64話 三つ巴(2)
塊剣の一撃は尋常ではなかった。
受け止めることは不可能で、受け流すにしてもも相応の力が要るだろう。
何しろ己と同等の速さの剣閃だ。
軍刀『信念』と塊剣とでは重量が違うため、真正面から打ち合うことは厳しかった。
ラクサーシャは柱を盾に距離を取ろうとする。
しかし、ガルムは丈夫であろう遺跡の柱をものともせず打ち砕いて距離をすぐに詰めた。
ガルムの間合いから逃れることが出来ず、ラクサーシャは防戦一方になってしまう。
「おらおらどうしたッ! 逃げてばかりじゃ俺には勝てねぇぞ!」
ガルムは高揚していた。
大陸最高峰の力を持つ、最強と謳われた男。
その名を知らぬ者はいないほどの実力者を己が圧倒しているのだ。
ガルムは勝利を確信したのか、笑みさえ浮かべていた。
縦横無尽に振るわれる塊剣の連撃。
その全てが致命の一閃。
身体能力が高いとされる獣人の魔核を喰らったお陰か、ガルムの体は調子が良かった。
ラクサーシャは僅かな隙を見て距離を取ると、刀を水平に構えた。
奥義の構えを見てもガルムの余裕は消えない。
「来いよ。テメェの剣は、もう俺には通じねぇ」
「――奥義・断空」
其れは竜種をも一刀に切り伏せる一撃。
膨大な魔力を込められたそれは、しかし、ガルムの魔法障壁によって受け止められた。
今のガルムには、この奥義さえ通用しない。
「あぁ、最高だ。俺は遂にテメェを超えられる」
ガルムは犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。
指揮官として、幾度と無く戦場を潜り抜けてきた。
そしてその隣には常にラクサーシャがいた。
戦場で猛威を振るう彼の横では、ガルムの剣でさえ霞んで見えてしまう。
騎士として、男として。
最強の男を超えたいと思うのは自然なことだろう。
ラクサーシャは瞑目すると、身体への魔力の供給量を増加させる。
それは骸骨面の不死者やアウロイと戦った時と同等の強化だ。
身体を崩壊させずに保てる限界まで強化を施し、ラクサーシャは再び刀を構えた。
ガルムはその威圧に気圧されることなく、負けじと身体強化を施していく。
魔力は同等なのだから、己に出来ぬはずがない。
そのはずだった。
「ぐっ……がぁああああッ!?」
体中が裂け、鮮血を噴出させた。
神域へいたる身体強化に彼の身が持たなかったのだ。
強化の段階を下げて治癒を施すガルムだったが、強烈な殺気を感じて咄嗟に飛び退いた。
刹那、空間が爆ぜる。
先ほどまで立っていた場所は灼熱によって溶解していた。
視線を上げれば、既にラクサーシャは次の術式を描き終えていた。
虚空に浮かび上がるは無数の術式。
その全てが恐ろしいほどの魔力を込められたいた。
「――全て灰燼と化せ!」
全方位からの大魔法。
ラクサーシャの魔術に死角は無い。
それを防ぐ術は無く、あるのは確定した死だ。
ガルムの身を業炎が包み込み――霧散した。
「……ほう」
ラクサーシャは驚いたように周囲を見回す。
現れたのは氷魔の領域。
この空間において、炎の存在など決して許されない。
ラクサーシャはそれがレイナの仕業であることを察する。
すぐにでもそちらへ向かいたかったが、それを出来るほどガルムは生易しい相手ではない。
今は奮闘している仲間たちを信じ、ガルムへと向き直る。
得意とする炎属性が使用できないのは痛かった。
ラクサーシャの身体強化は一部に炎属性の術式も組み込まれている。
その影響か、僅かばかり身体能力の強化も効果が落ちていた。
放たれる威圧感が緩和されたことから、ガルムはその事に気付く。
「ここまでだラクサーシャ。今のテメェは、俺よりも自由がきかねぇ」
身体強化の面でも今はガルムが勝っていた。
氷魔の領域は当然のことながら敵のみを対象とする。
炎属性のみを制限するとはいえ、弱体化させるには十分な効果があるはずだった。
しかし、再びラクサーシャから放たれる威圧感が高まっていく。
「この程度では、私を縛ることは出来ん」
その身から蒼き雷が迸る。
失われた術式を即座に別の術式で組み直したのだ。
炎が使えないのならば雷を代用すれば良い。
そして再び神域へ至るほどの魔力の循環が可能となる。
ラクサーシャは鋭い視線をガルムに向ける。
「ガルム。お前は勘違いしている。その力は、鍛錬の積み上げも無く得た紛い物だ」
「おお、そうだ。俺のこれは、獣人を喰らって得た紛い物の力だ」
だが、とガルムは続ける。
「紛い物だろうと、俺はテメェに勝てれば何だっていい。何だってしてやる。それが獣人を滅ぼすことだろうが、俺には関係ねぇ」
ガルムは離れたところにいるエルシアに視線を向ける。
剣に膨大な魔力を注ぎ込んでいく様子を見れば、どれだけの力を持っているのか察することが出来た。
「帝国の騎士なら、テメェはあの時にあのエルフを殺しておくべきだった。あれだけの力を付けてやがるとはな。テメェの後は、あいつをぶっ殺す。そして、テメェの魔核と一緒に喰ってやる」
「紛い物の力に頼るお前では、私には勝てない」
「ハッ! 強がりもいい加減飽きてき――ッ!?」
刹那、ガルムの身体が吹き飛ばされた。
鎧がひしゃげるも、深刻な怪我は負っていないようだった。
再び塊剣を構え直すと、既にラクサーシャが眼前に肉迫していた。
「ちぃッ!」
ガルムは慌てて飛び退いて距離を取る。
なぜ己が吹き飛ばされたのか理解出来ていなかった。
その様子にラクサーシャが呆れたようにため息を吐いた。
「言ったはずだ、ガルム。お前の力は、鍛錬の積み上げも無く得た紛い物だと」
「んなこと、関係ねぇだろうが」
「現に、お前は身体強化が出来ていない」
先ほど、ガルムはラクサーシャに合わせようとして失敗していた。
その原因は、彼の肉体が神域へ至る強化に耐えられるほど鍛えられていなかったからである。
「お前には私と戦う資格が無いということだ」
紛い物には届かぬ領域。
先ほどの一撃も、ラクサーシャが刀を振るっただけである。
しかし、神域へ至る過程を飛ばしたガルムには、それに付いて行けるだけの目が鍛えられていなかった。
ガルムにはラクサーシャの動きが見えない。
ラクサーシャの突き放すような宣告。
ガルムはここに来てようやく己の状況に気付いた。
数値的な強さだけではラクサーシャには勝てない。
それが紛い物と本物との差。
大陸最強と謳われる男を前にして、改めてその理不尽さを思い知る。
しかしガルムの戦意は衰えない。
寧ろ、これまで以上に高揚していた。
なんという強さ。
なんという理不尽。
そんな男を相手に剣を交えられることがこれほど高揚することとは。
熱く滾る感情が喉元まで込み上げる。
「うぉおおおおおッ!」
塊剣を翳し挙げ、気迫に満ちた声で叫んだ。




