42話 友との再会
シュトルセランが目を覚ましたのは翌日のことだった。
ベッドから飛び起きると同時に、慌てて魔術を構築する。
しかし、辺りを見回して首を傾げる。
「目を覚ましたか」
懐かしい友人の声に、術式を解除して振り返る。
ラクサーシャの姿を見て、安堵したように息を吐いた。
「久しいのう。再びその顔を見られるとは、長生きをするものじゃな」
「体の方は無事か?」
「ふむ、問題はなさそうじゃの」
シュトルセランは体を一通り動かし、頷いた。
そして、疑問を浮かべる。
「はて、何故リィンスレイ殿がここに?」
「事情を説明するには時間がかかる。移動の際に話そう」
ラクサーシャはいつでも移動が可能なように荷物を纏めていた。
「ここは……宿屋かのう。建物の造りを見るに、未だ魔国の中」
シュトルセランは杖を手に取ると、ラクサーシャと共に宿を出た。
予想通り、その町並みも魔国のものである。
町の外に出て馬車に乗り込むと、ようやく話を再開する。
「長い夢を見ていた気がするのう。おそらく、最後に見たあの術式のせいか」
「うむ。シュトルセラン、貴方は隷属の魔法に囚われていた」
「なんと。嫌な術式とは思うたが、まさか隷属とはのう」
シュトルセランは目を見開く。
御者台に座るラクサーシャの表情は分からないが、その背を見ただけで真実であると悟らせる。
「それで儂を助けに来たか」
「いや、違う。シュトルセランに遭遇したのは偶然だった」
ラクサーシャはそれから、帝国での一件からここに至るまでのことを説明する。
シュトルセランは全てを聞き終えると、悲しげに眉を下げた。
「ふむ、シャルロッテはもういないのか……」
悲しげな声色で呟く。
一人で帝国を出てしまったことを後悔していた。
「儂が帝国を去らなければ、違った未来があったかもしれんのう」
「違う。悪いのはシュトルセランではない。全ては帝国のせいだ」
暴君に対し、どれだけ忠義を尽くしてきたことか。
ラクサーシャは己の過去を振り返る。
無辜の民を殺戮した。
逃げ惑う兵の背を斬った。
魔刀の悪魔と呼ばれるほどに血の雨を浴びてきた。
家臣として、忠義を尽くしたはずだった。
だというのに、あまりにも惨い仕打ちと言えるだろう。
娘を失い、忠義を失い。
残っているのは復讐だけ。
それが、今の彼を動かしていた。
「リィンスレイ殿もまだ未熟じゃのう。殺気が漏れておる」
「……すまない」
ラクサーシャは深呼吸をして心を静める。
怒りに呑まれてはいけない。
それさえも意識して調節することで、戦場での力となる。
「リィンスレイ殿は第二王子、ウィルハルト陣営についておるのじゃろう?」
「うむ。ウィルハルト王子が勝てば、帝国との戦争に手を貸してもらう契約になっている」
「その戦いに儂も加えてもらえぬかのう?」
「いいのか?」
「儂も、シャルロッテのことは後悔しておる。せめて罪滅ぼしぐらいはしたい」
シュトルセランがシャルロッテと最後に会ったのは十年以上も前になる。
帝国を去るというシュトルセランに、幼いシャルロッテが悲しそうにしつつも激励したのだ。
当時のことは今でも鮮明に覚えており、その記憶が心を傷つける。
「儂には大した魔力は無いがのう。それでも、役に立てることがあるならば戦いたいのじゃ」
「むしろ、私から頼みたいほどだ。シュトルセランが味方に付くならば、これほど心強いことはない」
「決まりじゃの。第二王子派の拠点へ、風のように急ぎ飛ばして行こう」
シュトルセランが術式を構築すると、馬車の速度が上昇した。
身体能力の向上を施された馬は、名馬を優に上回る速度で草原を駆ける。
他者の肉体へ干渉し身体能力を向上させる。
言葉にすれば単純だが、それを行うことがどれほど難しいものなのか。
少なくとも、大陸に一桁しかいないだろう技術だ。
長年の経験と研究に基づいた魔術。
人生の大半を術式理解へ費やした彼だからこそ出来る芸当である。
ラクサーシャが彼を信頼するのは、人格だけでなく魔術師としても一級だからだ。
最高峰の魔術師が味方に加わる。
解放軍の戦力は格段に上昇し、帝国への復讐も現実味を帯び始めた。
行きは四日の道程も、帰りは二日まで短縮された。
第二王子派の拠点へと戻り、ラクサーシャは帰還を告げる。




