44話 王国へ
生体人形と聞いて、この場で分かるのはラクサーシャとベル、クロウの三人だけだろう。
事情を知らないレーガンは首を傾げる。
「その生体人形ってのは、どんなモンなんだ?」
「生体人形の技術は、古くは神代にまで遡る。ガーデン教の聖典に載っているような話が実際にあった時代がそうだな」
「帝国はそこから情報を得たと」
「その通り。とはいっても、既に失われた技術だからな。それを文献のみから再現するなんてそう簡単に出来ることじゃない」
クロウは首を振る。
生体人形の技術は人体に術式を刻み込む危険な技術だ。
一歩間違えば死の危険もあり、ほんの数年で実用化できるようなものではなかった。
「なあ、ベル。ガーデン教の聖典に、生体人形についての記述はなかったか?」
「生体人形については特には……。あ、でも特殊な技術によって強化された兵士についての記述はありました」
「たぶん、それがそうなんだろうな。帝国は生体人形について、というよりは神代の技術の断片を幾つか手に入れたんだろう。それが魔導兵装や生体人形に繋がったわけだ」
「しかしのう。当時の帝国にそのような動きは無かったはずじゃがのう」
「だろうな。そもそも、神代の技術の断片を手に入れるには情報が無さすぎる。今の時代においてもほとんど遺跡が見つかっていなかったのに、急に幾つも見つかり始めたのは不自然じゃないか?」
クロウの問いに一同ははっとなる。
思い返してみれば、ガーデン教が姿を現したのはここ十年のことである。
魔導兵装然り、生体人形然り。
これまで存在していなかったものが急速に現れることは、どう考えても不自然だった。
「それで、旦那が言ってたアウロイ・アクロスに繋がるわけだ」
「ほう。奴が帝国に接触し、技術を与えたと」
「そう考えるのが自然だろうな。神代から生きていることだって、不死者なら頷ける」
そこで、ウィルハルトが疑問を浮かべる。
「ならば、ここ数年で力を付けた我が国も不自然だ。そのアウロイとやらが兄上に接触した可能性も考えられる」
「奴は第一王子派が己に協力していると言っていた。帝国と魔国の両国が、アウロイの計画に手を貸しているということだろうか?」
「いや、そうじゃない。だとしたら、第一王子派が帝国と敵対する理由がない」
「む、そうか」
そこが問題だった。
帝国と魔国は共に強国である。
領土の差はあれど、戦力に大幅な違いはなかった。
大陸でも力を持つ二国に、アウロイはなぜ神代の技術の断片を与えたのか。
「アウロイがしたことは遺跡の場所を教えたこと。あとは、ガーデン教の布教だ。旦那、アウロイは何か言っていなかったか?」
「奴は確か、聖女の意思を継ぐ者だと言っていた。聖女との契約に従い、世界を救済すると」
「問題はその方法だろうな」
クロウは首を傾げる。
帝国と魔国に力を与えて、そこからどうすれば世界の救済に繋がるのか。
「ガーデン教の教義はなんだ?」
「えっと……『世界の壁を破壊し、神々の管理から逃れる』ですね」
「その方法について、聖典に記述は?」
「……ごめんなさい、そこまでは分からないです。聖典は一冊しかないので、読むことが出来る人数も限られていますから。私もあまり読んだことがないんです」
ベルは頭を下げる。
そこまでの情報はベルも持ち合わせていないようだった。
「ベルの父親はガーデン教の司祭をやっている。彼に聞けば、アウロイの目的を知ることが出来るかもしれん」
「けどよ、そいつはガーデン教側の人間なんだろ? オレたちの味方をしてくれるかはわからねぇなあ」
「レーガンの言う通りだろうな。情報を得るには、別の方法を探したほうが良い」
ラクサーシャとベルの父は知り合いではあるが、特別親しいというわけではない。
力を貸してもらえるかは怪しかった。
話し合いが行き詰まり、一同は沈黙してしまう。
少しして、沈黙を打ち破ったのはレーガンだった。
「ならよ、王国の遺跡に行くのはどうだ? シュトルセランが味方に加わったんだしよ」
「そうだな。遺跡の方で何か情報を得られれば、アウロイの目的が分かるかもしれない」
以前行った際は霧の結界に包まれて奥へ行くことは叶わなかった。
しかし、今ならばシュトルセランがいる。
彼の術式破壊を以ってすれば、結界を打ち破れるかもしれない。
「遺跡の調査を終える頃には武道大会の準備も終わるだろう。しばらく王都に滞在することになるか」
「ウィルハルト王子の護衛が必要だな。地下の拠点に身を潜めているとはいえ、見つからない保証はないからな」
「ならよ、オレが魔国に残るぜ。王国の方だとラクサーシャが必要だろうしな」
「うむ、分かった」
「なら、決まりだな。俺たちは王国の遺跡を調査してアウロイの目的の手掛かりを探そうぜ」
ラクサーシャたちの方針が決まり、ウィルハルトは頷く。
「ならば、俺たちは兄上の動きを探ろう。アウロイとやらが姿を現すかもしれない」
「あー、そうだな……それが良いか」
クロウは頷く。
楔の民が潜入しているため、わざわざ諜報活動をさせる必要性はなかった。
しかし、そうした方が自然かと思い直す。
楔の民については、まだ隠しておきたかった。
「よし。じゃあ早速行こうぜ」
手早く旅支度を整えると、ラクサーシャたちは王国へ向かった。




