66話 三つ巴(4)
シグネと名乗る生体人形が動き出す。
物々しい砲と化した左腕。
その砲口が向けられた先はベルだった。
きょとんと呆けるベルだったが、すぐに身の危険に気付く。
慌ててレーガンとセレスが駆け出すも、消耗した体では間に合わない。
「――魔力放射」
轟音と共に赤き閃光が撃ち出された。
遺跡の床を抉りながら一直線に突き進む様を見れば、その威力が人間一人を消し飛ばすのに過剰な熱量を持っていることが分かるだろう。
ベルが魔法障壁を作り出すも、何事も無かったかのように突き抜ける。
「やらせないわよッ!」
その間に割って入るようにエルシアが立ちはだかった。
剣を構え、赤き閃光を迎え撃つ。
「――術式破壊ッ!」
剣が極光を放つ。
その一閃は赤き閃光を切り裂いた。
術式が破壊され、閃光は消滅していく。
剣を振り抜いた姿のエルシアが、霧散していく魔力の残滓に照らされて赤く輝いた。
顔を上げてシグネを見据える。
あれだけの一撃を放ったというのに、全く魔力を消耗していなかった。
その身にどれほどの魔力を秘めているのだろうか。
剣と化した右腕を持ち上げる。
その切っ先が向けられたのはガルムだった。
その額を汗が伝う。
「標的捕捉。戦闘演算開始――」
感情の篭らない声。
あるいは失われたのか。
兵器と化した少女は、正しく人形と呼ぶに相応しい様子だった。
警戒するガルムだったが、その身が突然吹き飛んだ。
既にひしゃげていた鎧は打ち砕かれ、魔導兵装としての効力を失う。
苦痛に呻きつつ塊剣を振るうが、その一撃は容易く受け止められてしまう。
ぐいと塊剣を押し退けられ、シグネと目が合った。
感情の無い瞳がガルムを見つめる。
言いようの無いおぞましさに、ガルムは慌てて飛び退いた。
シグネはラクサーシャに視線を移す。
その姿が再び掻き消えるが、次の瞬間に地に伏していたのはシグネの方だった。
ラクサーシャは容赦なく刀を突き立てる。
確実に心臓を穿った。
そのはずだった。
「――紅蝶の舞」
シグネの体が幾千もの蝶に変化する。
赤く輝きながらラクサーシャの元を離れ、宙に集まっていく。
そして、人の形を象った。
「面妖な。このような魔術があるとは」
ラクサーシャは地に突き立てた刀を見つめる。
確かに心臓を穿ったはずだったが、どういうわけか死んでいないようだった。
しかも、相手は無傷だ。
シグネは背中の羽をぱたぱたと動かし、そっと地に下りた。
「上方修正。戦闘評価、特上。警戒対象とシグネは判断します」
その視線がラクサーシャたちの後方へ向く。
そこにあるのは通路。
すなわち、逃げ道である。
その意図に気付いた者がもう一人。
同じく生体人形であるレイナが駆け出す。
「逃がしはしません。その技術。帝国に捧げてもらいます」
レイピアを構える。
その身に刻まれた術式が光を帯びようとして、霧散した。
エルシアの術式破壊は、その身に刻まれた術式さえも破壊していたのだ。
駆け出した勢いは止まらない。
視線を前方に向ければ、砲口を突き出したシグネの姿があった。
その視界を赤き閃光が覆い尽くす。
だが、レイナの体は横へ吹き飛ばされた。
ガルムが突進するようにレイナの身を突き飛ばし、縺れ合うようにして転がる。
その隙にシグネが駆け出した。
道を塞ぐようにセレスとレーガンが立ちはだかり、逃すまいと得物を振るう。
息の合った連携から繰り出された一撃は、しかし、手応えが無かった。
振り返れば、紅く輝く蝶が通路の先へ飛んでいくのが見えた。
「くそ、逃がしちまったか」
レーガンが呟く。
逃がしてしまったのはシグネだけではない。
視線を向ければ、ガルムとレイナも消えていた。
シグネに気を取られている間に転移魔法を発動したらしかった。
帝国の騎士や第一王子派の兵士を減らすことは出来たが、重要なところで取り逃してしまった。
故に、この勝利を喜ぶ者はいない。
「……あれが本物の生体人形か」
ラクサーシャは戦いの痕を見つめる。
恐るべきは神代の技術だろう。
一人の少女をこれほどまでに恐ろしい化け物に変えてしまうのだから。
その力があれば、己は不死者と渡り合えるだろうか。
そんな考えが頭を過ぎり、頭を振った。
彼の信念が、人の身である事に拘っていた。
戦いの余波で遺跡は崩落寸前だった。
ラクサーシャたちは調査を断念し、遺跡を後にする。




