67話 第一王子の焦燥
ウィルハルトの元に帰還するも、彼の表情は複雑だった。
見れば、シュトルセランもまた難しい顔をしていた。
その理由を尋ねれば、ウィルハルトは諦めたように首を振った。
「リィンスレイ将軍。兄上はもしかすれば、何者かの傀儡となっているのかもしれない」
「ほう」
「恐らくは。ここ最近の異常も、それを考えれば辻褄が合う」
ここに来て、第一王子ロードウェルの攻撃の手が弱まっていた。
戦力を温存しているのか、それともその余力がないのか。
その真意は定かではない。
確かなのは、第一王子派の戦力が低下してきていることだ。
「言われた通り、魔国内に情報を拡散しておいた。王国が味方に付いたと聞いて、中立を保っていた貴族たちが此方側に付くと宣言した。第一王子派からも寝返る者が少数いたが、想定よりは少ない」
「問題はないだろう。既に、此方側が数も上回っている」
ラクサーシャの言う通り、既に形勢は逆転している。
第一王子派から寝返った者をと中立を保っていた者を合わせ、ウィルハルトの戦力は一万五千。
そこに王国からメルセンフォード公爵の私兵が二千と、ザルツ率いる王国騎士団から五千。
さらに、ラクサーシャたちを含めている。
対する第一王子派は当初は二万五千だったが、寝返った者を差し引いて二万にまで落ちている。
単純な戦力差ならばウィルハルト側が遥かに有利だろう。
正面からぶつかり合えば、負けることはまず無かった。
そこで、クロウがウィルハルトに尋ねる。
「それで、戦いの日はいつになるんだ?」
「一週間後の予定だ。直接城へ乗り込み、兄上の首をもらう」
ウィルハルトは力強く言った。
戦いの日は近い。
地図を机に広げると、ラクサーシャたちに説明を始める。
「場所は魔都近くの荒野となる予定だ。ここならば、両軍が同時に戦うことが出来る」
「正面からぶつかり合うってことか。けど、それだと第一王子側が頷かないんじゃないのか?」
クロウの疑問は最もだった。
戦力差がある現状において、第一王子派がその手段を選ぶのは愚考だ。
しかし、ウィルハルトは首を振る。
「これは魔国での伝統だ。国王の崩御から半年後に戴冠式を行う。そのために、五ヶ月経った時に王位継承の決闘を行うのだ」
それが魔国で古くから伝わる形式だった。
議会の立会いの下、正面からぶつかり合う。
戦術に関しては自由だが、背後からの奇襲は禁じられている。
故に、単純な戦力のみで戦う必要があった。
「王として、どちらが優れているか。知略もそうだが、最も大切なのは人望。これが、初代から続く王位継承の基準だ」
「なるほどなあ。魔国ってのは、もっと頭がお堅い印象があったぜ」
レーガンが感心したように頷いていた。
彼としては、このようなやり方のほうが好ましいようだった。
ウィルハルトも頷く。
「ともあれ、後は当日を待つほかに無い。兄上がどのような状態かは分からないが、いずれにせよ、俺が終わらせる必要があるだろう」
ウィルハルトは過去を懐かしむように遠くを見つめる。
彼の知る兄は知略に優れ、また、自分よりは王としての器も持ち合わせていた。
だというのに、争わなければならない。
その原因は言うまでも無くアウロイによるものだった。
第一王子ロードウェル。
彼は魔国の中で誰よりも帝国のことを危険視していた。
危機感から父であるレヴィテンジア王に諫言するも、その意見は取り入れられることは無かった。
王曰く、魔国に手を出す愚者はいないとのこと。
しかし、ロードウェルはそれが今回ばかりは違うと思っていた。
今の帝国の様子は尋常ではない。
帝国が周辺諸国を侵略し始めたとき、若い彼は焦燥に駆られた。
このまま黙っていていいのだろうかと。
しかし、相変わらずレヴィテンジア王は暢気だった。
財は国防に回さず研究に回し、己も魔術の研究に励む日々。
魔国の戦力はその程度で落ちぶれることは無いのだが、ロードウェルはそれではいけないと考えていた。
いつか帝国の剣がこちらへ向けられたとき、自分たちは成す術無く蹂躙されるほかに無い。
なればこそ、彼は力を求めた。
帝国を打倒せしめるだけの戦力が欲しい。
彼は何年も費やしたが、それでも戦力は不十分だった。
もっと力を。
そんな彼の願いに引き寄せられたかのように悪魔が現れた。
悪魔の名をアウロイ・アクロス。
彼が帝国に技術を与えたとまでは、ロードウェルは気づくことは出来なかった。
悪魔と契約してから、彼の性格は一変した。
焦燥に駆られ、ただひたすらに力を求めた。
アウロイから教えられた遺跡から様々な技術を得て、強力な兵器を作り出した。
時には遺跡から掘り出した神代の技術を蘇らせたりもした。
そうして力を追い求める彼は、いつしか悪魔となっていた。
それを後悔する事は無い。
その必要も無い。
彼はただ、帝国に抗えるだけの戦力を求めただけ。
その歩みを振り返れば、赤い絨毯がどこまでも続いていた。
だが、既に彼の感覚は麻痺していた。
どれだけの人を殺したか。
背に積み重ねた罪の重さは感じなくなっていた。
そして、少し時間が経過したある日。
レヴィテンジア王が死去した。
ロードウェルは王が亡くなる際にその場にいた。
それも当然だろう。
彼が殺したのだから。
最早、飾りだけの王など必要ない。
己が王にならなければ帝国には対抗できない。
その一心で突き進んできた。
そのために、実の父さえ殺して見せた。
しかし、彼を阻むかのように弟が立ち塞がった。
これでは王になれない。
排除せねばならない。
だというのに、どうだろう。
当初は圧倒的に優勢だったというのに、戴冠式が近付くにつれて逆転していく。
途中で降参すると思っていたが、むしろ降参する必要があったのが自身だった。
ロードウェルは隷属の術式に囚われていたが、しかし、彼の強烈な執念を消し去ることは出来なかったらしい。
アウロイの術式が壊れかけている。
このまま捨て駒になってなるものか。
その一心で抗い続け、そして、枷が外れた。
体に自由が戻っていく。
酷い疲労と倦怠を感じたが、彼は僅かな時間も無駄にしてはならないと行動を再開する。
アウロイに再び隷属させられては堪らない。
「やはり、乗り越えたみたいだね」
爽やかに笑みを見せる彼は、ロードウェルの部下の一人。
剣聖アスランだった。
「この俺を縛ることなど、誰にもさせん」
「だろうね。そんな気はしていたよ」
苦笑するアスランだったが、実のところ、ロードウェルが意識を取り戻すことは想定外だった。
神代の技術に抗えるだけの精神力。
それこそ正に、歴史に名を残すに相応しいだけの格だろう。
「アウロイは貴方を豆のスープといっていたが、それは誤りだ。貴方こそ、真に王として相応しい格を備えている」
それはお世辞ではないが、かといって素直に賞賛しているわけでもない。
アスランが求めるのは立派な君主ではなく、己の名を後世にまで語り継がせること。
だが、こうして物語のように演技してみるのも悪くは無かった。
背後から二つの気配。
どちらも敵意は無かった。
一人目は大男だった。
巨大なタワーシールドを両手に持った彼は、アスランと同じくミスリルプレートの冒険者。
その名を不動のゴードン。
竜種の一撃さえ受け止めると言われるほどの男だった。
そして、もう一人。
美しい容姿ではあるが、特に戦いに秀でているようには見えない少女。
だがしかし、この場にいる者はこの少女がどれほどまでに恐ろしいかを知っていた。
神代の技術の断片。
試作型生体人形シグネは、恭しく頭を下げた。
「シグネ、帰還しました」
その腕に刻まれた隷属の術式が脈動する。
それを刻んだのはロードウェルだ。
故に、シグネは彼の元に帰還する。
ロードウェルは三人の顔を見回す。
このままでは、ウィルハルトには勝てないだろう。
故に、更なる力を求める。
「シグネ。貴様には改造を施す。いいな?」
「了解しました」
神代の技術に、魔国の技術が加えられる。
どれだけの化け物が生み出されるか。
その結末は神のみぞ知る。




