74話 不本意な守護者
先ほどまでとは一変し、神々しい鎧を身に纏ったレーガン。
その手に握られた白銀の戦斧からは純白の魔力が立ち上る。
蒼いマントをはためかせる姿は聖騎士と呼ぶに相応しい。
その姿を知るものが一人。
ザルツは驚いたように目を見開いた。
「それはラファル皇国の聖騎士団の鎧。貴殿は騎士であったか」
「昔は、だっての。今のオレは戦鬼レーガンだ」
その語気は強い。
騎士であった時をあまり好ましく思っていないようだった。
レーガンは意識を切り替える。
「――守護聖典『聖者の翼』。オレにコイツを出させたんだ。ぶっ潰してやるぜ」
鋭い視線でシグネを睨む。
感じる気配は未だに格上ではあるが、その差は僅か。
なれば、気合でその差を埋めればいい。
その背にシュトルセランが声をかける。
「先ほどの魔法。あれは空間把握の魔法じゃった。そこに生体人形の戦闘演算が加わるとなれば、それはもはや未来予知の領域じゃ」
「マジかよ。面倒なもんだな」
レーガンは首を鳴らし、戦斧を構える。
相手はセレスやザルツの剣が届かない相手だ。
二人よりも重い武器を扱うレーガンの攻撃が当たるのか。
しかし、レーガンの表情は自信に満ち溢れている。
戦斧を水平に構える。
体の横へ突き出すような構えは、片翼の天使が翼を広げたかのようだった。
力強く踏み込み、突進する。
狙いは巨大な盾を持つ男。
不動のゴードンだった。
即座にタワーシールドを構え、魔法障壁を生み出した。
「らぁああああッ!」
横凪ぎにされた戦斧はゴードンの魔法障壁を容易く打ち砕く。
勢いをそのままに振るわれた戦斧がゴードンの盾を砕き、鎧を砕き、肉を断つ。
不動と称された男が吹き飛ばされ、地に転がった。
胴体から断たれてしまえば、生きていることなど不可能だ。
レーガンは休む間も無くシグネへと襲い掛かる。
力強い踏み込みからの突進。
その速さはこれまでとは比べ物にならない。
紫電を迸らせて戦斧を振り下ろした。
しかし、既にシグネの姿はない。
大地に戦斧が突き刺さると同時にシグネが肉迫する。
剣と化した右腕が突き出される。
戦斧を振り切った体勢のレーガンは無防備だ。
あわや突き刺さるかと思われた剣は、しかし、鎧を貫くことはなかった。
シグネの一撃はレーガンの鎧に受け止められた。
慌てて後方へ飛び退くシグネだったが、地から跳ね上げられた戦斧が直撃する。
直前で受身を取られたようだったがそれは本命ではない。
衝撃でシグネの体が空高く打ち上げられた。
レーガンは無防備なシグネに追い討ちを掛けるように戦斧を構える。
放つのは最大の一撃。
「喰らいやがれ――降雷烈波」
戦場に響き渡る気迫に満ちた咆哮。
それは天をも震わせる獣の雄たけび。
迸る紫電がシグネに襲い掛かる。
しかし、シグネの表情には余裕があった。
「――紅蝶の舞」
シグネの体が無数の蝶となっていく。
荒れ狂う紫電の奔流を掻い潜り、レーガンの周囲を取り囲む。
その行動に対し、レーガンの本能が警笛を鳴らしていた。
「ちぃッ!」
魔力の高まりを感じた。
しかし、飛び退こうにも周囲を取り囲まれてしまている。
シグネの魔力が膨大に高まり――霧散した。
紅蝶が離れた場所に集まっていき、シグネの形を取った。
シグネの視線がシュトルセランに向けられる。
その魔術が術式破壊されたことに気が付いていた。
勝負が仕切りなおしになるかと思われたところで、後方から近付くものが一人。
その気配に皆が安心するも、振り向くとその表情が驚愕に染まる。
満身創痍のラクサーシャがそこにいた。
体がぼろぼろで、魔力も枯れ果てていた。
それだけで皆はどれほどの死闘が繰り広げられたのかを悟る。
ラクサーシャがここまで消耗することなど、思い当たるのは一つのみ。
セレスが尋ねる。
「ラクサーシャ殿。不死者と戦ったのか」
「うむ」
短く頷く彼を見れば余裕が無い事が窺えた。
出血も酷く、既に戦える状態ではない。
ラクサーシャはレーガンの姿に驚いたようだったが、今は戦闘に集中すべきと周囲を観察する。
そして、エルシアに視線を向けた。
「術式破壊をする余裕はあるか」
「あるけれど、時間がかかるわ」
「構わん。相手が生体人形ならば、それほど有効な手はない」
ラクサーシャの考えは至極単純。
生体人形はその身に術式を刻んだ者だ。
なれば、それを破壊してしまえばいい。
そうすることによって強みを失わせることが出来る。
「けど、あの化け物はどうするのよ」
「皆で止める」
ラクサーシャが視線を送ると、セレスとザルツが頷いた。
レーガンを中心に三人がシグネに相対し、エルシアの傍らにはシュトルセランが構える。
そして、エルシアを守るようにラクサーシャが刀を構えた。
「その体で戦えるわけないじゃない」
「僅かであろうと、時間は稼げる」
その気迫にエルシアは息を呑む。
ラクサーシャからは、その身を犠牲にしてでも時間を稼ぐという覚悟を感じ取れた。
満身創痍だというのに、それでも悠然と刀を構えるラクサーシャの後姿。
憎悪と安堵の入り混じった気持ちに、エルシアは不愉快そうに抜刀する。
エルシアは今は集中すべきと自身の頬を叩き、剣に魔力を流し込み始めた。




