39話 不明瞭な思惑
ヴァルマンから連絡が入ったのは翌日の昼のことだった。
地下室にはラクサーシャとベル、レーガンにウィルハルト。
それとメイドが一人だけいた。
レッソフォンド子爵は外出しており、今はいない。
『今ある分だけ、情報を纏めてみたよ』
「うむ、聞こう」
『第一王子派の戦力に関してなんだけど、国内の有力貴族のほとんどが味方しているからね。総勢二万五千の大軍だ』
「それほどか。やはり、私たちだけでは厳しいようだ」
ラクサーシャは腕を組む。
軍を相手にすることには慣れているが、それでも二万五千となるとラクサーシャでも厳しかった。
ラクサーシャの様子を見て、ウィルハルトが尋ねる。
「リィンスレイ将軍。貴方は何人までなら抑えられるか」
「兵の質にもよるが、おそらく五千程度だろう。身の安全を省みなければ、万も不可能ではないが」
「……流石と言うべきか。一騎当千どころか、一騎当万とはな」
ラクサーシャの返答にウィルハルトは驚いたように目を見開く。
魔刀の悪魔と恐れられただけあって、ラクサーシャの戦場における能力は理不尽なほど高かった。
魔国や王国のような力を持つ国は厳しくとも、周辺諸国ならば一人で圧倒できるほどの戦力。
それこそ、御伽噺の世界でしか聞かないような強さだ。
ウィルハルトは次に、レーガンに視線を向ける。
「レーガン殿は何人まで抑えられそうか」
「オレはあんまり戦場ってのをしらねぇからなあ。ま、精々が千ってところだな」
「十分すぎる。流石、戦鬼と称えられるだけのことはある」
「おうよ。オレもやってやるぜ」
レーガンは掌に拳を打ちつけ、犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。
戦斧を振り回して暴れる姿を想像すれば、それが真実であることは疑うまでも無い。
ミスリルプレートの価値をウィルハルトは思い知る。
『ウィルハルト殿下。殿下の兵は、今はどれほどか?』
「二千だ。お二方を合わせれば、どうにか一万四千といったところか」
『最低でもあと一万人分の戦力をそろえる必要があるね。国内では難しいだろうし、そうなると国外か』
「王国に手を借りるのも良いかもしれん。一月後になるが、それまでに第一王子派と戦うことは無いだろう」
「まて。リィンスレイ将軍は王国と繋がりがあるのか?」
「現時点では、まだ兵を借りられるほどではない。王国の騎士団と繋がりがある程度だ」
ラクサーシャはウィルハルトに王国での計画を説明する。
一通り聞き終えると、ウィルハルトは難しい表情を浮かべる。
「王国も追い詰められているのだな。俺が魔国の王だったならば、すぐにでも連合を組まぬかと誘うというに。帝国と戦うために戦力を集めている兄上が、なぜ王国に接触をしないのか」
「分からんな。第一王子派は不明なことが多すぎる」
『そうだね。特に上層部での動きは守りが堅いみたいで、こっちにはほとんど情報が入ってないよ』
ヴァルマンも困ったように腕を組んだ。
第一王子派の動きは不明な点が多く、それを解明するには守りが堅すぎる。
ヴァルマンの下にある情報では、第一王子派の動きを知ることは難しかった。
現状で分かっていることは、第一王子派が非道な手段で戦力を高めていることだけだった。
上層部がどのように動いているのか。
そもそも、第一王子は何を思って行動しているのか。
本当に帝国と戦おうとしているのかさえ分からない。
「やはり、その辺りはクロウの帰りを待つ他に無いか」
「リィンスレイ将軍。貴方は信頼しているようだが、クロウ殿にはどれほどの情報収集能力が?」
「非常に優秀だ。そうだろう、ヴァルマン」
『そうだね。最初に接触したとき、彼がどうやってアレを手に入れたのか。今でも分からないよ』
ヴァルマンが言うのは、シエラ領で最初に接触したときのことである。
クロウはどこで手に入れたのか、ヴァルマンとラジューレ伯爵の使者が会話しているところを録音した魔石を持っていた。
警戒は厳重で、盗聴するには隙がない。
クロウに隠密能力があるようには思えず、何かしら伝手があったのだと推測していた。
情報収集能力だけではなく、各地に伝手がある。
それが、ヴァルマンの予想したクロウの強みだった。
「魔国にも伝手があると?」
『そこまでは分からないかな。でも、彼が大丈夫と言ったなら問題ないとは思うよ』
「なら、信じよう」
ウィルハルトは一応は納得したらしく、それ以上クロウについて聞くことは無かった。
「それで、遺跡に向かうというが、先ずはどこへ向かう?」
「リィンスレイ将軍たちには魔国の西方、ロズアルド高原に行って頂きたい。そこで発見された遺跡で、第一王子派が何かをやっているらしい」
「ほう。それを止めればいいと」
「ああ。遺跡を軽く調べたら、破壊してしまってかまわない」
「うむ、心得た」
ラクサーシャは地図を受け取る。
魔国は領土自体は狭いため、道程は片道四日程度で済むだろう。
ラクサーシャは脳内で予定を組み立てる。
「レーガン。お前には、ウィルハルト王子の護衛を任せたい」
「ってことは留守番だな。分かったぜ」
「ラクサーシャ様、私はどうしますか?」
「ベルもここに残ってほしい。今回は、魔物とは戦わないだろう」
言外に人を斬るというラクサーシャに、ベルは頷く。
人を斬る覚悟は出来ていなかった。
「となると、リィンスレイ将軍は一人で行くのか」
「そうなるだろう」
「ま、ラクサーシャのことだ。心配はいらねぇって」
まるで心配をしていない様子のレーガンに、ウィルハルトはそういうものなのかと首を傾げる。
単騎で一万の軍勢を相手に出来るほどなのだから、余程のことがない限りは心配ない。
とはいえ、ラクサーシャの実力をその目で見たことがないウィルハルトには信じ切れなかった。
ラクサーシャは軍刀『信念』を腰に差し、出発の準備を整える。
あまり荷物を持たないため、すぐに準備は整った。
「ヴァルマン。通信水晶はここに置いていく。ウィルハルト王子の援助を任せたい」
『分かった。魔国での諜報活動の規模を拡大して、出来る限り援助しよう』
「うむ、任せた」
ラクサーシャはレーガンに通信推奨を手渡すと、入り口の扉に手をかける。
「あの、ラクサーシャ様。お気をつけて」
ラクサーシャは力強く頷くと地下室を後にする。
目指すはロズアルド高原。
久方ぶりの単独行動は、少しだけ寂しさを感じた。




