58話 王の決断
エイルディーン王国、謁見の間。
白を基調として美しい装飾を施され、しかし、どこか力強さを感じさせる作るになっていた。
玉座に座るのは、難しい表情をしたラグリフ王だった。
傍らにはザルツとセレス控えている。
少し離れた位置にはラジューレ公爵たちがいた。
ラクサーシャは一歩前へ出ると、跪いて胸に手を当てた。
「陛下。此度はこのような荒々しい訪問になってしまい、誠に申し訳御座いません」
「顔を上げよ、リィンスレイ将軍。そのことは咎めん」
「はっ!」
ラクサーシャは顔を上げる。
ラグリフ王の顔色を窺うと、そこには恐怖と、そして僅かばかりの期待があった。
ラクサーシャのことを恐れているのではない。
彼が敵に回ったならば、何をしようと抗う術は無い。
ラグリフが恐れているのは、自身が決断しなければならないというこの状況だった。
帝国に恭順の意を示すか、それとも徹底抗戦するか。
その決定権は彼の手に握られている。
選択肢は二択しかないのだから、ジスロー亡き今では話が拗れる心配は無い。
「そこにいるセレスから話は聞いている。リィンスレイ将軍。お前は帝国に復讐をするため、大陸各地を巡っているらしいな」
「はい」
「そして、我がエイルディーン王国と協力関係を結びたいと。そういうことで相違無いな?」
ラグリフ王の問いにラクサーシャは肯く。
その反応を見て、ラグリフ王は大きく息を吐いた。
「帝国は強大だ。十万の兵が死を恐れずに嗤いながら突き進む。千の騎士が竜種さえ猫をあやすかのように玩ぶ。王国は大陸で一二を争うというが、現実は一と二では埋められぬ差がある。本来ならば、情けを請うのが普通だ」
これまでの王国には帝国に立ち向かえるだけの戦力が無かった。
ザルツとセレスならば指揮官を相手に戦えるだろうが、ラクサーシャの相手は出来ない。
では、そのラクサーシャが王国側に付いたらどうなるか。
「リィンスレイ将軍。将軍は今、どれだけの戦力がある」
「現在、私が率いている解放軍は、ここにいる者の他に戦鬼レーガン。また、帝国にヴァルマン・シエラ率いる諜報部隊が潜伏しております」
「叡智のヴァルマン・シエラか。シエラ領は壊滅したと聞いたが」
ラグリフ王は驚いたように言う。
ヴァルマンといえばかつての戦争でその頭脳を駆使して王国を苦しめた、優れた戦場指揮能力の持ち主だ。
その彼が帝国内部から情報を流して来るならば、今よりも戦いやすくなるだろう。
ラグリフ王は脳内で帝国との戦争を想定する。
王国の兵にラクサーシャたちを合わせ、更にヴァルマンの戦場指揮を加える。
帝国の保有戦力と照らし合わせるも、ラグリフ王の顔色は優れない。
「……まだ足りぬ。王国の兵だけでは数が足りない。周辺諸国に声をかけて、どれだけの国が動くものか」
「魔国は動きます」
「あれは王位継承争いの真っ只中だ。期待は出来ぬ」
「第二王子派が勝利したならば、帝国との戦争に協力すると」
「王国の兵を、他国の内乱に派遣せよと?」
「はい」
ラクサーシャは肯く。
ここで王国の協力が取り付けられれば第二王子派の勝利も見えてくる。
そのためには、ラグリフ王を納得させる必要があった。
ラグリフ王は腕を組んで唸る。
これは王国の未来を左右する選択だ。
結論を急いてはならない。
熟考するラグリフ王の前に、ラジューレ公爵がやって来る。
「陛下。メルセンフォード公爵の兵を派遣しては如何でしょう」
「な、何をッ!」
メルセンフォード公爵が声を荒げようとして、はっと気付く。
これは魔国との同盟を結ぶ重要な戦争だ。
率先して兵を派遣すれば、貴族として名を上げることも出来るだろう。
あわよくば、ラジューレ公爵よりも上の立場になれるかもしれない。
ラジューレ公爵の手のひらの上で踊っているとも知らず、メルセンフォード公爵はラグリフ王の前で跪く。
「陛下! 我が領地は魔国とも隣り合っております故、兵を派遣するならばどうかこの私にお任せを」
「……いいだろう」
手柄を立てられると歓喜するメルセンフォード公爵をラジューレ公爵は愉快そうに眺めていた。
確かにその功績は高く評価されるだろうが、武道大会からの立ち回りをラグリフ王は見ているのだ。
少なくとも、ラジューレ公爵よりも発言力が上になることは無いだろう。
ラグリフ王は決断する。
魔国を味方に付けられれば帝国とも十分に渡り合える。
確実に勝てるとまではいかないが、かといって勝機が無いわけではない。
賭けるなら今しかないだろう。
「リィンスレイ将軍」
「はっ!」
「我が国、エイルディーン王国は解放軍と同盟を結ぶ。ザルツ。今すぐに書類を用意せよ」
「畏まりました」
ザルツは頭を下げ、退室する。
ラグリフ王は次にセレスに視線を向けた。
「セレス・アルトレーア」
「はっ!」
「お前はリィンスレイ将軍と共に行動せよ。彼の力となるのだ」
「しかし、それでは王国が」
「案ずるな。此度の武道大会は何のために行われたか覚えているだろう?」
目的はラクサーシャをラグリフ王に謁見させること。
それが本来の目的ではあったのだが、表向きの目的の方も同時に達成されていた。
「ザルツに実力者を選定させた。王国の守りは心配せずともよい。それと、近衛騎士団長の座もな」
ラグリフ王が手を叩くと、使用人たちが鎧一式を運んできた。
美しい装飾の施されたそれは、以前セレスが着用していたものだった。
目を潤ませるセレスをララグリフ王が激励する。
「近衛騎士団長セレス・アルトレーア! その肩書きに恥じぬよう、死力を尽くして任に当たれ!」
「はっ!」
セレスは頷くと、使用人たちから鎧を受け取る。
騎士として、王国の民として。
彼女は祖国を守るために再び鎧を身に纏った。
その姿は、かつてラクサーシャが求めた騎士の在り方だった。
やがてザルツが戻ってくる。
協約文は予め用意されていたらしく、ラグリフ王はその信頼に苦笑する。
もとより、ラグリフ王が決断すると分かっていたのだろう。
エイルディーン王国は解放軍と共に帝国と戦うことを誓う。
強国を味方に付け、ラクサーシャたちは第二王子の元へ向かった。




