79話 何を成そうというのか
レーガンの失踪。
突然のことに誰もが呆然としていた。
その中で一人、セレスが怒気を露にする。
「何故だッ!」
セレスが地面に拳を打ち付けた。
不安定な感情のまま振るわれた拳。
地を陥没させるも、その拳は砕けてしまう。
その苦痛さえ気にも留めず、セレスは再度地に打ち付けた。
湧き上がる感情が何者かも分からぬまま、何度も拳を打ち付ける。
何故、理由も言わずに去ってしまうのか。
何故、自分を頼ってくれないのか。
セレスは確かに強いが、シグネとの戦いで見せたレーガンの動きには及ばない。
自身の無力さが悔しくて、何度も拳を打ち付ける。
「その辺りにしておけ」
ラクサーシャに制止され、セレスはその動きを止める。
砕けた拳は治癒魔法によって修復された。
セレスは黙ったまま俯いてしまう。
ラクサーシャはレーガンの去っていった方向に振り返る。
彼が何を思い、行動しているのか。
彼の過去に何があったのか。
その理由は分からない。
分からないが、ラクサーシャは別れ際にレーガンの覚悟を見た。
ならば、止めることはどうして出来ようか。
しかし、他の仲間たちはそうもいかないようだった。
クロウも、ベルも、シュトルセランも、エルシアも。
皆が突然のことに衝撃を受けているようだった。
特にレーガンと親しかったセレスに至ってはこの有様だった。
出会いは酷いものだったが、旅の過程で信頼関係も生まれている。
仲間の中でも二人の連携は突出しているほど。
突然の別れなど堪えられるはずがない。
まして、理由も分からないのでは尚更だった。
ラクサーシャは思案する。
元々、皇国を訪れたのは協定を結べないかという期待からだった。
王国と魔国が味方に付いているとあらば、皇国が動く可能性は十分にある。
両国ともにアドゥーティス教を国教としているのだから、立場を考えれば味方に付くのは道理だろう。
同時に、レーガンの過去を知ることも目的の一つだった。
聖騎士である彼が何故、王国で冒険者をやっているのか。
それも全て、皇国についてから明かされるはずだった。
しかし、神託の儀式という言葉にレーガンは過剰に反応した。
その儀式に何があるのか。
彼が深刻に悩むほどの儀式であるとは思えない。
むしろ、皇女の代替わりという出来事は、アドゥーティス教の信仰者なら喜ぶべきことだった。
レーガンが何故、これほどまでに深刻に考えているのか。
彼は何を仕出かそうというのか。
その疑問は尽きない。
だが、門兵の反応を見ればある程度の予想は出来た。
ラクサーシャはクロウに視線を向ける。
「クロウ。神託の儀式について、何か分かることはないか」
「うーん、そうだな……。俺が知っているのは、次代の皇女は未だ十四歳ってことくらいだ」
「そうか」
その情報も重要なものではあるが、レーガンの考えを知るには至らない。
悩んでいると、セレスが徐に立ち上がった。
「ラクサーシャ殿。頼みがある」
「言わずともいい。私も、同じ事を考えていた」
そう聞いてセレスは顔を明るくする。
ラクサーシャは皆を見回したあと、力強く宣言する。
「レーガンの目的は不明だが、悪事を働くような男ではないと私は知っている。何かしら事情があるはずだ。皇国では、それを突き止めることを最優先とする」
ラクサーシャの言葉に皆が頷いた。
レーガンの目的を知り、場合によっては助けになる。
それを最優先としつつ、ガーデン教やアウロイについても調べていく。
それが、皇国での行動方針だった。
「では、行くとしよう。この場に留まっては、門兵の死に関わりがあると誤解されかねん」
ラクサーシャたちは馬車に乗り込む。
乗り捨てられた馬車が道を塞いでいたが、彼らにかかれば退かす事など容易い。
道を力ずくでこじ開けると、一同は皇国へと入っていった。
ラファル皇国、霊峰ヴァイス・ラヴィーネベルク。
一面が雪に覆われた銀世界。
魔力濃度が非常に高く、並の人間ではこれだけで死んでしまうだろう。
それに加え、過酷な自然が待ち受けている。
凶悪な魔物が跋扈する霊峰は、魔境と並ぶ危険地帯である。
麓にある都が無事なのは聖騎士団の働きによるものだ。
神話級の魔物を相手にしても戦えるだけの実力が彼らにはあった。
閑話休題。
ラクサーシャたちの入国からしばらく経過した頃。
霊峰の過酷な自然を歩く者が二人。
片方は西から。
もう片方は東から。
いずれ、二人は山頂で出会うことになるだろう。
西から行くものは獰猛だ。
生物の頂点とも言うべき竜の気配。
神話級の魔物でさえ、その恐ろしさに近寄ることさえしない。
だというのに、その姿を見れば幼い少女だった。
吹雪と同色ながら、少女の髪は美しく輝いていた。
漆黒の鎧を身に纏い、霊峰の険しい自然を突き進んでいく。
「……閉門の楔。きっと、この場所にあるはずなの」
年不相応な理知的な瞳。
その視線は山頂の神殿に向けられていた。
そして、同じく神殿を見つめるものが一人。
黒衣を身に纏った巨躯の男。
拳には聖銀で出来た手甲が着けられていた。
顔を持ち上げるも、その表情は骸骨を模した面に覆われて窺う事は出来ない。
生の気配を感じぬソレは、不死者と呼ばれる存在だった。
彼らが出会ったときに何が起こるのか。
あるいは、第三者の介入があるのか。
やがて訪れるであろう邂逅の時――真実が明らかになるだろう。




