84話 旅で得た物
クロウは通信水晶を懐に仕舞う。
レーガンの居場所は分かったのだが、同時にもう一つ問題が起きていた。
「続きを聞かせてくれ」
「畏まりました」
眼下で頭を垂れる男――コウガ・リライアベル。
クロウの配下の一人だった。
「霊峰の頂上に魔力の高まりを観測しております。恐らく、件の不死者が近付いているのが原因でしょう」
「となると、そっちもどうにかするべきか」
クロウは腕を組んで唸る。
最優先でレーガンのところへ向かいたかったが、世界の事情がそうはさせない。
難しそうな表情を浮かべるクロウの横で、皆は事情を理解できなかった。
クロウの隠し事は多い。
レーガンの問題を解決したら全てを話すと言っているため、仲間たちも一先ずは納得していた。
少し考えた後、クロウは仲間たちに視線を向けた。
「皆、聞いてくれ。レーガンの居場所が分かった」
「本当か!」
セレスが表情を明るくする。
仲間たちもレーガンが無事だと知って安堵していた。
「レーガンの居場所は東にあるホルカ村だ。じきに移動を始めるだろうけど、その点は監視役を一人付けてるから大丈夫だ」
クロウの配下は隠密に長けている。
流石にラクサーシャほどの相手には勘付かれてしまうものの、それ以外の者ではそう簡単には見破れない。
中でも能力の高いマヤ・アイセンベルが監視役のため、勘付かれる心配は無いだろう。
「もう一つ問題がある。魔石鉱の奥で遭遇した不死者がすぐそこの霊峰に来ているみたいだ」
クロウの指差す先。
そこには険しい岩山が聳え立っている。
霊峰ヴァイス・ラヴィーネベルク。
魔力濃度の高さと険しい環境から、生き物が住むには適さない地とされている。
特に山頂付近は吹雪いており、登頂できる人間など大陸に何人といないだろう。
苛酷な環境故に、凶悪な魔物の住処となっている。
神話級の魔物が跋扈する世界。
それは、魔境に匹敵するほどの危険性を孕んでいた。
「その頂上にある神殿。そこには貴重な魔石があるんだ」
「貴重な魔石……封魔石や禍魔石かのう」
「まあ、その類だと思ってくれていい。けど、あれは別格だ。あの岩山が霊峰たる所以。それがその魔石なんだ」
霊峰の魔力濃度の高さ。
吹雪く原因。
それがその魔石にあるという。
「楔の眷石。これが不死者の手に渡るのは不味い」
クロウの表情から、その魔石がどれだけの代物なのかを知る。
何より、この目で見ることが出来るのだ。
霊峰という存在を通して、一同は魔石の強力さを思い知る。
レーガンと不死者。
どちらも見過ごせない問題である。
仲間としてはレーガンを助けたいが、クロウの様子から尋常でない事情があることも気がかりだった。
そんな様子を見て、ラクサーシャが口を開いた。
「不死者は私とクロウで対処する。皆にはレーガンのことを頼みたい」
「旦那、良いのか?」
「構わん。それに、私がおらずとも、ここにいるのは強者のみだ」
エイルディーン王国の近衛騎士団長セレス・アルトレーア。
術式破壊を得手とする魔術師シュトルセラン・ザナハ。
無数の大魔法具を自在に駆使するエルシア・フラウ・ヘンゼ。
そこにベルの神聖魔法を加えれば、一国を相手取る事も不可能ではない。
仲間たちへの信頼。
それはクロウに対しても同じだった。
その心が有難く感じ、クロウは笑みを浮かべた。
クロウはコウガに視線を移す。
「コウガ。お前には皆の案内役を任せる」
「畏まりました。当代様、霊峰へ行かれるならば、誰か供を付けるべきでは」
「いや、いい。どっちにしても、霊峰に登るには力不足だ」
濃い魔力は人体に悪影響を及ぼす。
それに抗するには、相応の魔力を身に宿すか、何かしらの対策が必要だった。
「それに、旦那がいれば平気の平左だ。心配は要らないって」
クロウは断言する。
それだけラクサーシャのことを信頼していた。
長い旅を通じて得た物。
帝国では得られなかった物。
それに応えるためにも、ラクサーシャは強く在らねばならない。
「では、行くとしよう」
ラクサーシャとクロウは皆と別れ、霊峰へと向かっていく。
その先に強者の気配を感じながら、山頂の神殿を目指す。




