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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
謀略の魔国編

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72話 神域の剣閃

 聖銀光ラザンツ・リヒトと瘴気が立ち上る。

 それは先ほどまでと同質と考えるべきではない。

 アスランの新たな力。

 彼はその名を告げる。


「これは、そう――黒蝕銀光シュヴァルツ・リヒトだ」


 先ほどまでの神々しさはどこにも無かった。

 瘴気に蝕まれた剣が禍々しく形を変貌させる。

 纏う鎧は爛れ落ち、合成獣キメラのような不気味さを醸し出していた。


 侵食していく瘴気は、無論彼の体をも呑み込んで行く。

 始めはそれを恍惚と受け入れていたアスランだったが、突然目を見開いた。


「ば、馬鹿な、そこまで侵食するなんて聞いてないッ!」


 剣を地に突き刺して体を支える。

 立ち上る瘴気が彼の精神をも侵食していた。


「駄目だァ、アぁァ嗚呼あア……」


 頭を抑えて悶える。

 自我が徐々に蝕まれていく。

 己が喰われていく。

 その恐怖は想像も付かないほど。


「ぐ、ギィッ……」


 歯を軋らせて抵抗するも、侵蝕は止まらない。

 アスランは最後に天を仰ぎ――その目から光が失せた。


 英雄から一転、アスランは不死者と化した。

 そこに美しさは無い。

 気高き心も無い。

 肌は赤みを失って青褪めている。

 その見た目は魔物のようだった。


 ただ、唯一彼の目だけは変わっていなかった。

 名声を求める貪欲な瞳が、ギラギラと輝いている。

 アスランはゆらりと体を揺らし――ラクサーシャに肉迫した。


 彼の速さはそれまでとは比べ物にならなかった。

 瞬魔で限界まで身体能力を高めて漸く互角。

 なれば、後は技量が物を言う。

 ラクサーシャは軍刀『信念』で迎え撃つ。


 剣と剣が交差する。

 間近で見るアスランの顔は獣のように歪められていた。

 そう、彼はもはや獣なのだ。

 その瞳に知性の色を感じない。

 あるのは勝利への渇望のみ。


 理性を保ったまま不死者に身を落とすには、アスランでさえ不足していたのだ。

 涎を撒き散らしながら唸るアスランに、ラクサーシャはため息を吐いた。


「哀れだ。今のお前は見るに堪えん」

「ガァアアアアアッ!」


 振り下ろされた剣を避けラクサーシャは刀を凪ぐ。

 左腕を切り落とし、その勢いのままに身を捻り蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされたアスランだったが、しかし、瘴気を立ち上らせながら身を起こした。


 不快な水音を立てながらアスランの腕が再生していく。

 何事も無かったかのように回復すると、アスランは再び肉迫する。

 振り下ろされた一撃は非常に重く、歯を軋らせるのはラクサーシャの番だった。


「いひひッ、いヒヒはハハぁッ!」


 狂ったように笑うアスラン。

 その姿はまるで、魔核薬に溺れた者のよう。

 彼は既に狂っている。


 しかし、その強さは本物だ。

 不死者の強靭な肉体から放たれる一撃にラクサーシャは呻く。

 瞬魔はいつまでも持たないが、アスランは常にこの力を出し続けられるのだ。

 早期に決着をつける必要があった。


 ラクサーシャはアスランの剣を受け流し、脇腹を斬り付ける。

 大地が赤黒く染まるも、アスランは痛みを感じてさえいなかった。

 再生が始まるよりも早く、ラクサーシャは刀を閃かせる。


 腕を、足を、腹を、胸を。

 どれだけ身を斬り付けようとアスランは止まらない。

 血だらけになりながらも、アスランは拳を振るった。


「ぐ、がはッ!」


 拳がラクサーシャに突き刺さる。

 肺から空気が押し出され、ラクサーシャは目を見開いた。

 幾つか骨も砕かれたようだった。


 苦痛から立ち直るよりも早く、次の拳が振るわれた。

 踏ん張ることも出来ずラクサーシャの身が吹き飛ばされた。

 地をしばらく転がり、ようやく停止した。


 人間と不死者ではあまりに違いすぎた。

 アスランのような不死者の成り損ないが相手であろうと、人間には余る相手だ。

 彼を倒すには再生が出来なくなるまで斬り続けるしかない。


 ラクサーシャは身を起き上がらせる。

 体は既に限界状態だった。

 魔力も既に八割を消耗している。

 この状態では後数分も持たないだろう。


 だというのに、ラクサーシャは刀を構える。

 この程度を倒せないのならば、アウロイを相手にすることなど不可能だろう。

 超えるには、もっと力が必要だ。


 ラクサーシャは大きく息を吐き出す。

 残りの魔力を全て身体強化に注ぎ込んでいく。

 瞬魔では足りない。

 なれば、さらに上の領域へ至れば良いだけ。


 その身の限界を超える強化を施していく。

 体中が悲鳴を上げる。

 魔力も枯渇寸前だ。

 しかし、苦痛を強靭な精神で押さえ込む。


「アスラン。私は、お前が死ぬまで斬り続けよう」


 その言葉が届いているかは分からない。

 ラクサーシャはアスランを見据える。


 刀を正眼に構える。

 不死者をも殺す奥義。

 神域の剣閃。

 魂をも削る覚悟で、己の全てを詠唱うたう。


「我が刀よ。信念よ。其れは万象を切り伏せる気高き一閃――奥義・残響」


 ラクサーシャの姿が掻き消える。

 その速さは不死者と化したアスランでさえ目で追えないほど。

 背後の気配を感じ取り、アスランは振り返る。


 剣を構えようとすると、その腕が落ちた。

 踏み出そうとすると、足が体から離れた。

 愕然と顔を上げると、その首に亀裂が走る。

 残響するように無数の剣閃が襲い掛かる。


 抗うように瘴気が立ち上る。

 しかし、襲い掛かる無数の剣閃に成す術も無い。

 徐々に瘴気も薄れていき、再生の速度が弱まっていく。


 その灯火が消える刹那――アスランは笑みを浮かべた。

 満足げな表情を見れば、彼が正気を取り戻していることが窺えた。

 その直後、その身が全て切り裂かれた。


 後に残ったのは、満身創痍な勝者の姿。


 ラクサーシャは刀に付いた血を払う。

 刀を鞘に仕舞うと、緊張が解けたのか足に力が入らなくなった。

 しかし、今はまだ倒れるべきときではない。

 体に鞭を打って歩みを進める。


 すると、遥か前方で紫電が迸った。

 感じる強大な気配。

 仲間の頼もしさにラクサーシャはほうと息を吐いた。

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