37話 接触
フードの男に導かれるままにラクサーシャたちは進む。
入り組んだ裏路地を進んでいくにつれて、辺りは薄暗くなっていく。
ただでさえ曇天だというのに、日の光が当たりにくい場所にいるのだから当然だろう。
フードの男は移動の最中、一言も話すことは無かった。
すれ違う通行人の一人一人に警戒する様子は過剰とも思えたが、男の必死さを見るに状況は切羽詰っているのだろう。
それだけで、クロウは男の正体を漠然とだが予想を立てていた。
料理屋を出てから四半刻ほど経過すると、ようやく男は足を止めた。
「ここだ。入ってくれ」
男は壊れかけの木の扉を指差した。
古びた煉瓦造りの建物は、明らかに怪しかった。
怪訝に見つめるラクサーシャたちに、男は自分が先に入って罠が無いことを示した。
ラクサーシャたちは建物の中に入っていく。
建物の中も外観と同様に古びていた。
机の上には埃が積もっており、とても人が生活する空間には思えない。
男は部屋の奥に進むと本棚の横にある煉瓦を押した。
そこに仕掛けがあったらしく、本棚が横にずれていく。
現れたのは、地下へと続く階段だった。
「この下だ」
男が先に入っていき、後ろにラクサーシャたちが続く。
しばらく降りた先にあったのは、土壁に塗り固められた空間だった。
男を出迎えるように、メイドと眼鏡をかけた男が現れる。
「お帰りなさいませ、ウィルハルト様」
「御苦労」
男――ウィルハルトはメイドを労うと、ラクサーシャたちに振り返る。
ウィルハルトという名前を聞いて、クロウは男の正体に確信が持てた。
「まさか、そっちから声をかけてくれるとは思わなかったぜ。魔国カルネヴァハ、レヴィテンジア王のご子息――ウィルハルト第二王子」
「如何にも。俺はウィルハルト・リザリック・カルネヴァハ。この国の第二王子だ」
フードを外すと、煌びやかな金髪が現れた。
頭を下げつつも、その碧眼は真っ直ぐにラクサーシャたちを見つめてている。
優雅な所作で一礼するウィルハルトを見れば、王族であると疑う者はいないだろう。
「立ち話もなんだ、掛けてくれ」
ラクサーシャたちは椅子に腰掛けるとウィルハルトと向き合う。
ウィルハルトの後ろには先ほどのメイドと眼鏡の男が控えていた。
「話とやらを聞こう」
「話といっても、そんな難しい話じゃない。リィンスレイ将軍、貴方に俺が玉座に座る手助けをして欲しい」
「ほう」
ラクサーシャは興味深そうにウィルハルトを見つめる。
どこまでも真っ直ぐなウィルハルトの目は好印象を抱かせる。
「勿論、一方的な援助など望まない。貴方の目的を考えれば、非常に有益な話だと考えている」
「どこまで知っている?」
「帝国に反旗を翻した。それだけ言えば、これ以上は必要ないはずだ」
ウィルハルトはそれなりに事情を知っているのだろう。
自信に満ちた目を見れば、この交渉に絶対の自信があることが窺えた。
ラクサーシャはクロウに視線を向ける。
クロウは頷くと、交渉役を交代する。
「それで、ウィルハルト殿下は何を用意できるのでしょう?」
「リィンスレイ将軍の目的を考えれば聞くまでも無いはず。俺が魔国の王になったならば、帝国との戦争に手を貸そう」
「なるほど。それは心強い」
クロウはそう言うも、頷かない。
ラクサーシャを味方に付けられるならば、その程度の条件は第一王子でも提示してくるだろう。
そもそも、劣勢にあるウィルハルトが王座に付いたとして、第二王子派の戦力では第一王子派よりも低いものとなってしまう。
こちら側につくには利益が薄すぎた。
クロウの視線を受けてウィルハルトの目の真剣さが増す。
ラクサーシャと違い、クロウはそう容易く頷くことはないだろう。
情報屋として幾度と無く駆け引きをしてきたのだ、相手が王族であろうとやることは変わらない。
「第二王子派は劣勢と聞きますが、殿下が勝つと魔国はどうなるのでしょう?」
「第一王子……兄上は、帝国と戦うつもりだ。目的は俺と変わらない」
「ならば、なぜ対立を?」
「兄上は、帝国と同じ手で国を強化しようと企んでいる」
ウィルハルトに促され、メイドが資料を机に広げた。
そこにあるのは魔導兵装の設計図だった。
「人間の魔核を原動力とする魔導兵装は、この世に存在していい物ではない。第一王子は帝国から盗んだ技術と魔国の技術を合わせ、独自に兵器を開発しようとしている」
「要するに、非道の道に進もうとする第一王子派を止めるために戦うと」
「ああ、そういうことだ」
掲げる目的は同じ。
されど、その道程は大きく異なる。
祖国が非道の道に進むことが許せず、ウィルハルトは対抗するという。
ウィルハルトの様子から、クロウは彼が話せることを全て引き出したと判断する。
後は、ラクサーシャの判断に委ねるのみだ。
「おそらく、第一王子派の方が益はあるだろう。戦力差を見れば、第二王子派に付くのは悪手だ」
だが、とラクサーシャは続ける。
「……私はそこまで非道になれん。それでは、帝国と何も変わらん」
「ならば、リィンスレイ将軍」
「うむ。私は第二王子派に付くとしよう」
ラクサーシャはウィルハルトの陣営に付くと決断した。
その決断にクロウたちも賛成のようだった。
「旦那ならそう言うと思ったぜ」
「第一王子派なんてぶっ潰してやろうぜ! オレたちなら余裕だ」
「私もそれが良いと思ってました」
全員の了承を得たことで、早速本題に入る。
「それで、具体的に私たちは何をすれば良い」
「リィンスレイ将軍には、第一王子派の動きを封じて頂きたい」
「それは、武力でということか」
「ええ。調べさせた限りでは、大陸には幾つかガーデン教の遺跡があるらしい。第一王子派はそこから古代の遺物を掘り起こしている」
「ほう」
ガーデン教の遺跡ということならば、帝国の地下で行われている研究についても何らかの手がかりが得られるかもしれない。
そう考えれば悪い話ではなかった。
メイドが机に地図を置いた。
大陸の各地に印が付いており、魔国に二つ、王国に一つあった。
「これに遺跡の座標を記してある。中には国外のものもあるから、移動には馬車を用意しよう」
「王国にまで遺跡があるのか。他国に易々と入国できるとは思えんが」
「今の王国には、魔国の行動を止める力が無い。帝国に睨まれている状態で魔国まで敵に回したくないはずだ」
事実、今の王国は非常に厳しい立場にある。
いつ帝国が攻め込んでくるか分からないというのに、魔国の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
研究者が自国の領土に侵入してきても、害意が無いために見逃していた。
ふと、地図をじっと眺めていたクロウが疑問を口にする。
「この地図の座標、エレノア大森林じゃないか?」
王国の南西に位置する森林地帯は、ラクサーシャたちも訪れたことがある場所だった。
何かしらの魔術か魔道具によって結界が張られており、とても近づけそうにない。
「ならば、先にシュトルセランを探すべきか」
「リィンスレイ将軍はシュトルセラン殿を探しているのか」
「うむ。魔国にいることは分かっているのだが……」
シュトルセランの詳しい場所までは分かっていない。
手がかりは、帝国を去る際に残した「魔国へ亡命する」という言葉だけだ。
しかし、ウィルハルトはそれよりも詳しい情報を持っていた。
「シュトルセラン殿の居場所は分かっている。彼は、第一王子派にいる」
新たな問題が浮上し、一同は頭を抱えた。




