75話 不穏な忠告
エイルディーン王国が誇る二つの騎士団。
その団長二人に加え、戦鬼レーガンまでいるのだ。
並大抵の人間であれば、その壁を突破することは叶わないだろう。
しかし、相手は神代の技術の断片。
そこに魔国の技術を注ぎ込んだシグネは、正に技術の結晶というに相応しい。
生体人形を相手に、三人が武器を構えた。
成すべきことは至極単純。
敵を後ろに通さなければいい。
シグネが砲と化した左腕を突き出す。
即座にシュトルセランが杖を翳した。
「――術式破壊」
撃ち出された魔弾は砲身に直撃する。
術式の穴を穿つ――はずだった。
砲身は解除されず、未だに健在だった。
シュトルセランは愕然とする。
「あやつめ、術式をずらしおったわい!」
シュトルセランの目には、その異常さが見て取れた。
まるで生きているかのように術式が蠢いたのだ。
術式の穴を穿てなければ術式破壊は成立しない。
もはやシュトルセランでさえ止める事は叶わない。
シグネの左腕に膨大な魔力が収束する。
「――魔力放射」
紅き閃光が撃ち出された。
既にかなりの魔力を使っているだろうに、シグネの魔力は未だ衰えを知らない。
数多の魔核を喰らったのだ。
宿す魔力は一国の軍さえも凌ぐほど。
「やらせねぇっての!」
レーガンが立ち塞がる。
後方にはエルシアがいるのだ。
避けることは許されない。
「うぉおおおおおッ!」
レーガンの気迫に呼応するように守護聖典『聖者の翼』が輝く。
目が眩むほどの光を放つ戦斧を振り下ろした。
紅き閃光と紫電が交差する。
その重さにレーガンは呻く。
受け止めるにはあまりにも重過ぎる一撃。
ラクサーシャならば受け止められるだろうが、今の彼は満身創痍だ。
レーガンが止めるしかなかった。
「ぐっ、おらぁあああああッ!」
歯を軋らせ、咆哮する。
どこまでも響き渡るそれは、正しく『雷神の咆哮』だった。
ミスリルプレートの冒険者。
レーガンの誇りが紅き閃光を打ち払う。
喜びも束の間、シグネが眼前に現れる。
振り切った体勢のレーガンはあまりに無防備。
突き出された剣は、しかし、その起動を僅かに逸らす。
赤き髪を靡かせてセレスが躍り出る。
身体能力では劣るものの、流麗な剣捌きでシグネを翻弄する。
「はあああああッ!」
凛と声が響いた。
灼熱の剣がシグネの肩を切り裂く。
しかし、浅い。
痛みに怯むことも無く剣が振るわれた。
まさかすぐに反撃されると思っていなかったセレスは目を見開く。
だが、その剣がセレスを切り裂くことは無かった。
風のような軽やかな足取り。
だというのに、振るわれた剣は暴風の如し。
王国騎士団長ザルツ・フォッカの剣は、柔と剛を兼ね備えた我流の剣術。
無論、受け止めるのに使われたのは一本。
シグネの死角から短剣が迫る。
「もらいましたぞッ!」
鋭い目でシグネを見据える。
振るわれた短剣は牙だ。
獲物に喰らいつくように振るわれた短剣は――躱された。
その異常なまでの反応速度に、ザルツは敵ながら感心する。
シグネの魔術はシュトルセランの予想通りのものだった。
生体人形の戦闘演算は、人外であるが故に可能な高速演算だ。
そこに周囲の空間を完全に把握する魔法が加わると、間合いであれば未来さえも予知できるほど。
攻撃を当てるには、それを超えるしかない。
「絶対に当ててやる。分かっていても対処できねぇような動きをすりゃあいいんだ、単純じゃねぇか」
言葉で言うには簡単だが、それを実現することは難しい。
それを可能とするのは、シグネよりも格上の存在。
この場においてはラクサーシャのみが該当する。
レーガンはシグネを見据える。
背後から感じる魔力から、エルシアの準備もあと少しであることを察する。
その僅かな時間さえ稼げばいいのだ。
しかし、相手はそれほど生易しくはなかった。
シグネが身を低く屈める。
左腕の術式を解除して、地面に手を着いた。
ほとんど這い蹲るような姿勢で剣を構えるシグネに、三人は警戒する。
刹那、シグネの魔力が爆発的に高まった。
弾丸の如く飛び出したシグネ。
三人には掻き消えたようにしか見えなかった。
それほどまでの速さで駆け抜け、気付いた頃にはエルシアに肉迫していた。
「くそ!」
レーガンが振り向くも、シグネは既に間合いより外に出てしまっている。
止めようにも届かない。
突き出された剣は、障害物に阻まれる。
ずぶりと音を立てて貫く。
シグネが貫いた者。
それはラクサーシャだった。
咄嗟に飛び出したラクサーシャがその身で剣を受けたのだ。
苦痛に顔を歪めるも、ラクサーシャは気合で意識を繋ぎ止める。
シグネがラクサーシャを退かそうとするも、動かすことは叶わなかった。
ラクサーシャの腕がシグネを拘束する。
逃れようにも、その腕力に抗うことが出来ない。
そして、エルシアの剣が輝きを放ち始めた。
ラクサーシャは必死の形相で振り返る。
その視線から、言葉を聞かずとも意図を察することが出来た。
エルシアは剣を突き出すように構えると、駆け出した。
「喰らいなさいッ!」
術式破壊の効果を帯びた剣がラクサーシャごとシグネを貫いた。
シュトルセランと似て非なる術式破壊。
エルシアのそれは、術式を断ち切る文字通りの術式破壊だった。
シグネの胸を剣が貫いた。
体に刻まれた術式が断ち切られ、魔力が薄れていく。
もはや戦う力も残ってないだろう。
ラクサーシャはぐったりと動かなくなったシグネを放り投げる。
腹部からどくどくと血が溢れ出す。
ラクサーシャは立っている事が出来ず、そのまま地面に倒れてしまう。
「リィンスレイ殿!」
シュトルセランが駆け寄り、治癒魔法を唱える。
傷口はすぐに塞がったが、その体はしばらくは戦えないだろう。
今回の戦いで、ラクサーシャはそれほどまでに消耗していた。
ラクサーシャはセレスに支えられて立ち上がる。
足取りも覚束無いが、意識を手放す前に成すべき事があった。
険しい視線の先にはロードウェルが立っている。
「お前の負けだ。第一王子ロードウェル・セリアス・カルネヴァハ」
「この俺が、と言いたいところだが。そこまで堕ちてはいない。素直にその刃を受け入れよう」
ロードウェルはその場で跪くと、首を切りやすいように頭を垂れた。
その表情がどのようなものであるか、誰も知ることはないだろう。
下を向いたまま、ロードウェルが口を開く。
「一つ、忠告をしてやろう。敵が帝国だと思うな。あれはおそらく、ただの駒に過ぎない。あんなものよりもっと恐ろしい、神話の怪物が敵だと知れ」
ジスローの忠告に続き、ロードウェルの忠告も不穏なものだった。
その言葉を最後にロードウェルは黙り込む。
既に覚悟は決まっているらしかった。
ラクサーシャは刀を振り下ろす。
ロードウェルが討ち取られたことにより、岩山のほうから合図が打ち上げられた。
長きに渡る魔国の王位継承争いは終幕を迎える。
ラクサーシャたちの介入により、第二王子ウィルハルトが王に即位することとなった。




