「どうすれば・・・どうすればいいんでしょう?」
「そうだな・・・・証拠を集めて司法の場で裁いてもらうのはどうだ?大貴族が相手だから負けるかもしれないが、少なくとも相手の名に少しは泥を濡れるし、もしかすれば一矢報いる事もできるかもしれないぜ」
「・・・・・・証拠を集めて司法院に訴え出ようと思います」
「よし、わかった。俺もできるだけ協力しよう」
ゴロウさんと固く握手を交わし、1週間後に再度会う約束をした。
次の日から、妻の顔を見るのがつらくて仕方なかったこともあり、仕事が忙しいと言い訳をして朝早くには家を出て、深夜近くに家に帰る日々を送った。
自分を心配する妻に裏の顔がある事を知った事が何よりもつらかった。
3週間目、ゴロウさんの表情は深刻の度合いを増していた。しかも身体の所々に擦り傷、切り傷、火傷を負っていた。
「ど、どうしたんですかゴロウさん、その怪我は!!」
驚いて尋ねたダニエルに構わず、席に着くとゴロウは深くため息をついた。
「お前の奥さん何者だよ・・・」
「へっ・・・何者って?」
「追跡がばれて、反撃にあっちまった。しかもあの体術に魔法戦闘能力はやばい・・・」
「そんな・・・妻が体術なんて・・・まして魔法なんてものが使えるわけありません」
突拍子もないことにダニエルは面を食らう。
それにこれまで妻が何らかの体術や魔法を使ったことなど見たことがない、そもそも魔法とは持って生まれた才能と合わせて高度な教育が必要なものとされており、この国でも扱える者は1000人にも満たないだろうというものだ。
ゴトリと置かれた薄く四角い機械には写真とは違い動く絵が流れていた。
「これは見た物を記録してそのまま映しだすことのできる機械だ・・・」
再び出てきたすごい魔道具に関心しつつも、その内容にさらに驚愕した。そこにはとんでもなく素早く動き回り、何発もの火球や雷を放つ妻の姿があった。
「こんな・・・・こんなことが」
「実際やばかったぜ、複数属性の同時攻撃に圧倒的な速度の体さばきは少なくともA級以上、もしかしたらS級ライセンスの冒険者並みだった。」
「S級・・・」
S級ライセンス冒険者とは伝説並みの存在で、A級が一国に2~3人いるのに対し、S級は一大陸に一人いるかどうかというレベルだ。でなくともこの町でも一握りしかいない冒険者B級ライセンスを持つ彼をここまで追い詰める妻とはいったい何者なのだろう。新たな事実を知り彼の心の中で形づくられてきていた妻の姿が脆くも崩れさっていくのを感じた。
それからの妻との日々はまさに苦痛であった。妻と暮らす夜はまったく寝られず、仕事でミスも目立ち始め、遂に今日は上司からとにかく休めという命令が出されてしまった。
しかし家に帰っても休まるはずも無く、仕方なしに公園のベンチで茫然と地面を見つめていた。
「よう、ダニエル」
「・・・・・ゴロウさん」
見上げるとゴロウさんが居た。
「辛そうだな・・・・・・ま、当然か」
「すみません、僕はもう持ちそうありません」
「そうか・・・・・少し話していいか」
「・・・ええ」
「俺の生まれたところはここよりもずっと豊かで便利な暮らしが当然にあったところなんだがな」
「・・・・いつか見せてくれたあの魔法の機械とかがたくさんあるんですか、夢のようなところですね」
「いや俺にはそんな実感はなかったよ・・・毎日、毎日あくせく働いた。友人も恋人も作らずに、社会の、会社の、人の為になるって信じて働く事だけが生きがいだった」
「少し前・・・・妻に会って結婚する前の僕みたいですね」
「そっか、だが俺は同僚達にはめられミスの肩代わりされた上、それまでさんざん尽くしてきた会社にもあっさり切られちまった。自暴自棄になって荒れて、世界の全てが嫌になって・・・気づいたらここに居た」
「・・・そうですか」
「今の生活も結構気に入っているけど、それでもあの時もっとこうしていたらって今でも思う事がある。・・・・・まぁ、色々言ったが後悔するなってことだ」
「・・・・・・・はい」
「さしあたって、まずはアレをどうするかってことだが?」
「?」
アレと指差す方向には後姿でもわかる妻、そして連れだって歩くのは例の青年騎士レオナルドの後ろ姿だった。
「今行く事が不利になるかもしれない・・・が、後悔するかもしれない・・・決めろ」
「行きます」
「フッ・・・・・いい覚悟だ、付き合うぜ」
力強く立ち上がったダニエルに、ゴロウは言った。
妻とレオナルドが向かったのは例のミドラス商店であった。
ゴロウが先にどの妻たちがどの個室に入ったかを確認しておき、改めて商店内に入る。
しかし案内された個室の前には屈強そうな男が二人立ちはだかっていた。
「すまんな」
そんなことを言うが早いかゴロウは二人相手に声を出すのも許さずに昏倒させてしまった。
「な、何者なんですかゴロウさんは・・・」
「しがない何でも屋さ・・・ま、不意打ちだし、お前の奥さんのが強いだろうがな。っち・・・まだ居やがるか、ここは俺に任せて行きなっ!」
廊下の向こうから、異常に気が付いたのか男たちが急いで近づいてくるのが見えゴロウさんはそれを向かい撃つべく走り出した。
時間はなさそうである。
バンッ・・・・・
「ソフィアッ!?」
勢いよく扉を開けて妻の名を呼び眼にしたものに、驚愕した。
そこは大きな会議室で、長い机の両側に明らかに貴族と思われる人々が並び、そのもっとも上座にソフィア、そしてその隣にはダニエルも知るこの国の顔、齢五十を過ぎ、賢王と名高い治世を持つ国王陛下が座っていた。
「うぇいっっ!?」
「なにものかっ!!」
乱入者に即座に反応した近衛騎士のミシェルが剣を抜き放ちながら詰め寄って・・・その端正な顔を盛大にゆがませて壁に吹き飛んでいった。
「へっ?」
「誰に、剣を向けようとしたのかなぁ・・・ミシェルくん」
そこには拳を振り抜いた姿勢ではるか向こうで座っていたはずの妻はたたずみ、倒れて痙攣しているミシェルに言い放っていた。
「ダニエルには迷惑をかけないって約束でしたよね。な・ん・で・こ・こ・に・き・て・る・の・将・軍!」
そう振り返りもせずに声をかけられたジェイド・フォン・アークフォルト将軍は椅子を倒しながら急いで立ち上がるとその大柄な体を最大限小さく縮めて背を直角に曲げる。
「申し訳ありませぬっ!!!この失態、いかようにもお裁き下さいっ!!」
まるで、子犬のように膝を震わせて涙する将軍の様は見ていられなかった。
「ソフィア・・・」
「・・・ダニエル」
ダニエルの方を向いたソフィアの瞳には涙が溜まっていた。
「ど、どういうことなんだい?」
「うっ、ううっ・・・・ごめんなさい、ごめんなざい゛~」
理由を聴こうにも、ぽろぽろと涙をあふれ出すソフィアはダニエルの胸に飛び込んできてしゃっくりをあげながら泣き出してしまい、とても話をできる様子ではない。
とまどうダニエルに進み出てきた男が声をかける。
「お初にお目にかかりますダニエルさま、私はこの国の宰相ワグスと申します。僭越ながら私めがご説明申し上げます」
「は、はあ、なにがなんだかわからないので、できれば詳しくお願いします。」
「そうですね、さしあたっては。まずはダニエル様の奥様でいらっしゃるソフィア様・・・いえソフィア・スカーレット・アルゴス第一王女様について説明いたします」
「だ、だ、だ、だいいちおうじょぉ!?」
静まりかえった会議室にダニエルの声が木霊した。
信じられない妻の正体からワグス・フォン・サインバルタ宰相の説明は、はじまった。
あるとき、お忍びで出かけた幼い王女様が偶然の出会いから平民の少年であるダニエルを見染めた。
そして何度かの逢瀬の中で王女様は幼いながらにして王族を辞して将来、平民と一緒になる事を誓ったのだ。
当然、それを知った周囲の者たちは強く反対し、くだんの少年を抹殺してしまえという輩すら出てきた。
が、そのころすでに驚異的な才能を開花させていた王女様は、その能力と権限をフルに使って密かにダニエルの護りを固め、反対者を駆逐していった。
困ったのは王様や国の重鎮たちだ。
なにせ王女は兎にも角にも有能で、王国始まって以来最も繁栄したという現治世の立役者。そして周辺諸国を青ざめさせる莫大な魔力と武力の持ち主でもあったからだ。
その理由のほとんどは平民であるダニエルがより良い安定した生活を送れるようにという歪な願いが元であったが、現状国の運営から外交のほとんどが王女の力なく回らない状況であったのだ。
しかし王女様の意志は強く、全てにおいて肩を並べる者はいなかった王女様に押し切られる形で王女様は平民のダニエルと結婚をしてしまう。
泣きつきひれ伏し、せめてもの妥協点として秘密裏に国の治世に協力してもらうことを約束をしてもらった王と重鎮達は、二人のラブラブ生活を壊さずに夫であるダニエルに迷惑がかからぬようにという条件の元で細心の注意を払ってこれまで助力を得ていたのであった。
しかし、これまた有能な何でも屋を雇った夫ダニエルにより今回の事がばれてしまったのが事の顛末だ。
「そうだったのか・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・・・・」
「こちらこそごめんよ、ソフィア。僕はこんなに思ってくれていた君の浮気を疑ってしまった。」
「ゆるして・・・くれるの?わたし・・・・ずっと嘘をついていたのに」
「そんなの当たり前だよ・・・・本当はもっと前に僕が気付けば、君を苦しませずにすんだのに。」
「ダニエル」
「ソフィア」
人目も気にせず、ダニエルはそう言うとソフィアを優しく抱きしめラブラブした空間を形成し始めた。
「・・・でも、僕は平民でソフィアは王族だと、これまで通り一緒に住めなくなるのかな?」
「嫌、あなたと離れるなんてできない・・・・そんな肩書きなんか、いっそ国ごと無くし・・・」
「ストップじゃッ!?おぬしが言うとシャレにならん!!いままで通りっ!いままで通りの生活で大丈夫じゃっ!!この国王ルドルフ・スカーレット・アルゴスがそう約束しよう!!」
ふとこぼしたダニエルの疑問に対するソフィアの不穏な返答をかき消すように言葉をかぶせてきたのは国王様であった。
「あら、お父様いたの?」
「オホン、まったくダニエルくん以外は全く目に入らんのは相変わらずだのぉ。・・・・ところでダニエルくん」
「は、はいっ」
「こうして会うのは初めてだが、この通り規格外な娘で色々と苦労することもあるだろうが、これからも娘をよろしくお願いするよ」
「はい、こちらこそお願いいたします。」
「ソフィア、ばれてしまったのはこちらの失態であったがダニエルくんと仲違いすることもなく秘密も無くなった。これに免じてまた国への助力を頼みたいのだが」
「う・・・んと、ダニエルが良いっていえば考えるかも」
「ダ・ニ・エ・ルくん。1000万の国民を代表してオネガイスル。これからも娘には国の運営や防衛で助力を貰いたいのだが許してくれるだろうか?」
「もちろん、ヨロコンデ―」
王だけでなく、およそ国の重鎮すべてに鬼気迫る眼で見られたダニエルはそう答えるしかなかった。
結局それからもダニエルとソフィアは周囲の者たちそっちのけでラブラブ生活を送った。途中ダニエルが他国の王子に決闘を申し込まれたり、子どもができてお忍びで王様やら王妃様がやたら家に来てご近所様にバレそうになったり、子どもの魔力の暴走で家が半壊したりと色々な出来事がありながらも幸せに暮らしたという。
ネタバレ注意!
ダニエル:平民然とした平民として生活。仕事熱心で家庭思いは変わらず、少し変わった嫁と3人の子どもに恵まれたが。トラブル体質な嫁や子ども達に悩み翻弄されるがそれも幸せ。
ソフィア:歳を経てなお一層に美しいが、あいも変わらずダニエルラブ。女の子2人と男の子1人をもうけて。にぎやかで温かい家庭を築き、最強の母にして国の裏の支配者として君臨した。
何でも屋ゴロウ:実は転生者、転生特典である現代機械を創作する力と知識をフルに使って妻の浮気調査をしてしまった結果その能力の高さを知られ餓鬼のごとくな重鎮達に持ち帰られ、以後国の運営に携わる。そこで会ったソフィアの妹姫と大恋愛の果てに次期女王の婿として栄転した。
王国騎士所属レオナルド・フォン・ジレット子爵子息:ちなみに彼に向けていた笑顔の理由はダニエルとののろけ話です。この春、婚約者と結婚予定。
近衛騎士団所属ミシェル・フォン・ガレルド伯爵子息:被害者その1。扱いが酷い・・・
ジェイド・フォン・アークフォルト将軍:被害者その2。トラウマガクガクブルブル・・・
ワグス・フォン・サインバルタ宰相:被害者その3。やり手だが、その後も一番仕事を押し付けられたりしています。
王様:破天荒な娘を持つ苦労人、そしてもう一人の娘や王妃までもが問題を起こして禿たとか・・・