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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
真実の皇国編

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77話 アドゥーティスの巫女

 ラファル皇国。

 領土は帝国や王国に比べれば劣るものの、その国力は二国に次ぐほど。

 しかし、皇国は戦争を起こすことは無く、また皇国に戦争を仕掛ける国は無い。

 だというのに国力が高いことには理由があった。


 皇国は宗教国家である。

 アドゥーティス教の聖地ラナスを有しており、大陸各地から巡礼者が訪れる。

 修行の最終目的として聖地を訪れる巡礼者の中には聖騎士団を目指す者も多かった。

 大陸各地を旅して鍛え上げられた精神と肉体。

 その力を信仰する神々のために、皇国のために使いたいと騎士団に志願する者は非常に多かった。


 教会が政治も司る、大陸においては珍しく政教一致の体制を取っている。

 教典に則った厳格な政治体制は過去一度として民衆の反発を生んだことはない。

 他国と比べ真面目な性格なのも、教典による影響だった。


 アドゥーティス教は人間としての徳を重んじる宗教だ。

 高潔な人間は善とされ、粗暴な人間は悪とされる。

 幼い頃から教典に親しんできた子どもたちは皆が真面目だった。


 聖地ラナスの街並みは、大陸で最も美しいとされていた。

 細やかな装飾を施された白亜の建物。

 緑に溢れ、朝には鳥の囀りで気持ちの良い目覚めを迎えられる。

 水路を流れる水は北西に聳える霊峰から流れ出した雪解け水だ。

 魔力濃度の高い霊峰から流れ出た水は、魔除けの聖水のような効力を持っていた。


 そんな美しい街並みの中で一際美しい建物があった。

 アドゥーティスの巫女が住まう屋敷。

 そこは大陸でも最高峰の優雅な空間が広がっていた。


 椅子に座る、妖しげな瞳の少女。

 紫水晶アメジストのような瞳は眠たげに半ばほどまで目蓋に隠されていた。

 気だるげに頬杖を突く彼女こそアドゥーティスの巫女。

 どこか物憂げな表情を浮かべる彼女を見れば、何か悩み事があるのかと心配されるだろう。

 事実、彼女の周囲では巫女の心配をする声が上がっていた。


 街並みを眺める様は、それこそ生きる芸術。

 窓を開けてみれば、一切の穢れも無い純白の髪が風を受けてさらさらと揺れた。


 確かに憂鬱だ。

 巫女は周囲の評価を肯定する。

 彼女には、誰にも理解されない悩みがあった。

 それを話せるものはいない。

 これだけ民衆に親しまれているというのに、巫女は孤独さえ感じていた。


 その脳裏に浮かぶのは、何年も前に国を去っていった男の姿。

 思い出すのも何度目だろうか。

 男の残していった言葉を思い返す。


皇国ここは退屈だ』


 たった一言。

 その一言が、巫女の心を何年と悩ませている。

 幾度となく悩み、答えを出そうとした。

 その度に己の境遇に縛られる。


 せめてもう少し自由が欲しい。

 この国では、それを望むことさえ悪なのだろうか。


 そこまで考え、巫女は首を振る。

 言葉にする勇気が無いだけ。

 見限られることが恐ろしくて堪らなかった。

 巫女として相応しく生きなければ、先に待つのは地獄だ。

 焦燥が巫女の足を押さえつける。


「ミリア様、どうかなされましたか?」


 長身の騎士が心配そうに彼女の顔を窺う。

 白銀の鎧を身に纏った長身の男。

 彼に対し、巫女――ミリア・カルロスチノは微笑む。


「いいえ……なんでもないわ、フランツ。ただ、移り行く季節を惜しんでいただけ」

「そうですか……」


 ミリアの返答に、フランツと呼ばれた騎士は悲しげに眉を下げた。

 それを申し訳なさそうに見つめた後、ミリアはすぐに自愛に満ちた表情を作った。

 ミリアは未だ少女だというのに、不相応に大人ぶった様子だった。


 如何にして話題を変えようかと思案していたとき――その瞳に魔力が宿った。

 膨大な未来の可能性がその頭に流れ込んでいく。

 強烈な頭痛に襲われてふらつくも、即座にフランツが抱きとめた。


「ミリア様! ……未来視ですか」

「え、ええ……大丈夫よ」


 ズキズキと痛む頭を抑えつつ、ミリアはフランツの手を借りて立ち上がった。

 僅かな間に数多の可能性を見せられたのだ。

 それでも脳が無事なのは、彼女が巫女としての適性を持っていたからだろう。


 自分の意思ではなく、これは神の意思。

 定期的にあらゆる未来の可能性を教えられ、退屈な既知の世界を生きるしかない。

 そんな生活を続けても狂わないでいられる彼女は異常だろう。

 だからこそ、彼女はアドゥーティスの巫女なのだ。


 それが己の使命。

 生まれてきた意味なのだ。

 退屈としか感じられないのは、既に感覚が麻痺している証拠かもしれない。


「では、ミリア様。参りましょう」


 フランツに促され、ミリアは部屋を出た。

 巫女の役割は多い。

 近々大きな催しを行うため、それに備えておく必要があった。

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