80話 助力を請う
皇国に入り、一週間が経過した。
一同はレーガンの目的を突き止めるべく皇国の都エンサーラに来ていた。
都には国立図書館がある。
様々な文献が保管されており、蔵書の数は大陸でも最大である。
中には神代から伝わる書物なども保管されているという。
しかし、そのような書物が保管される場所は禁書区域と呼ばれている。
その一帯に立ち入れるのは皇女か、他に許可の下りた者のみである。
当然のことながら一般人では立ち入ることは出来ず、ラクサーシャたちであろうとも許可を申請する必要があった。
道中は特に苦は無かった。
整備された道は魔物が出現することも無く、信仰者たちの巡礼を妨げるものは無い。
都を目指す馬車も多いため、道に迷うことも無かった。
あっさりと到着してしまった一同だったが、しかし、ここに来て問題が生じていた。
「皇女に会えないとは、どういうことか」
セレスが衛兵に詰め寄る。
その剣幕を前にしても、衛兵は無表情に返すだけだった。
「アズハラ様は現在、神託の儀式に備えておりますので。如何に他国の使者であろうと、お通しすることは出来ません」
そう言われてしまえば、セレスとて引き下がるほかにない。
しかし、神託の儀式にそれほど備えるような事はあるのだろうか。
確かに演説などをする必要はあるだろうが、皇女の役割はそれで終わりなはずだった。
疑問は尽きないが、かといって無理を通すわけにもいかない。
ラクサーシャたちは皇女の屋敷を後にする。
「おかしいのう。儂が知る限りでは、皇女の役割は大したものではなかったはずじゃ」
「シュトルセラン殿は神託の儀式を見たことが?」
「昔のことじゃがのう。二代前の皇女の代替わりの時じゃったか。あれを見て、儂は恐ろしさを感じたものじゃ」
「それは、どういうことなんですか?」
ベルが首を傾げた。
彼女が知る限りでは、神託の儀式はアドゥーティス教において最も重要な儀式である。
神々の姿が見えることから、とても恐ろしいという感想が出てくるとは思えなかった。
「代替わりとは言うが、あれはもっとおぞましいものじゃろうて。巫女が皇女に代わる際、人が変わったかのように表情が大人びたのじゃ」
シュトルセランは脳裏にその光景を浮かべる。
二代前の皇女セイリア・ルフィーノ。
齢十五にして巫女として研修を終え、皇女へと代替わりした。
その表情はあどけないものだったが、儀式の直後には妖しげな色香さえ纏っていたのだ。
「正しく人が変わったのじゃ。あれは、代替わりなんていう形式的なものではない。その内に、もっとおぞましい本質を秘めておる」
そこまで言えるのは、シュトルセランが無宗教であるからだろう。
アドゥーティス教を信仰する人にとっては信じられない話だった。
しかし、ラクサーシャはシュトルセランが嘘を言っているとは思えなかった。
「それで、どうするのよ。まずはレーガンの足取りを追うんでしょう?」
「うむ。しかし、情報があまりにも少なすぎる」
頷くも、行動するには情報が不足しすぎていた。
ラクサーシャはクロウに視線を移す。
「クロウ。レーガンの足取りについて、何か分かったことはあるか」
「それが、上手いこと人目から逃れているみたいなんだ。情報を掴もうにも、手掛かりが一つも無い」
「そうか」
ラクサーシャは腕を組む。
レーガンの手掛かりを探すべく都までやってきたが、その道中では何も情報を得ることは出来なかった。
こうまで情報を得られなかったのは初めてで、ラクサーシャたちは途方に暮れてしまう。
しばらく都を歩いていると、目の前に少女がやってきた。
どうやらラクサーシャたちに用があるらしく、じっとこちらを見つめていた。
「貴方はラクサーシャ様ですね?」
「そうだが……。お前は何者だ」
ラクサーシャが問うと、少女は姿勢を正した。
年不相応のしっかりした雰囲気を纏っていた。
「申し遅れました。私はミリア・カルロスチノ。皇国の巫女です。訳あって、貴方たちに助力を願いに来ました」
「ほう」
「単刀直入に申しますと、神託の儀式に序列二位……レーガンが乗り込むのを抑えて欲しいのです」
少女の話に理解が追いつかず、一同は首を傾げた。
なぜ巫女がレーガンの名を知っているのか。
なぜ神託の儀式に乗り込むと分かっているのか。
クロウが一歩前へ出る。
「まだ巫女とはいえ、神託の儀式の前なんだ。未来視は相応に習熟しているはず。その上での頼みなら、俺たちのことも未来の光景に映っていたんだろうな」
「その通りです。貴方たちがいれば、レーガンは死なずに済みます」
「……レーガンが死ぬとは、どういうことだ」
セレスが問うと、巫女は素直に答える。
「レーガンは神託の儀式に乱入し、聖騎士に討ち取られます」
「あれほどの男が、そう簡単に死ぬはずがない」
「私の未来視は絶対です。それだけは断言できます」
ミリアの瞳には有無を言わさぬ圧力があった。
こうまで言い切られては、反論の材料が無い以上、ミリアの言葉を信じざるを得ない。
「それで、巫女様はどうしてレーガンを助けようとするんだ?」
「それはですね……」
「ミリア様」
ミリアが答えようとすると、その背後から長身の男が現れた。
白銀の鎧を見れば、すぐに聖騎士であることが分かった。
その隙の無い立ち振る舞いは、レーガンに近い実力を感じさせた。
「この者たちは、何者ですか」
「私の客人よ、フランツ。屋敷について来てもらうから、丁重にもてなしなさい」
「畏まりました」
一同に訝しげな目を向けつつも、フランツは主の言葉に従う。
ラクサーシャたちは事情もろくに理解もできぬまま、巫女の住まう屋敷へと連れて行かれた。




