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8話 竜を討つ

 岩肌が剥き出しになった、人が登るには険しき山脈。

 そんな中を登るのは勇ましい男たちと、一人際立つ細身の男。

 クロウは苦しそうに肩を上下させながら、枝を杖代わりにして一行に遅れまいと足を動かす。


「はぁ、はぁ……。旦那ぁ、飛竜はどこにいるんだよ……」


 視界に映るのは岩ばかり。

 生き物が生息するには厳しいであろうこの場所に、何かがいるとは思えなかった。


「じきに谷が見える。そこに飛竜の巣があるだろう」

「谷? 俺の視界には、岩山しか見えねーけどなぁ……」


 前を見ても、険しい岩山があるだけだった。

 クロウはがっくりと肩を落とす。


「ったく、なんで俺は、こんな所に、ついて行くなんて、言ったんだろうなあ……」

「それがお前の選択だろう。後悔する暇があるなら、足を動かせ」

「はぁ……。あいよ……っと」


 若い頃なら兎も角、今の自分では体力的に厳しい。

 クロウはそんなことを考えたが、自分と同年代か少し上くらいのラクサーシャが全く疲労の色を見せていないため、そういうことではないかと思い直す。

 まだラクサーシャよりも若いであろう兵士たちではあるが、彼らもクロウと同様に息を切らしていた。


 クロウやヴァルマンの私兵たちが息を切らしながら歩いていると、ラクサーシャが急に抜刀した。

 前方に視線を向けると、何やら小さい影が見えた。


「来るぞッ!」


 影は三つあった。

 遥か先にあると思っていたはずの影は、瞬く間に視界を覆い尽くす程の竜へと変貌する。


 クロウは慌てて腰に下げた短剣を抜く。

 ラクサーシャの軍刀『信念』に比べれば下らない代物だったが、ヴァルマンの私兵たちと同等以上の性能はある。


 だが、クロウに戦いの心得はない。

 少なくとも、飛竜を相手取るには未熟すぎる。

 それを理解しているからこそ、ラクサーシャは彼を背に庇うように位置取った。


 上段に構えられた軍刀『信念』に魔力が集まっていく。

 赤き魔力光は帝国への憎悪を体現したかの如く揺らめいている。

 背後でそれを見守るクロウは、素人目にもそこに込められた常軌を逸した魔力量を感じ取れた。


 ラクサーシャの魔力に呼応するように大地が唸る。

 軍刀に込められた赤き魔力が瞬き――空を三度切り裂いた。

 膨大な魔力の奔流が空を駆ける。

 眼前に迫っていた三体の飛竜はその巨躯を二つに分かち、地に落ちた。


「――奥義・断空」


 静かに呟くと、ラクサーシャは納刀した。

 そこには一切の疲労もなかった。


 目の前に倒れ伏す飛竜の亡骸。

 命を賭した死闘が始まると身構えていたために、クロウたちは呆気に取られる。

 一瞬の出来事であったせいか、これを成した本人以外は状況について行けていなかった。

 あるがままの事実を受け入れる他にない。


 だが、飛竜を三体仕留めたというのに、ラクサーシャは不満顔だった。


「これは成竜ではない。牙を取るには小さかろう」

「これでも成竜じゃないのか?」

「成竜はこの倍はある」

「うへぇ……」


 クロウは頬をひきつらせた。

 目の前の飛竜でさえ全長五メートルはあった。

 その倍となれば、人の手に負えるものではないような気がした。


 ラクサーシャは空を見上げる。

 真上に登った太陽を透かし見て、飛竜の亡骸に視線を移す。


「昼にするか」

「これを食うのかよ!?」

「む、そうだが……。お前は食べたことはないのか?」

「そんな機会あるわけねえって……」


 竜は人間よりも上位の存在とされている。

 種によっては知性を持つ者もおり、国が出来ているほどだ。

 そんな竜種を食するという発想が無いのは仕方がないだろう。


 ラクサーシャが将軍だった頃は毎年指揮官を連れて竜狩りをしていた。

 そのため、魔核を回収した後の竜は食糧として遠征隊の胃に収められていた。


 魔法で火を起こして竜の肉を焼き始めるラクサーシャを見て、クロウは思い知る。

 彼はやはり、帝国最強の男なのだと。

 嬉々として調理する姿を見ていると、竜という存在の恐ろしさを忘れてしまいそうだった。


 クロウは手に持った竜肉の串焼きを凝視する。

 中まで良く焼けた肉の香ばしい香りが鼻を擽り、腹が早く寄越せとクロウに訴えかける。

 塩胡椒と香辛料のみの味付けではあるが、山登りで疲れた体には非常に魅力的に見えた。


「い、いただきます……あむ……」


 肉を口に放り込み、咀嚼する。

 鶏肉のように淡泊ながら、じゅわりと溢れんばかりの肉汁が口内を満たす。

 肉の味を塩胡椒が引き立て、香辛料の香りが食欲を誘う。


「う、美味ぇ!」


 空腹のせいもあり、一口食べると止まらなくなった。

 簡素な味付けであるからこそ、肉の旨味を感じられる。

 これまで味わったことのない竜肉の味に病み付きになってしまいそうだった。


 用意された串焼きが食べ尽くされると、ラクサーシャは満足げに頷いた。


「皆、腹は満たしたな? では、行こうか」

「も、もう行くのか?」

「帝国の兵も来ているのだ、早い内に済ませた方が良かろう」

「だよなぁ……」


 再び始まる登山にラクサーシャ以外は溜め息を吐いた。

 次の休憩が来たのは山頂近くの岩場に着いた頃だった。

 日は既に沈み始めており、竜から身を隠せるような岩場にキャンプをすることになった。


 夕食は昼と同様に竜肉の串焼きが振る舞われた。

 笑顔で竜を引きずって来たラクサーシャを見たときは流石にクロウも呆れたが、それ以上に心強さも感じていた。




 夜の静寂の中、クロウは岩に腰掛けながら考え事に耽っていた。

 キャンプからそう離れていないため、何かあればすぐに合流できる位置だ。


 夜空を見上げていると、足音が聞こえた。

 金属を打ち鳴らすような鈍い音。

 遠くから聞こえていたそれは、よく聞けば無数の足音が束ねられていた。


 クロウは岩場に身を潜めて気配を殺す。

 僅かな隙間から様子を窺うと、そこにはよく統率された集団がいた。


(おいおい、マジかよ……)


 心の中で愚痴る。

 遠征隊の数は目測で百程度と、こちらの十倍の数はあった。

 問題は数の差だけではない。

 兵士の全てが魔導兵装を所持していることだった。

 妖しく揺らめく魔力を纏った集団は、夜の闇の中では非常に目立っていた。


 そこへ飛竜の群が襲いかかる。

 山頂は竜の住処となっており、その近場でこれだけ目立っていれば当然のことだろう。

 帝国の遠征隊が竜との交戦を始めると、クロウは目を見開いた。


 上空から勢いをつけて飛びかかる竜を正面から受け止めていた。

 それも、たった一人だけである。

 魔導兵装の鎧は竜種に匹敵する身体能力を使用者に与えると言われているが、それを目の当たりにするのは初めてだった。


 容易く竜を葬っていく様は、ただ流れ作業をしているようにしか見えなかった。

 一人の重騎士が受け止めて、周囲の軽騎士が頑丈な鱗も無視して剣を突き刺していく。

 彼らからしたら、竜も猫も変わらないのだろう。


 馬鹿げている。

 これほどの戦力を持った帝国を相手に、ラクサーシャは復讐をしようと言うのだ。

 それが凡人ならば、一笑されて終わりだろう。


 しかし、ラクサーシャは凡人ではない。

 彼は帝国最強の男と称され、他国では畏怖の対象である。

 クロウの想像が及ぶ範囲にはいなかった。


 クロウはバレぬようにと祈りながら遠征隊に接近する。

 戦う術のないクロウのやるべきは、情報を出来る限り多く伝えることだ。

 音を出さぬように、紙に遠征隊の情報を書き記していく。

 必要な情報を得ると、クロウはそっとその場を離れた。


 キャンプに戻ると、ラクサーシャがヴァルマンの私兵たちを起こしていた。

 既に身支度は整えてあり、いつでも戦える状態にあった。

 ラクサーシャはクロウが戻ってきたことに気付くと歩み寄る。


「遠征隊が来たか」

「ああ」


 戦いの音に気付いたのだろう。

 見れば、ラクサーシャの手には軍刀『信念』が握られていた。


「戦うのか?」

「そうしたいところだが……難しいだろう。彼我の差は明らかだ」

「なら、どうするんだ? 急がないとミュジカの宴に間に合わなくなるぜ」

「……やはり、戦うしかあるまい」

「結局戦うのかよ……」


 クロウは周囲を見回す。

 この中で帝国兵とまともに戦えるのはラクサーシャくらいで、自分を含め他の皆は戦力にはなりそうもない。


「なにか策はあるのか?」

「いや、無い。私が行くほかにないだろう」

「さすがの旦那でもそれは無理だ。相手は騎士だけじゃないんだぜ?」


 クロウが懐から紙を取り出した。

 そこには確認できる限りの遠征隊の構成が書かれていた。


「軽騎士が五十、重騎士が二十、後衛の魔術師が三十ってところだ。面倒なことに、全員が魔導兵装を所持していやがる。それに、指揮官のエドナがいる」

「そうか……。騎士は兎も角、エドナの率いる魔術師は厄介かもしれん」


 ラクサーシャは考えるが、今の戦力ではとても太刀打ちできそうにない。

 だが、遠征隊が去るのを待っていては、帝国から脱出することは難しくなってしまう。


「今の戦力ではどうにもならんか……」

「ん、今の戦力……?」


 クロウはラクサーシャの呟きを拾い上げる。

 今の戦力ではどうしようもない。

 だが、戦力を増やしてみたらどうだろうか。

 クロウはどうにか戦力を増やせないかと思案する。


 そして、思い付く。

 特上の戦力がいることに。


「旦那、戦力差を覆す方法が一つある」

「ほう、何だ?」

「それはな……」


 クロウの策を聞くと、ラクサーシャは驚いたように目を開いた。

 大雑把で豪快、されど理に適っている。

 ラクサーシャは感嘆の溜め息を吐き、顎に手を当てた。


「クロウ。地下牢獄の時も思ったが、お前は軍師にでもなれそうだ」

「リィンスレイ将軍様にお誉めいただいたとあらば、故郷の母も喜ぶことでしょう」


 冗談めかして演技をするクロウに、ラクサーシャも笑みを浮かべた。

 戦いの前だというのに、二人には余裕の色があった。

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