71話 彼は全てを知っている
エルシアたちは戦場を駆ける。
打ち鳴らされた剣の旋律を血飛沫が彩っていく。
辺りには濃厚な死の臭いが漂っていた。
屍を踏むことも厭わずに突き進んでいく。
忌避すべきことは唯一つ。
この戦争で敗北することだ。
故に、一直線に突き進んで行き――
「やはり来たか」
――視線の先、ロードウェルが嗤っていた。
「ウィルハルトならばそうするとは思っていたが、やはりか」
彼の余裕は消えない。
怜悧で理知的な瞳は、どこまで見ているのだろうか。
セレスが剣を突き付ける。
「第一王子ロードウェル・セリアス・カルネヴァハ。覚悟は出来ているな?」
「くく、貴様らはこの俺が追い詰められたとでも思っているのか」
不適に嗤うロードウェルだったが、状況は明らかに劣勢。
現状を覆すだけの手札を持っているようには思えなかった。
「シグネ、ゴードン。任せたぞ」
彼の命に従い二人が立ちはだかった。
生体人形シグネと不動のゴードン。
既に、エルシアたちは対策を立てていた。
しかし、ロードウェルとて凡愚ではない。
並外れた頭脳を持つが故にこれほどの戦力を揃えたのだ。
この程度で終わる男ならば、ここまで生き残ることは出来ない。
その思惑を知ることは叶わない。
「標的捕捉。戦闘態勢へ移行します――」
右腕に魔力が収束し、剣を象る。
左腕に魔力が収束し、砲を象る。
背から噴出した魔力が翼を象る。
「執行を開始します」
いい終わるや否や、シグネが砲と化した左腕を突き出す。
放つのは赤き閃光。
「――魔力放射」
極大の魔力が放出され、大地を抉りながらエルシアを襲う。
その傍らにいたシュトルセランが杖を翳した。
「――術式破壊」
打ち出された極小の魔力弾は赤き閃光を貫く。
僅かな術式の穴を穿ち、一瞬にして霧散させた。
さすがに術式破壊されるのは予想外だったらしく、シグネはぴくりと眉を動かした。
「戦力評価、上。優先排除対象です」
シグネの剣がシュトルセランに向けられる。
だが、それも術式破壊によって掻き消された。
武器を失ったシグネにセレスとザルツが斬りかかる。
その進路を塞ぐようにゴードンが現れた。
巨大なタワーシールドを地に突き立てて魔法障壁を展開する。
二人がかりで攻撃するも、魔法障壁はびくともしない。
竜種の一撃さえ受け止めるゴードンの守りを突破することは叶わなかった。
セレスとザルツが左右に飛び退く。
開けた視界に移るのは、無数の大魔法具を起動させたエルシアの姿だった。
「――消し飛びなさいッ!」
極光が視界を埋め尽くす。
圧倒的威力を誇る大魔法具。
それも、何百という数が発動されたのだ。
ゴードンは歯を軋らせてそれを受け止める。
だが、それさえも本命ではなかった。
「うぉぉおおおおおッ!」
紫電が迸る。
跳躍したレーガンが戦斧を振り下ろした。
攻めか守りか。
二人のミスリルプレートのぶつかり合いだ。
しかしそれは、ゴードンの勝利で終わる。
ゴードンが魔法障壁を解除してレーガンに突進する。
大質量の衝撃に呻くも、即座に体勢を立て直す。
だが、そこで違和感を感じた。
見れば、先ほどのぶつかり合いでレーガンの戦斧が砕けていた。
「ちぃッ!」
レーガンは柄の部分をゴードンに投擲して距離を取る。
得物を失ったレーガンだったが、戦場から離れる気は無かった。
そもそも、彼の得物はこの領域での戦いに耐えられる代物ではなかった。
他の皆が魔道具や大魔法具を使用する中、彼だけはただの鉄の塊を振り回していたのだ。
無論、それなりの武器ではあるのだが、彼が扱うには脆すぎた。
視線を前方に向ければ、シグネが前へ出てきていた。
再び術式を構築して剣と砲を構える。
異様なのは、次の一手だった。
「戦闘演算――我に万象の理を齎せ」
シグネがそう呟いた途端、放たれる気配が一変する。
それまでも膨大な魔力を秘めており厄介だった。
しかし、目の前にいるシグネは何かが異常だった。
瞳に宿るのは妖しげな光。
シュトルセランが杖を翳す。
撃ち出された術式破壊の魔弾は、しかし、紙一重で避けられた。
即座にもう一発撃ち出すも、それも避けられてしまう。
「……ふむ、そういうことじゃったか」
シュトルセランが気付くも、語らせまいとシグネが襲い掛かる。
彼を守るようにセレスが剣を素早く振るうが、当たらない。
ザルツが二刀を交差させるように振るうも、これも当たらない。
エルシアが大魔法具を発動させるも、僅かな合間を掻い潜って進む。
二人の剣は一流のソレだ。
だというのに、攻撃が掠りすらしない。
それはまるで、全てを知っているかのように。
立ちはだかる皆の剣を打ち払い、シュトルセランに肉迫する。
「……出し惜しみはしてられねぇか」
ふと、そんな呟きが聞こえてきた。
シグネがシュトルセランを殺すよりも早く、紫電がその進路を塞ぐ。
仕方なく後方へ飛び退き、その方向へ視線を向けた。
その先には戦斧を振り下ろした状態のレーガンがいた。
手に握られるのは、どこか神聖さを感じさせる白銀の戦斧だった。
いつの間にか、その身に白銀の鎧を纏っている。
顔に似合わぬ碧のマントをはためかせ、レーガンは不愉快そうに唸る。
「しかたねぇ。オレの本気を見せてやる」
戦鬼と称された男。
レーガンの本気の戦いが始まる。




