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6話 シエラ領

 シルヴェスタ帝国南方、シエラ領。

 魔核薬の流通が少ないこの領地は、帝国内では珍しく活気に溢れていた。

 特に、現在いる街は交易街として栄えていた。


 ラクサーシャたちは帝国を南下していく。

 先ずは帝国を脱出する。

 当面の目的はそれだった。


「にしても、帝都とはえらい違いだ」

「ここの領主は聡明と聞いている。彼に依るものだろう」

「叡智のヴァルマン・シエラか」


 ここシエラ領はヴァルマン・シエラ伯爵の領地である。

 鉄工業が盛んな他の領地に対し、ここは農業や毛織物が盛んだった。

 しかし、田舎というわけではない。

 活気に溢れた姿は、交易都市らしく賑わいを見せていた。


「帝国では毛織物が貴重ってわけか。それを求めて人が集まるから、こんなに集まっているのか」

「その通りだ」


 屋台で買った串焼きを頬張りつつ、ラクサーシャは辺りの様子を窺う。

 今のところは追っ手もいないようだった。


「隣国へ向かうとして、なんでわざわざ南下を選んだんだ?」

「関所があるからだ。わざわざ面倒な道を選ぶとは思わんだろう」

「関所があったら通れなくないか?」

「関所くらい、私一人でどうにかなるだろう」

「まあ、それもそうだけどよ……」


 クロウは呆れたようにため息を吐いた。

 確かにラクサーシャなら容易いだろうが、問題も多かった。


「そんなことをしたら、帝国の奴らに向かった方角がバレるんじゃないか?」

「む……」


 そこまで考えてはいなかったらしく、ラクサーシャは黙り込んでしまう。

 クロウはやれやれと首を振る。


「――ヴァルマン・シエラは隣国と繋がっている」

「……どういうことだ?」

「情報屋の間じゃ有名だぜ? まあ、証拠を隠すのが上手いから、審議会には引っ張られないみたいだが」


 叡智のヴァルマン・シエラ。

 この荒んだ帝国において、領地を正常に保てるだけの能力の持ち主。

 その陰には様々な噂が飛び交うが、一つとして証拠が残っていない。


 もしヴァルマン伯爵が隣国と繋がっているならば、それはこちらにとって都合の良い話だった。

 しかし、クロウは肩を落とす。


「とはいっても、何一つ証拠がないからなあ。接触できたとして、信用を得るには難しい」

「他の手を探す方が早いかもしれんな」


 二人は頭を抱えつつ、近くの広場まで来た。

 広場の中央には美しい噴水があったが、それを眺めるほどの余裕はなかった。

 二人は地図を眺めながら話し合う。


「こっちは関所が無いし、いけるんじゃないか?」

「相手も素人ではない。それくらいの予想はしているだろう」

「なら、こっちは?」

「そこは魔境に繋がっている」

「まじかよ……」


 あれこれと考えるが、代案は出ない。

 結局、ヴァルマン伯爵を頷かせるしか方法はないのだろう。

 だが、二人にはその方法が思い浮かばなかった。


「仕方あるまい。今日は宿を取るとしよう」

「そうだな。あ、旦那。少しの間、別行動で良いか?」

「構わないが、何の用だ?」

「物資の調達と情報収集ってところだ」

「分かった。後で落ち合うとしよう」

「おう」


 クロウと別れ、ラクサーシャは街を歩く。

 思い返せば戦いだらけの日々だった。

 こうして平和な街並みを眺めるのは何年振りだろうか。


 宿を探しつつ、街を見て回ろうか。

 そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。


「すいません。ラクサーシャ様、でしょうか?」


 振り返ってみると、そこには修道女シスターがいた。

 ベールから覗く美しい金髪はシャルロッテを彷彿させたが、彼女はやや大人びて見える。

 ラクサーシャはその容姿に心当たりがあったが、どうにも思い出せない。

 頭上に疑問符を浮かべたラクサーシャを見て、修道女はくすりと笑った。


「覚えていませんか? 小さい頃、よく遊んでいただいたのですが」

「小さい頃……。もしや、ローウェルの娘か?」

「はい」


 ぱあっと笑顔を咲かせた修道女の名をベル・グラニアという。

 ラクサーシャの友人でありガーデン教の大司教でもあるローウェル・グラニアの養子だった。

 彼と親交のあるラクサーシャは、幼い頃のベルの面倒を見ることもしばしばあった。

 皇帝がヴォークスに変わってからは忙しくなってしまい、しばらく顔を見ていなかった。


 自分がラクサーシャの記憶に残っていることを知り、ベルは安堵した。

 太陽のような眩しい笑顔を見て、どうにもシャルロッテのことを思い出してしまう。


「どうか、しましたか……?」

「ああ、いや。気にしないでくれ」


 表情の翳りに気付いたのか、ベルは不安そうにラクサーシャの顔をのぞき込んだ。

 ラクサーシャは慌てて顔を逸らす。

 まだ二十にも満たない少女に察せられてしまうほどに、自分は追い詰められていたのか。

 ラクサーシャは表情から影を隠すと、改めてベルに向き直った。


「それで、ベルは何故シエラ領に?」

「私ももうすぐ二十歳になるので、修道女シスターとしての仕事を学ぶようにと父に言われたんです。それで、去年からこのシエラ領の教会でお手伝いをしていました」

「そうか。お前ももうそんな歳だったか」


 ラクサーシャは立派に育ったベルを見て、感心したように頷いた。


「それで、ラクサーシャ様はなぜシエラ領に?」

「話すと長いのだが、時間はあるか?」

「はい。今週はミュジカの宴があるので、教会の仕事も少ないんです」

「ほう、もうそんな季節か」


 ミュジカの宴とはシエラ領で行われている催し物の一つである。

 領民がそれぞれ楽器を奏で、その演奏を豊穣の精霊に捧げることでその年の豊作を祈るというものだ。


「ならば付いて来てくれ。ここで話すには難しい話だからな」

「分かりました」


 広場から少し移動し、ラクサーシャたちは宿を取った。

 路銀が心許ないせいか安宿になってしまったが、シエラ領では安宿でも小綺麗で食事も悪くないものが食べられる。

 そういった理由から旅人も集まりやすく、賑わいがあった。


 ラクサーシャはベッドに腰を下ろした。

 向かいのベッドにはベルが座っている。


「私がシエラ領にいる理由だが――」


 ベルは緊張した面持ちでラクサーシャの言葉を待つ。


「――私は帝国に反乱を起こした」

「そ、そんなっ……。なぜなんですか……?」

「私の娘が、帝国に殺されたのだ。非道く残虐な方法でな」


 ラクサーシャはこれまでの経緯を語る。

 全てを知ったベルの目には涙が溜まっていた。


「なんて酷いことを……」


 ベルは口元を抑えながら言った。

 帝国の邪悪さに愕然としていた。


「すまんな。気分が悪くなってはいないか?」

「私は大丈夫です。けれど、ラクサーシャ様は……」


 ベルは心配そうな目でラクサーシャを見つめる。

 同情だけで今にも泣き出してしまいそうなベルを前に、ラクサーシャはどうすればいいか分からなかった。


「旦那、今帰った……ぜ?」


 クロウが部屋に入ると、見知らぬ女性がいた。

 しかも号泣している。

 自分がいない間にラクサーシャが何をしたのか、クロウは状況がよく分からなかった。

 ラクサーシャから事情を聞いて、ようやく状況を把握できた。


「つまり、この子は旦那の知り合いの娘で、偶然出会ったってことか?」

「そうだ」

「なんだ。俺はてっきり、旦那が女性を連れ込んで泣かせたのかと思ったぜ」


 へらへらと笑うクロウに、ラクサーシャは溜め息を吐いた。


「それで、何か分かったか?」

「結果は上々だ。正直、これを公開するだけで一生遊んで暮らせそうなくらいだぜ」

「ほう。早速聞かせてくれ」

「それは良いけどよ、その子がいる状態で話しても大丈夫か?」

「ベルは信用出来る。それは私が保証しよう」


 クロウはラクサーシャをちらりと見た後、ベルに視線を移した。

 きょとんとした様子で見つめ返してくるベルを見れば、何かを企んでいるようには思えなかった。

 余程の技量が無い限り、これを演技でするのは難しいだろう。


「まあ、旦那がそう言うなら良いか。じゃあ、話すぜ」


 クロウは服の内ポケットから手帳を取り出す。

 そこには彼が集めた情報が所狭しと書き込まれており、推論まで書いてあった。


「ヴァルマン伯爵は帝国には無断で諜報部隊を持っている。帝国全域の情報がすぐにかき集められるだろうな」

「ほう」

「そんなことを……」

「帝都にもかなりの数が紛れ込んでるみたいだぜ? 旦那の一件もとっくに知ってる頃だろうよ」


 顎に手を当てて興味深そうに頷くラクサーシャと、驚いた様子のベル。

 ベルにしてみれば、ラクサーシャにせよヴァルマンにせよ、優れた人間が挙って帝国を裏切っているのだから驚かざるを得ないだろう。


「けど、ヴァルマン伯爵はかなり慎重だ。会うこと自体が難しい」


 クロウの調べた限りでは、ヴァルマン伯爵はリスクを避けているように見えた。

 正式に面会を申し込んだところで、見ず知らずの人間の訪問に彼が頷くとは思えない。

 二人が唸っていると、ベルがおずおずと手を挙げた。


「あの、私に案があります」

「ほう」


 ラクサーシャとクロウが耳を傾ける。

 あまり期待はしていなかったが、何も策が思い付かない状態では聞くほかにない。


「私は教会の仕事で、明日の昼にヴァルマン伯爵の邸宅を訪ねるんです。その時に連れの人間として行けば、誤魔化せるかもしれません」


 ベルの策を聞くと、二人は顔を見合わせた。

 こんな偶然があるものなのだろうか。

 ラクサーシャはベルに尋ねる。


「本当にいいのか?」

「はい。危険は承知の上です」

「そうか……。感謝する」


 ラクサーシャは頭を下げる。

 ベルはそれを慌てて止めると、微笑んだ。


「私も昔お世話になりましたし、これでおあいこです」


 方針が決まると、三人は早速打ち合わせを始めた。

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