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5話 地上へ這い上がる

「――それで、今に至ると」

「そうだ」


 ここに来るまでの経緯を語り終えると、ラクサーシャは溜め息を吐いた。


「やはり、単身で挑むのは無謀だったか」

「そりゃそうだろうよ」


 クロウが呆れたように言う。

 とはいえ、ラクサーシャは単身でそれだけの被害を帝国にもたらしていた。

 もし同じようなことがあれば、どうなるかは分からないだろう。


 石造りの壁に背中を預け、ラクサーシャは瞑目する。

 自分はここで終わるのだろうか。

 燃え尽きた心でそんなことを考えていた。


「それで、旦那はどうするんだ?」

「何がだ?」

「――このまま断頭台に立つのかって話だ」


 クロウの声色はやけに真剣味を帯びていた。

 その言葉は、何かしらの方法があることを暗に示していた。


「……どういうことだ?」

「なあ、俺は情報屋だぜ? 旦那にその気があるなら、抜け出す方法くらいは教えられるさ」

「ほう」


 ラクサーシャは思案する。

 クロウの言葉を信じるならば、この地下牢獄から抜け出す方法が存在するということだ。

 だが、ラクサーシャはそれを信じることが出来なかった。


「この地下牢獄は私の友人が作ったものだ。抜け穴など、あるはずがなかろう」


 この地下牢獄は完璧な造りとされていた。

 賢者シュトルセランによる一望監視装置には抜け穴など存在しない。

 ラクサーシャもこの造りを高く評価していた。


「いいや、ある。俺はその方法を知っているぜ」


 だが、クロウは断言する。

 その方法に絶対の自信があった。

 そうまで言われれば、ラクサーシャも気を引かれてしまう。


「……その方法とは何だ?」

「おっと、ここから先は商売の話になるぜ。情報には対価が必要だ」

「む……」


 クロウの言葉に眉を顰めるも、確かにそうだと納得する。

 ラクサーシャは何かないかと探るが、娘から貰ったペンダントくらいしか彼の持ち物はない。

 屋敷は燃え尽きてしまっており、クロウの要求を満たせそうな物は思い付かなかった。


「……私には、差し出せる対価がない」

「そうか……。まあ、それは後で相談ってことで」

「良いのか? 脱獄した後、私が約束を守る保証はないだろう」

「旦那はそういう人間じゃあないだろ?」

「……ああ、そうだろうな」


 クロウはその返答に満足そうに頷いた。


「それで、どのような方法を取るのだ?」

「簡単なことさ。旦那が暴れ回って、地下牢獄内の囚人を逃がすんだ」

「ほう。だが、監視の目がある中では難しいだろう?」

「そうだろうな。けどよ、この国だからこその弱点があるんだぜ」


 疑問に思うラクサーシャに、クロウは監視塔を見るように促した。

 ラクサーシャはそれを見て納得する。


「魔核薬か」

「ご名答」


 帝国には魔核薬が広く流通している。

 特に、兵士に至っては国から毎月支給されるほどだ。

 快楽に近い高揚感を味わうことが出来るが、使いすぎると意識が朦朧としてしまう。


 見張りの兵士の手には白い包みが握られていた。

 ラクサーシャの位置から見える程度には、魔核薬の量は多いようだ。


「あいつが魔核薬を使ったら、手当たり次第に牢を壊しながら上を目指すんだ。異変に気付いて上から兵士が来るだろうが、こっちには数の利がある」


 クロウの策は荒削りではあるものの的を得ていた。

 後は、無手のラクサーシャがどれだけ戦えるかに依るだろう。


 やがて、その時は訪れる。

 見張りの兵士は白い包みを開くと、中の魔核薬を一気に口に流し込んだ。


「今だッ!」


 クロウの合図と同時にラクサーシャが檻に体当たりをする。

 鍛え抜かれた肉体による突進は、鉄製の檻を破壊するには十分な威力があった。

 反動で体が痛むが、治癒魔法が必要なほどではない。


 ラクサーシャは隣の牢を破壊する。

 クロウは監視塔の兵士を警戒しつつ、ラクサーシャの横に並んだ。

 

「流石はリィンスレイ将軍ってところか。体当たりで鉄の檻を壊すなんてな」

「まさか、本当に出来るとは……」

「おいおい……」


 そんなやりとりをしつつ、二人は地上を目指す。

 地下牢獄の囚人たちは大罪人が多い。

 ラクサーシャには及ばずとも、かなりの手練れが揃っていた。


 螺旋階段を上がっていると、警戒音が鳴り始めた。

 見上げれば、上から沢山の兵士が降りてきていた。


「お、俺は戦いは素人なんだ。た、頼んだぜ旦那!」


 戦う力のないクロウは後ろに下がる。

 彼の代わりに、血の気の多い男たちが前へ出てきた。


「行くぞぉおおおおッ!」


 ラクサーシャが先陣を切って駆けだした。

 まだ螺旋階段の半ばほどだったが、既に兵士が待ち構えていた。


 ラクサーシャは後ろ手に縛られているため、手を使うことは出来ない。

 普通の縄ならば容易く千切れるほどの力を持ってはいるが、それ故に彼を拘束するのは特別製の縄だ。

 魔術の使用をも封じ、文字通りラクサーシャの枷となっていた。


 両手を縛られて魔術も封じられている。

 酷く制限された状態ではあるが、しかし、彼の強さは剣術や魔術だけではない。

 歴戦の経験から得た体術があった。


 螺旋階段は足場としてはかなり悪い。

 手摺もなく、バランスを崩せばそのまま奈落へと落ちてしまうだろう。

 ラクサーシャはそれをうまく利用しながら戦っていた。


 振り下ろされた剣を躱すと、勢いをそのままに蹴り飛ばす。

 魔導兵装でなくとも頑丈な鎧だったが、ラクサーシャは文字通り蹴落とすことで対処する。

 どれだけ鎧が硬くとも、落下の衝撃には絶えられない。


 その戦い振りを見て、クロウは感心していた。

 帝国最強の男とは聞いていたが、これほどとは。

 武器もなく腕も後ろ手に縛られているというのに、ラクサーシャは敵を圧倒していた。


 しかし、やはり素手の人間と武具一式を揃えた人間とでは差が出てしまう。

 ラクサーシャは兎も角、周りの囚人たちは次々に命を落としていく。

 幾人かの囚人は奮戦していたが、それでも勢いが足りない。

 押し寄せる兵士たちを相手にしていると、徐々にその歩みが遅くなっていく。


 隙を突いて縄を剣に掠らせた。

 僅かな切れ目が入るだけだったが、ラクサーシャにはそれで十分だった。


「ふんッ!」


 腕に力を入れると、縄を無理矢理に引きちぎった。

 そこから形勢は一気に逆転する。

 両腕が解放されたラクサーシャを押さえられる者はいなかった。


 やがて、襲い来る全ての兵が絶命するか、奈落へと吸い込まれていった。

 静寂の中、ラクサーシャは地上に足を踏み出す。

 久方振りの地上に囚人たちも歓声を上げていた。


 地下牢獄は帝都からやや離れているため、増援が来るとしても暫くかかるだろう。

 先程倒した兵士も、この地下牢獄の管理を任された貴族の私兵だ。


 ラクサーシャは辺りを見回す。

 周囲は森に囲まれており、身を隠すには丁度良い。

 一度夜の闇に紛れてしまえば、見つかることはないだろう。

 辺りを警戒していると、近くの兵舎からクロウが出てきた。


「旦那、囚人たちの荷物はここにあるみたいだぜ。ほらよ」


 ラクサーシャはクロウから荷物を受け取る。

 気休め程度の額が入った財布と、彼の愛剣である軍刀『信念』。

 武器を得たラクサーシャほど心強い存在はそういないだろう。


 微かに風を切るような音がした。

 森のざわめきに溶けてしまいそうなほどに小さな音だったが、ラクサーシャはそれに気付いていた。


 いつの間にか、クロウの眼前にはラクサーシャの拳があった。

 その手には一本の矢が握られている。

 あと数ミリ進めばクロウの目に突き刺さっていただろう。

 どこからか飛来した矢をラクサーシャは掴み取っていた。


 愕然と固まるクロウを余所に、ラクサーシャは視線を木の陰へ向ける。

 険しい表情で見つめる先には一人の男がいた。


「やはり、お前か」

「如何にも」


 木陰から一人の男が姿を現した。

 闇色の衣を身に纏った暗殺者。

 彼の名をシュヴァイ・アロウズという。

 彼もまた、ラクサーシャの直属の部下の一人だった。


「お前も殺り合いに来たか」

「……いや、止めておこう。不意打ちが聞かぬなら、俺では勝てぬ」


 ラクサーシャが刀を構えるが、シュヴァイに戦意はないようだった。

 だからといって、逃がすわけにもいかない。

 斬りかかろうと構えた瞬間、辺りに魔力光が溢れ出した。


 そして、シュヴァイの姿がかき消えた。

 その場に残る魔力光から、転移の魔法を使ったのだろうとラクサーシャは推測する。


 周囲を探るが、敵の気配はなかった。

 ラクサーシャが警戒を解いたのを見て、クロウも軽く脱力した。


 やがて、囚人たちが次々に森の中に消えていく。

 残ったのはラクサーシャとクロウの二人だけだった。


「さて、旦那はこれからどうするのさ?」

「帝国に復讐する。命ある限り、な」

「また一人で攻め込むのか?」

「いや、違う。個の無力さは痛感した。各国を巡り、戦力を整えようと思っている」

「そうか……」


 クロウは何かを考えるような素振りを見せる。

 少しして、口を開いた。


「ならよ、俺にも手伝わせてくれないか?」

「それは出来ん。危険だ」

「俺は情報屋だぜ? 危険なことくらい、今までに何度も切り抜けてきてるっての」

「しかし……」


 ラクサーシャはクロウに感謝している。

 彼と出会わなければ処刑の時が来るのを寝て待つだけだった。

 彼の発想がなければ地下牢獄を脱出することも叶わなかっただろう。

 クロウには戦闘能力はないが、それを差し引いても有用な人材だった。


 だからこそ、ラクサーシャは言い渋る。

 命の恩人であるクロウを、自分の身勝手な復讐に付き合わせるわけにはいかない。

 そう考えていた。


「……地下牢獄の抜け方の情報料は、俺が旦那について行くってことでチャラだ。これでどうだ?」

「何故、私に拘る?」

「そうだなぁ……。先行投資、か?」

「ほう」

「旦那について行けば色んな情報も手に入るだろうよ。そして何より、面白そうだ」


 クロウはニヤリと笑みを浮かべる。

 ラクサーシャはそんなクロウに呆れつつも、感謝していた。

 この男は信用に値する。

 そう評価していた。


「良いだろう。だが、後悔するなよ?」

「もちろんだ」


 クロウの返答に、ラクサーシャは満足げに頷く。

 目的は帝国への復讐のみ。

 ラクサーシャたちの長い旅が始まった。

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