50話 己は何を抱えている
神殿内はラズリス魔石鉱の奥にあった遺跡と同様、感知式の魔道具によって照らされていた。
おぼろげに揺らめく蒼い炎はどこか不気味さを感じさせる。
神殿ということもあってか、外装と同じく内装も白を基調とした造りになっていた。
蒼い炎に照らされ、どこか神秘的な様相を呈している。
華やかに、そして荘厳に。
栄華と威厳を両立させた造りは、ガーデン教の性質を現している。
シュトルセランはガーデン教の遺跡を実際に見るのは初めてらしく、感心したように息を吐いた。
「見事なものじゃ。これほどの建築技術は今の時代にはあるまい。神代の技術とやらは、今の時代を凌駕しているかもしれぬのう」
「ガーデン教はそれだけの技術があって、どうして滅びたのかしら? これだけの力を持っていれば、現代まで残っていないほうが不自然よ」
「それは破壊者ロア・クライムのせいですね。ガーデン教に反旗を翻した彼が、アウロイを退けて聖女リアーネを殺害したんです」
「よく知っているわね」
エルシアがベルを見つめる。
特に不自然な様子は感じられなかったが、エルシアはなぜか違和感を感じていた。
ベルの様子がどこかちぐはぐに見える。
「実は私、ガーデン教のシスターだったんです。今はラクサーシャ様と旅をしていますけどね」
「それなら、アウロイの思惑を知っているんじゃないかしら?」
「すみません、そこまでは覚えていないです。聖典はごく限られた人間しか触れることが出来ないので、私も少ししか読んだことがないんです」
「……そう。無理を言ったわね」
一応は納得するが、どうしても違和感が残る。
エルシアはその理由を考えるが、特に根拠も無く疑うのは失礼かと思い直す。
昨日歩み寄ろうと決めたばかりだ。
猜疑心に囚われてはそれも叶わないだろう。
エルシアは話を戻す。
「これだけの物を作れるなら、当時のガーデン教は相当栄えていたようね。その破壊者? って人は、どうやって倒したのかしら?」
「もしかしたら、今の俺たちみたいに仲間を集めたのかもな」
「いえ。彼は聖女を殺害したときは一人でした。そのときには既に不死者で、当時のガーデン教でも力が及ばなかったみたいです」
「不死者ねえ……。その方法が分かれば、あたしだって不死者になるのに」
「それはあまりいい手段とは言えんな」
エルシアの言葉をラクサーシャが否定する。
ラクサーシャに否定されたことに腹が立ったのか、エルシアは食って掛かる。
「なんで駄目なのよ。不死者になれば、力も格段に上がるでしょ?」
「不死者は人ならざる者。禁忌に身を落とすというのか?」
「それで力が手に入るなら、あたしは構わないわ。逆に聞くけど、貴方はそうまでして力を求めないの?」
「私は不死者になろうとは思わん。人の身を捨てるなど、信念を捨てるのと同義だ」
「そう。高潔ね」
エルシアはラクサーシャの目を見つめる。
「なら聞くけど、復讐ってそんなに高潔な話かしら?」
「なんだと?」
「誇りだ信念だって、呆れるわね。それが騎士なら称えられるでしょうけど、今の貴方は何者なの?」
エルシアの言葉は厳しいものだったが正しくもあった。
復讐に高潔さは要らない。
力を渇望し、悪魔に魂を捧げてでも成し遂げる。
果たして、そこに信念が存在するだろうか。
「あたしはね、そんな甘い考えで復讐が出来るなんて思っていないわ。まして、相手は神話や伝承に出てくるような化け物なんでしょ? 雑兵の千や二千ならともかく、不死者を相手にそんな考えが通じるとは思えないわ」
ラクサーシャは腰に帯びた軍刀『信念』を見やる。
先代の王から授かるとき、己は誇り高く信念のある騎士になると誓った。
今の自分はそれを体現出来ているという自負はあった。
今の自分は何者か。
エルシアの問いがラクサーシャの行く手を遮った。
騎士かと言われれば否である。
今の己は復讐に生きる反逆者だ。
本当に信念が必要なのか。
そもそも、今の己を繋ぎ止めているこれは何なのか。
信念だと思い込んでいたモノの正体は何なのか。
「私は、何者か……」
信じていたはずの感情さえも疑ってしまう。
最後の拠り所となっていた信念は、全くの別物だというのか。
ラクサーシャの顔が強張る。
「精々考えることね。大事なところで足を引っ張られたら堪らないわ」
エルシアは不機嫌そうにそっぽを向く。
彼女にはラクサーシャの考え方が気に入らなかった。
ラクサーシャの答えが出ぬままに歩みを進めていると、シュトルセランの感知魔法が何かに気付く。
「ふむ、少しばかり面倒な敵がおるようじゃのう」
「何がいるんだ?」
「特徴から察するに徘徊する怨嗟じゃろう。突き当たりの壁の奥に隠し部屋があるようじゃが、そこに身を潜めておる」
一同は前方に視線を向ける。
その気配を感知できるのはシュトルセランとラクサーシャ、エルシアの三人だった。
こちらの敵意に気付いたのか、壁の奥の気配が蠢いた。
「私が倒そう」
ラクサーシャは先頭に立つと、壁の奥にいる徘徊する怨嗟に狙いを定める。
膨大な魔力を立ち上らせるラクサーシャに、エルシアが眉間にしわを寄せた。
「この神殿には特殊な術式が刻んであるわ。壁を壊すなんて無理よ」
エルシアが言うも、ラクサーシャは言葉を返さない。
言葉が耳に届いていないようだった。
立ち上った魔力は刀へと集束していく。
刀に刻まれた全ての術式が光を発していた。
焦燥に染まる表情で、何かを確かめるように奥義を放つ。
「――奥義・断空」
膨大な魔力の本流が通路を駆け抜け、壁ごと徘徊する怨嗟を切り裂いた。
確かな手ごたえを感じ、ラクサーシャは安堵したように息を吐いた。
「さすが旦那だな。こんな硬そうな壁をものともしないなんてな」
クロウの賞賛にラクサーシャは頷く。
しかし、突き当りまで進むとその余裕も消え去った。
壁に刻まれた残痕は、酷く歪な形をしていた。




