81話 隠し事
既に日は沈み始めていた。
ミリアの提案で食堂に案内された一同は、テーブルに並べられた豪華な食事に驚く。
「驚かれましたか?」
悪戯っぽく笑うミリアを見れば、年相応の少女にしか見えなかった。
普段の巫女としての振舞い方は本性ではないようだった。
しかし、それを咎める者が一人。
「ミリア様。神託の儀式を前にして、そのような振る舞いはお控えください」
「……そうね。わかっているわよ」
ミリアは複雑な表情を浮かべた。
だがそれも束の間のことで、すぐに表情を戻した。
ラクサーシャたちを見回したあと、ミリアはフランツに視線を向ける。
「フランツ。貴方は下がりなさい」
「ミリア様!? そんな、危険です。どこの者かも分からないというのに……」
「心配しすぎよ。私の客人だと言ったでしょう」
ミリアが鋭い視線を向けるが、フランツは動じずに諫言する。
「ミリア様。もし、御身に何かあれば、私は耐えられません。いざという時、お側に居られないのでは聖騎士の意味がないではないですか」
「安心しなさい、フランツ。そこにいる彼は、貴方よりも強いわ」
ミリアの視線がラクサーシャに向けられる。
同時に、フランツから嫉妬に塗れた視線も。
「あの者が、この私に勝ると。聖騎士団序列一位の私をも、上回るというのですか!?」
「ええ、そうよ。私の目には、貴方が負ける未来しか見えていない」
フランツが憎々しげにラクサーシャを睨みつける。
自分よりも強いという言葉が信じられなかった。
そして、ラクサーシャに剣を突き付ける。
「貴様、この私より強いというのは真か!」
「事実だ」
「っ、このッ!」
フランツが剣を振るおうとした刹那、手からその剣が滑り落ちた。
何故と言わんばかりにその目が見開かれる。
剣を拾ってラクサーシャに向き直ると、その正体を知る。
剣を持つ手が震えていた。
目の前にいる男から感じる威圧感。
それは絶対的強者の気配。
優雅に葡萄酒を飲んでいるだけだというのに、そこには一切の隙も無い。
ラクサーシャは銀製の杯を置くと、フランツに視線を向けた。
鋭い瞳に射抜かれ、フランツはびくりと身を震わせる。
「騎士として、お前は未熟だ」
「……なんだと」
「忠義の高さには感心するが、自尊心が高すぎる。それほど視野が狭いと、いずれ大きな失態をしでかすことになるだろう」
その言葉には重みがあった。
騎士として道を誤ったことのあるラクサーシャだからこその言葉だった。
あまりの格の違いに、フランツは苛立たしげに剣を仕舞った。
「確かに、ミリア様の仰る通りのようです。……見苦しいものをお見せ致しました」
「気付いたならいいの。さあ、下がりなさい」
「……畏まりました」
その表情は険しいが、道理は弁えているらしかった。
ミリアの命令に従い部屋を退出する。
「ごめんなさい。フランツは悪い人ではないのですが……」
「構わん。彼の忠義は本物だ。年を重ねれば、自然と落ち着くだろう」
ラクサーシャの言葉にミリアは表情を暗くした。
その様子からは尋常ではない事情があることを察せられた。
しかし、どのような理由があるかは語らなかった。
クロウがミリアに視線を向ける。
「それで、巫女様の頼みって何なんだ?」
「はい。先ほども言いましたが、レーガンを神託の儀式に近付けないで欲しいのです」
ミリアは続ける。
「先日、大きな未来視が発動したのです。そこには神託の儀式で、レーガンがフランツに討たれる光景が映っていました」
「それで、レーガンを死なせないためにも俺たちに足止めをしてくれってことか」
「その通りです」
ミリアは頷く。
そこには一切の邪心も無く、純粋にレーガンの命を助けたいという気持ちが感じられた。
だからこそ、余計にレーガンの思惑が分からなくなってしまう。
「なあ、なんでレーガンは神託の儀式を止めようとしているんだ?」
「それは……」
そこでミリアは黙ってしまう。
後ろめたいことがあるわけでは無さそうだったが、しかし、何か言い難い事情があるようだった。
レーガンがそうまでして神託の儀式を止める意味。
それが分からなければ、ミリアの言葉に従うかは決められない。
しばらく沈黙が続くも、最後までミリアが理由を話すことはなかった。
ラクサーシャたちは仕方なく席を立つ。
「話す気が起きたならば、再び会いに来るといい」
「……はい」
ミリアに見送られ、一同は屋敷を後にする。
クロウは屋敷を一度振り返り、前に向き直った。
「結局、巫女の目的は分からなかったな」
「そうね。けど、レーガンが神託の儀式に現れるのは分かったわ」
ミリアの言葉を信じるならば、神託の儀式に参加すればレーガンと会うことができるだろう。
だが、クロウは首を振る。
「レーガンの目的を知るには、それより前に会う必要がある。ここで待っていたら、会えたとして当日だ」
「じゃあ、どうするのよ?」
「……もう、出し惜しみは無しだ。レーガンは仲間だからな」
クロウの言葉にエルシアは不思議そうに首を傾げる。
皆の視線を受けながら、クロウは虚空に手を躍らせた。
「――来い、妖刀『喰命』」
黒炎がクロウの手から噴き出す。
それは刃を象っていき、やがて一振りの短剣となった。
そこには一切の魔力も感じられないが、異様なまでの存在感があった。
武器の質としては、ラクサーシャの軍刀『信念』に匹敵するほど。
しかし、クロウはそこで止まらない。
短剣を高々と翳し上げ――天を火柱が貫いた。
烽火のように立ち上る黒炎。
しかし、それ自体が目的ではない。
一人、黒装束の男が現れた。
一人、黒装束の女が現れた。
最初の二人に続くように、次々と黒装束の者が現れる。
警戒する一同だったが、黒装束の者たちから害意は感じられなかった。
やがて百に達すると、最初の二人がクロウの目の前に跪く。
「諜報部隊、皇国班。疾風のマヤ・アイセンベル」
「同じく、迅雷のコウガ・リライアベル」
「おう、よく来てくれた」
名乗りを上げた二人を含め、百人もの人間がクロウの前に跪いている。
クロウのそのような一面を見たことのない一同にとって、その光景は異様に感じた。
「まあ、深い事情は追々話すとして……マヤ、コウガ」
クロウの呼びかけに二人が同時に返事をする。
「二人には、楔の民を率いて探して欲しい人物がいる」
「戦鬼レーガン、ですね?」
「耳が早いな。その通りだ」
クロウは頷くと集まった百人に命令を出す。
「皆、マヤとコウガの指揮の下にレーガンを探してくれ」
命令を聞くや否や、黒装束の者たちは一斉に走り去って行った。
後に残されたラクサーシャたちは、ただただ呆然とするしかなかった。




