54話 その名を知る
壇上でラグリフ王が開催を宣言すると、遂に武道大会が始まった。
トーナメント形式となっており、一対一での真剣勝負となっている。
単純だが、それ故に最後に残るのは最も強い者だ。
控え室では選手たちが自分の出番を待ち侘びていた。
各々が気合を入れる中、一人だけ静かに瞑目するものがいた。
壁に寄り掛かり、ラクサーシャは己の出番を待つ。
今のラクサーシャに求められているのは圧倒的な強さだけではない。
ラグリフ王を頷かせるだけの頼もしい戦いをする必要がある。
何が起きているかも分からぬ内に戦いが終わってしまえば、その強さを実感することはできないだろう。
控え室内を見回すと、それなりの数の強者がいた。
彼らが目立てば目立つほど、それを打ち倒すことの価値が高まる。
相手の力を最大限引き出してから打ち負かす。
そうすれば、ラクサーシャの力を実感出来ることだろう。
「第五試合に出場の方は、舞台へ向かってください」
時は来た。
軍刀『信念』を握り締め、ラクサーシャは歩き出した。
壇上ではラグリフ王が観戦していた。
武道大会で行われる戦いの一つとして見逃してはならない。
帝国に立ち向かえるだけの強者を見出すために、ラグリフ王は傍らのザルツと共に観戦する。
現在は第四試合が行われていた。
片方は分厚い鎧を身に纏った重戦士。
対するは、皮の鎧で全体的に軽装な剣士。
対照的な戦い方の二人だった。
「ザルツ。お前はあれをどう見る」
「某が見るに、重戦士が勝つかと。あの堅い守りを相手にしては、剣士の武器では太刀打ちできませぬ」
重戦士が巨大な鉄球を振り回して剣士を翻弄する。
本来は身のこなしで有利なはずの剣士だったが、その持ち味も近付けなければ意味がない。
まして、剣士の武器は細身の剣。
たとえ近付けたとしても、重戦士の堅牢な守りを突破することは難しいだろう。
剣士は鉄球を躱し続け、やがて体力が切れて動きが緩慢になってしまう。
その状態では鉄球を躱すことが出来るはずもなく、強烈な一撃を身に受けて舞台の外へ吹き飛ばされた。
「あれは戦力になりそうか」
「そうですな。鉄球をあれだけ振り回し続けられる持久力は中々のもの。近衛騎士とて、あれを相手にすれば厳しいでしょう」
「そうか」
ラグリフ王はザルツの話を聞き、再び重戦士を見やる。
戦力としては優秀だが、果たして彼は魔導兵装を身に纏った帝国の騎士に勝てるだろうか。
そこまでの実力者にはとても見えない。
ここまでの戦いを振り返ってみるも、やはり期待に沿うような実力者はいなかった。
無論、彼らが弱いというわけではないのだが、帝国との戦争を考えると戦力としては心許無かった。
全員を戦力として迎え入れたとして、それでも帝国には全く届かない。
ラグリフ王は早くも意気消沈していた。
帝国に立ち向かうことの無謀さは理解しているつもりではあったが、それでも今回の武道大会に期待していた。
これは最後の砦なのだ。
王国が王国であるための、最後の砦だった。
そして、次の試合の準備が整った。
西側からは立派な鎧を身に纏った剣士が入ってきた。
しかし、ラグリフ王は既に希望を失っているようだった。
「西側の出場者は、なんと英雄ヴァハ・ランエリス! アドゥーティスの神々に祝福された男が、異界の次は武道大会を制覇しにやって来たッ!」
歓声が上がる中、ヴァハ・ランエリスを名乗る男は悠然と舞台へ上がっていく。
観客たちは彼が本物でないことは分かっていたが、催し事でそれを指摘するような無粋な者はいない。
そこにいるのは英雄ヴァハ・ランエリスなのだから。
気だるげに舞台に視線を送るラグリフ王の傍らで、ザルツは一人の男に釘付けになっていた。
東側から入場した男に見覚えがあった。
遥か昔、王国と帝国が戦争をしていたとき。
一兵卒だったはずの彼は、一気に将軍まで上り詰めた。
司会がその男の名を告げる。
「対する東側はなんと、魔刀の悪魔ラクサーシャ・オル・リィンスレイ将軍だぁああああ! 帝国は周辺諸国のみならず、この武道大会をも侵略しようというのかッ!」
ラクサーシャ・オル・リィンスレイ。
その名を聞いて、ザルツは腰の剣に手を回しかけた。
何故ここにいるのか。
そもそも何が目的なのか。
突然のことに、ザルツの理解が追いつかない。
少なくとも、一人で対峙出来るような相手ではない。
かつての若いラクサーシャならばまだしも、今そこにいるのは完成された状態のラクサーシャだ。
老齢のザルツでは敵うはずもない。
ザルツはセレスに歩み寄る。
「アルトレーア嬢。彼は……」
「まさか、剣士殿が魔刀の悪魔を名乗るとは。彼なりに武道大会を盛り上げようとでもしているのだろうか」
楽しげに笑うセレスだったが、ザルツの表情は硬かった。
「……アルトレーア嬢。頼もしい協力者とは、彼のことですかな?」
「そうだ。私が知りうる限りでは最強の人物。彼がいれば、帝国にも太刀打ちできるかもしれない」
「貴女は、大きな勘違いをしている」
そこで初めて、セレスはザルツが深刻な表情を浮かべていることに気付く。
その理由が思い当たらず、不思議そうに首を傾げた。
「ザルツ殿。彼がどうかしたのか?」
「彼は本物ですぞ」
「本物……?」
「某は直接剣を交えたことがあります故、見紛う事はありえませぬ。彼は正真正銘、本物の魔刀の悪魔ですぞ」
ザルツの表情から、それが真実であることを察する。
セレスは舞台で刀を構えるラクサーシャを見て、しかし、悪魔と呼ばれるような人物とは思えなかった。
多くの観客が見つめる中、第五回戦が開始した。




