52話 大会受付
王国開催の武道大会。
それがどれだけの重要性を秘めているかは、王国の現状を見れば明らかだ。
近衛騎士団長の座が空席になっているのだから、その選定を兼ねているのは語るまでも無いだろう。
王都は近衛騎士団長の座を狙う強者で溢れていた。
剣士から魔術師、召喚士までいるほどだ。
野心に溢れる者たちが集い、王都は非常に賑わっていた。
しかし、彼らは知らない。
この選定の結果が既に決まっていることを。
高名な冒険者だろうと関係は無い。
彼が出場するという時点で結果は決まっているのだから。
ラクサーシャたちは王都に着くと、武道大会の会場である闘技場に向かう。
普段は騎士団の訓練に使われているところではあるが、武道大会の開催に合わせて改装を施されていた。
強者たちの戦闘に耐えられるように最大限の補強をされており、生半可な攻撃では傷一つ付けられないだろう。
「見事なものだ。一月という猶予でここまで出来るとは」
「かつて、大陸で帝国と一二を争った国じゃからのう。懐かしいものじゃ」
「そういや、シュトルセランも王国との戦争に参加してたのか?」
「勿論じゃ。儂もその時には帝国の賢者として、戦況を指揮したわい」
シュトルセランは当時を懐かしむように空を見上げる。
その時点では、どちらの国も異常は無かった。
「如何せん、儂は魔力が少ないからのう。前線に出るには魔力不足。それ故に、先代の皇帝は賢者という特殊な役職を設けてくださった」
本来ならば、指揮官として前線に出るのが普通だ。
しかしシュトルセランの魔力量は凡人のそれであり、指揮官になるには不足している。
そのため、軍師として後方から支援する役職を設けたのだった。
「あの頃は、リィンスレイ殿も若かったのう」
「かつての私はただの一兵卒だった。あの戦いで先代の皇帝陛下に将軍の座とこの刀を賜ったのだ」
ラクサーシャは腰に帯びた軍刀『信念』を見やる。
これが彼の誓いの証であり、また、彼という男の支えとなっていた。
大魔法具の中でも最高峰の性能を誇るそれは、大陸で最高峰の実力を誇る男にこそ相応しい。
過去を懐かしみながら道を行き、受付会場に到着する。
一同を若い受付嬢が応対した。
「ようこそ、王国武道大会へ。皆さんは選手としての参加ですか? それとも、観客としての参加ですか?」
「選手として参加させてもらおう」
「かしこまりました。では、こちらにお名前と階級をご記名ください」
ラクサーシャは羽ペンを受け取ると、そこに記入していく。
名前をラクサーシャ・オル・リィンスレイ。
階級に将軍。
偽り無く記されたそれを見て、受付嬢は苦笑する。
「大きく出ましたね。まさか帝国の将軍を名乗るなんて」
「ほう。本物とは思わんのか?」
「単純に考えれば、っていうのもありますけど。その名前は良くも悪くも有名ですからね。あなたみたいな人が、既に何人かいるんですよ」
受付嬢が言うには、高名な冒険者や騎士を名乗る人物が多く出場しているという。
齢十五に満たない子どもが英雄を名乗ったり、冒険者が神話に出てくるような名前を名乗ることが多いらしかった。
そのため、ラクサーシャが実名で登録をしても本物とは思われていないようだった。
「それでは、こちらのお名前での登録でよろしいですか?」
「うむ」
「かしこまりました。対戦表は当日に公開されますので、ご確認ください」
受付を済ませると、ラクサーシャは後ろを振り返る。
道行く人々を見てみれば、帯剣した子どもまでいた。
騎士の座を夢見て王国に来たのだろう。
ラクサーシャは微笑ましく思いつつ、仲間に振り返る。
「武道大会は明日だ。それまでは自由行動としよう」
ラクサーシャの言葉に皆が頷く。
町は武道大会に乗じて出店が多い。
肉の焼ける芳ばしい香りを辿っていけば、串焼きの店にでも辿り着くことだろう。
それぞれが思い思いに行動を始める中、ベルは人目を気にしつつ物陰へと入っていった。
彼女が入っていった物陰にいたのは、彼女と同じくガーデン教の信徒だった。
そこで何が行われているかをラクサーシャたちが知ることは無かった。
クロウは裏路地を歩いていた。
王国は町並みも綺麗であり、裏路地といっても単に人通りが無いだけの狭い道だ。
少し歩いたあたりで、彼の元に一人の男が現れた。
短く切り揃えられた黒髪の男だった。
鋭い目つきを見れば、男がかなりの手練であることが窺えるだろう。
男はクロウの前で恭しく跪き、己の名を告げる。
「諜報部隊、王国班。迅雷のコウガ・リライアベル」
「おう、お疲れさん」
クロウは片手を挙げて応じる。
目の前にいる男は、魔国班のマヤ・アイセンベルと同様にクロウの部下だった。
「王国の調子はどうだ?」
「順調かと。元老院の動きはラジューレ公爵が上手く抑えているようです」
「なるほど。さすがは王国の四大貴族ってところか」
クロウは感心したように頷く。
ラジューレ公爵には王を説得してもらうときの協力者程度にしか考えていなかったが、それ以上に優秀な人間のようだった。
彼の評価を上方修正しつつ、クロウはコウガに視線を向ける。
「他に報告はあるか?」
「いえ、今のところは特に問題もありません」
「分かったぜ。しばらくは旦那たちと闘技場の方にいる。何かあったら伝えに来てくれ」
「畏まりました」
コウガはクロウの言葉に頷いた。
クロウはそれから少し考え、今後のことをコウガに伝える。
「それと、これが終わったら王国の諜報部隊を半数ほど、皇国の方へ移してくれ」
「皇国ですか?」
「ああ。魔国班の方からはマヤを送る。至急、二人に調べて欲しいことがある」
「マヤとですか……いえ、畏まりました」
コウガは不服そうに頷いた。
クロウの命令に不満は無いが、マヤと組むことはあまり好ましくないようだった。
コウガが去っていったのを確認すると、クロウは王都を観光し始めた。




