68話 王の資格
見渡す限り荒野が広がっていた。
寂寥を感じさせる、どこか空虚な景色。
草木の一つも存在しないこの地帯は、ヴァロン荒野と呼ばれている。
その理由については定かではない。
曰く、かつて魔国における戦乱で大魔法の余波を受けて枯れ果てた。
曰く、アドゥーティス神話における魔女の仕業だ。
様々な推論が溢れているが、未だ推論の域を出ない。
ヴァロン荒野にて、南北に分かれた集団がいた。
その規模は一国の内乱にしてはあまりに大規模。
強国と強国の全面戦争と言われても違和感の無いほどだったが、これはあくまでも王位継承争いである。
少し離れた場所にある岩山にて、議会はその様子を見守る。
だが、その表情は緊迫感に満ちている。
かつて、これほどまでに大規模な王位継承争いがあっただろうか。
隣国エイルディーンをも巻き込み、この決闘は今後の大陸をも左右するほどの一大事となっていた。
両陣営は既に準備を終えている。
会戦の時を今か今かと待ちわびていた。
眼下に広がる兵。
その数、二万二千。
そして、大陸でも屈指の実力者たち。
ウィルハルトの陣営は非常に調和が取れていた。
王国から派遣された兵がいるため、魔国特有の魔術師過多に陥ることは無い。
彼の横では、王国から派遣されたザルツとメルセンフォード公爵が並んでいた。
「いやはや、殿下の輝かしい経歴の一つに参戦出来るとは。ありがたい」
メルセンフォード公爵は揉み手をしながらウィルハルトに取り入ろうとする。
ここで恩を売っておけば、今後の魔国との同盟において有利に立てる。
それは軍事面から経済面まで多様な恩恵だ。
彼はそう考えているのだが、対するウィルハルトは大して興味を持っていないようだった。
「ウィルハルト殿下。某はそろそろ、前へ参ります」
頷くと、ザルツが一礼してから去っていく。
彼が向かう先。
そこにはラクサーシャたちが控えていた。
今回の作戦は至って単純だった。
戦力で勝っているのだから、逆転されぬ内に大将首を取る。
ラクサーシャたちを最前線に置いたのも、強引に道を開けるためだ。
攻めに傾倒したこの作戦。
それを提案したのはヴァルマンだった。
ウィルハルト側にはラクサーシャをはじめ、一騎当千の強者が集っている。
それを活かすにはこれが最適だった。
無論、それだけの理由ではない。
ウィルハルトが勝利すれば、魔国は今後、帝国に敵対することになるのだ。
この戦いで消耗していてはそれも叶わないだろう。
故に、可能な限り消耗を抑えて勝利する必要があった。
太陽は随分と高い位置にあった。
会戦まで後少し。
ウィルハルトは議会が待機する岩山に視線を向ける。
(反対側では、兄上も岩山を見ているのだろうか)
ふと、そんなことを思った。
ウィルハルトは彼のことを嫌いではないが、かといって非道な研究を許すわけにもいかない。
未だに葛藤するウィルハルトの肩を誰かが叩いた。
振り返れば、眼鏡の男。
当初からウィルハルトを支えてきたレッソフォンド卿がいた。
「殿下。決着はここで付くのです。覚悟の有無にかかわらず」
日の光を眼鏡が反射する。
その表情は見えないが、真剣な声色であることが感じ取れた。
「分かっている。俺は、兄上を殺さなければならない」
「理屈では分かっていても、感情面では理解できない。殿下。兄君を越えたいならば、情に流されてはなりません」
でなければ、足元をすくわれてしまう。
続く言葉は飲み込み、レッソフォンド卿は笑みを浮かべた。
「忠告、感謝しよう。レッソフォンド卿。だが、人は情を持つ生き物だ。兄上にはそれがない」
「でしょうな。ロードウェル殿下は冷血漢。それ故に、この差が出来たのでしょう」
兵の差は特別大きいわけではない。
だが、ウィルハルトは隣国からの支援さえ取り付けられた。
それはラクサーシャたちの成果ではあるが、同時にラクサーシャを味方に付けられたウィルハルトの人望に拠るところもあるだろう。
しかし、とレッソフォンド卿は続ける。
「ロードウェル殿下は同時に、王として相応しい器量を持っていた。冷血さと知略を兼ね備えた、為政者に相応しい能力。彼と貴方が手を組めたならば。時に、そんな無意味な空想をしてしまいます」
「俺とて、玉座に拘りはない。兄上と共に国を導けるならばそうしたかった」
僅かばかりウィルハルトの心が揺らぐ。
本当にこのまま殺してしまっていいのだろうか。
しかし、ここまで来て今更悩むわけにもいかない。
そこへクロウがやってきた。
戦力的に厳しいため、クロウとベルはウィルハルトと待機することになっている。
「あんたは自分の道を信じろ。それが、信じられた者の義務だ」
クロウがその背を押した。
前方を見れば、己の下に集った兵たちがいた。
それが自分の力だけではないことは理解している。
だが、今は率いる者として、王に相応しいだけの振る舞いをすればいい。
今はただ、迷わず歩んでいけばいい。
それが信じられた者の義務なのだから。
やがて、岩山のほうから魔術が打ち上げられた。
それが合図となり、王位継承を賭けた戦いが始まる。




