53話 駆け引き
武道大会当日。
王国各地から集まった強豪たちを一目見に、客席は観衆で埋め尽くされていた。
闘技場内は熱気に包まれ、今か今かと開始の時を待つ。
闘技場内の、一番高い位置にある席。
絢爛な装飾が施されたその席に座るのは、エイルディーンの王ラグリフ・ユーク・エイルディーンだ。
傍らに控えているのは老騎士ザルツと元老院の議長ジスロー。
セレスはそこから少し離れた位置で王の護衛を任されていた。
セレスは開催宣言を待ち侘びる選手を見やる。
近衛騎士団長の座を狙って集まってきたのだろう冒険者たちを見れば、中には十分と同等以上の強者が混ざっていることが分かった。
それら全てを蹴散らして、ラクサーシャはここまで辿りつかなくてはならない。
しかし、セレスはそのことに関しては心配していなかった。
ラクサーシャの実力を目の当たりにすれば、彼が負ける可能性など万が一にも有り得ない。
問題は、王が決心できるか否かだ。
「案ずるなよ、小娘?」
背後から投げかけられた声に振り返れば、そこにはラジューレ公爵がいた。
王の席から一段下に下がったこの位置には、エイルディーン四大貴族が揃っている。
東のエドニス・グランザルフ公爵。
西のツァラ・クロッセリア公爵。
南のアルバ・ラジューレ公爵。
北のロイス・メルセンフォード公爵。
東西南北、エイルディーン四大貴族が一堂に会することなどそうあることではない。
過去に遡ってみても、ラグリフ王の戴冠式か、それ以前となると帝国との停戦協定の会議の時だ。
それだけこの武道大会の重要性は高かった。
ラジューレ公爵は横にいるクロッセリア公爵に顔を向ける。
「で、クロッセリア殿はどうするというのだ?」
「はて、どうするというと?」
「帝国と戦うか、恭順するかに決まっているだろう」
ラジューレ公爵の単刀直入な問いに他の三人は苦笑する。
王の目が届くこの場でそのような話をすることなど愚の骨頂。
本来ならば、このような話は王の傍ですることではない。
しかし、ラジューレ公爵はそれを承知の上で続行する。
「恭順してしまえば、諸君も家畜の仲間入りだ。猫の様に媚びて、犬の様に付き従い、飼い主様に情けを請うのだ。くっく、楽しそうだとは思わんか?」
皮肉な笑みを浮かべるラジューレ公爵に、メルセンフォード公爵が反論する。
「しかし、王国の現状では戦う手立てなど無いじゃないか。兵たちに特攻せよとでも言うのか?」
「くっく、それならそれで構わんだろう」
「ラジューレ殿、それはあまりにも残酷ではないか」
「ならば問おう。誇りを掲げて戦死するのと、家畜に成り下がって生きていくのと……どちらが良いだろうなあ?」
両手を大きく広げ、嘲笑うようにメルセンフォード公爵を見下ろす。
メルセンフォード公爵が顔を赤くするも、ラジューレ公爵は気にせずに続ける。
「なあ、メルセンフォード殿。北は帝国と面しているから、真っ先に戦火に呑まれるのが怖いのだろう? 戦争に勝ったとして、己の領地がその惨状では、没落は免れんからなあ?」
「何を言うか!」
「だが、それでいいのか? 帝国の家畜となって生きながらえるのが、そんなに幸せか? 偽りの椅子に座って踏ん反り返りたいと言うならば我輩は止めんさ」
「ラジューレ殿。王の傍で、このような話は控えましょう」
「ええ、グランザルフ殿の言う通りだ。ラジューレ殿とはいえど、王に無礼だ!」
グランザルフ公爵が静止すると、それに続けるようにメルセンフォード公爵が話を打ち切ろうとする。
しかし、ラジューレ公爵は止まらない。
「グランザルフ殿、クロッセリア殿。諸君はどういう考えをお持ちか?」
その問いに二人は答えない。
これ以上話を続けたくないようだった。
すると、ラジューレ公爵はニヤリと笑みを浮かべる。
「くっく。誇り高きエイルディーン四大貴族が、まさかここまで腑抜けとはなあ。所詮は肩書きだけの凡愚というわけか」
「ラジューレ殿、さすがに言い過ぎでは」
「事実を言ったまでだ。諸君は我輩と肩を並べるに値しない、ただの犬畜生だ。ほれ、鳴いて見せれば、餌でもくれてやるぞ?」
そこまで侮辱されるとは思っていなかったのだろう。
ラジューレ公爵に鋭い視線が突き刺さる。
「ならばラジューレ殿。貴方はどういうお考えなのか、是非とも教えていただきたいものだ」
メルセンフォード公爵が語気を強めて言う。
帝国と戦うなどと、そう簡単に言えるはずが無い。
まして王の傍らで言えば、下手をすれば審議会に引っ張られかねない。
しかし、ラジューレ公爵は臆する様子も無く立ち上がると、王の座る椅子の前にまで歩いてく。
その様子をセレスとザルツが止めることは無い。
「何をしているか。ラジューレ公爵とはいえ、無礼ではないか!」
ジスローが喚きながら行く手を遮ろうとするが、ラジューレ公爵はジスローを壇上から突き落とす。
観客席に転げ落ちるジスローを愉快そうに眺めてから王に向き直る。
腰を曲げて頭を下げ、そのままの姿勢で顔を上げた。
ラグリフ王は険しい表情を浮かべていた。
「王よ。我輩、アルバ・ラジューレは祖国を守るため、命を賭して帝国と戦う所存に御座います」
「……そうか」
「では」
ラジューレ公爵は軽く頭を下げると自分の席へ戻っていく。
壇上に戻ってきたジスローが何か喚いていたが、気にする様子は無かった。
席に着いたラジューレ公爵に視線が集まる。
気まずい沈黙が広がるが、何かを言える者はいなかった。
この場で言葉を発せるとすればただ一人。
ラジューレ公爵は三人の視線を受け、愉快そうにワインを呷る。
「くっく、我輩は宣言したぞ? 帝国に勝てるというに、勝ち馬に乗らないとは愚かなものだ」
「勝ち馬、だと?」
「勿論だ。とはいえ、我輩は予めそれを知っているからな。知らぬ諸君には分からぬのも無理はない」
ラジューレ公爵は闘技場に集まった参加者を指差す。
「気付いた者は早く宣言したほうが良いぞ? 早いほうが、帝国に勝った時の褒美が大きいからな」
彼の思惑に気付ける者はいない。
何が彼をそこまで強気にしているのかは分からない。
だが、確かに勝算があるということは伝わっていた。
メルセンフォード公爵は馬鹿げていると一蹴するも、他の二人は悩み始めているようだった。
その様子にセレスは感心する。
ラジューレ公爵の手腕は流石と言う他に無い。
エイルディーン四大貴族の筆頭にして、王国内で最も発言力を持つ男。
これほど心強いものはなかった。
駆け引きが行われる中、武道大会開催の時間が訪れた。




