36話 内乱の気配
魔国カルネヴァハ。
長い歴史を持つ魔法大国で、大陸の北北西に位置指定している。
周囲にはシルヴェスタ帝国やエイルディーン王国、ラファル皇国と大国に囲まれているが、決して手出しされることはない。
その理由は魔国の強大な魔法技術にあった。
魔国は魔法に関するあらゆる事象について研究しており、新たな魔術理論の発案や魔道具の開発など、様々な分野に精通している。
魔術理論では術式の簡略化や付加効果の書き込みなど、既存の魔術を更に強化している。
それだけでも強力なのだが、それ以上に魔道具の開発が優れていた。
魔国で生産される魔道具は多種多様だ。
生活の一部として取り入れられるような灯火や浄化の魔法を付与した魔石。
炎などの攻撃魔法を込めた魔石。
魔石に術式を刻み込むことによって、術者の魔力は極少量の消費となる。
術式の構築をする必要もないため、冒険者たちから重宝されていた。
それだけではない。
魔国の魔道具の優れている点は、軍事技術においてだろう。
魔道砲と呼ばれる、魔石を動力に発動する魔術砲台。
それを小型化した魔道銃は兵士全員が携帯している。
領土は小さいが、魔国は大国に劣らぬ戦力を保持していた。
魔国に入国したラクサーシャたちは、王国とは全く異なる雰囲気に驚く。
人の通りが無い訳ではないのだが、魔国の町並みは静かだった。
「とても静かですね。市場に来ても、話している人は少ないですよ」
「魔国はそういう国柄だからな。研究者が多いから、皇国とは違う意味で真面目なんだ」
クロウはメモ帳を取り出す。
以前に魔国を訪れたことがあるようで、魔国の町並みには慣れているようだった。
辺りを見回してみれば、煉瓦造りの家ばかりである。
魔国は大陸でも北のほうに位置しており、年中寒さに苦しめられている。
魔道具によって農耕なども改善されているため、食糧の問題はない。
魔国の発達は、こうした立地上による事情もあった。
気が沈みそうな曇天。
辺りには黒いローブを纏った研究者たちばかりで、王国とはまるで雰囲気が違った。
戦士が多い王国に対し、こちらは魔術師が多い。
「で、どっちにするんだ?」
クロウは皆のほうに振り返る。
質問の内容は言わずもがな、第一王子派と第二王子派である。
「オレにはわかんねぇなあ。第一王子と第二王子が王位継承争いなんてよお。兄弟で協力して、良い国を作ればいいってのにな」
のんきに肩を竦めるレーガンに道行く人々の視線が集まる。
歩く足を止め、時が止まったようにレーガンを見つめていた。
レーガンは何が起こっているのかわからず、辺りをきょろきょろと見回してから頭を下げる。
通行人たちは何事も無かったかのように歩き始めた。
レーガンはほっと息を吐く。
「なんだよ、ビビるじゃねぇか」
「今の魔国では禁句のようだ。今後は、あまり表で口に出さぬほうがいいだろう」
「お、おう。わかった」
レーガンは額の汗を拭う。
国柄の違いとはいえ、不気味すぎる。
魔国に入国した初日だというのに、既にレーガンは嫌になっていた。
「これなら、まだ皇国のほうがマシだなあ」
「レーガンさんは皇国の出身なんですよね? なんで、皇国を出たんですか?」
「嬢ちゃんにはわからねぇだろうけど、男には色々あるんだ」
レーガンは真面目な表情で呟くが、すぐにおどけた様に笑う。
「なんつってな。オレには皇国の気性が合わねぇから、王国に冒険者をやりに来たってわけよ」
「故郷を出て、ミスリルプレートまで上り詰めるなんてすごいです」
「んな大したことじゃねぇって。こんなのは形だけだ。上には上がいるって、思い知らされたからよ」
レーガンは前を歩くラクサーシャに視線を向ける。
人類最高峰の実力者。
おそらく、人間で彼に敵う者はいないだろう。
それほどにラクサーシャは強い。
レーガンはミスリルプレートを摘まみ、苦笑する。
それまでは自身が絶対的強者である自負があったが、上を見てしまった今ではそれも崩れている。
むしろ自身の実力を見つめなおせたため、ラクサーシャには感謝していた。
しばらく歩き、町の中心に着く。
相変わらず煉瓦造りの家ばかりで、町並みに変化は無い。
魔術の研究に力を入れすぎているせいか、町並みの美しさまでは考えられていないようだった。
だが、これはこれで不思議な魅力があった。
視界にちらほらと白い影が移る。
見上げれば、空から雪が降っていた。
気温が下がり始め、ベルは身震いした。
「ちょっと、冷えてきましたね」
「うむ。一度、どこかで暖を取ってもいいだろう」
「ならよ、そろそろ昼食にしようぜ! オレはもう腹が減って死にそうだ」
ラクサーシャたちは少し歩き、手ごろな料理屋を選び入店した。
店内には暖炉があり、凍える身を優しく暖める。
時間は少し早かったが、店内はそれなりに客がいた。
しかし、通りと同様に店内も静かである。
ラクサーシャたちは席に着くと、温かい料理を注文する。
料理が並べられると、ラクサーシャたちは手を合わせ、アドゥーティスの神々に祈りを捧げる。
祈り終えるなり、レーガンはスープを手に取って豪快にかき込む。
汁を一気に飲み干すと、レーガンは満足げに頷く。
「かぁーっ、美味ぇ! 体中が暖まるぜ」
「うむ、確かに美味い。料理人の腕の良さが分かる」
ラクサーシャも満足そうに頷いていた。
鶏肉と野菜を煮込んだシンプルなスープだったが、それ故に味の良さがはっきりと分かった。
ベルも目を輝かせて飲んでいた。
料理を堪能していると、人影がこちらに近付いてきた。
ラクサーシャとレーガンは気取られぬ程度に警戒をする。
視界に移ったのは、目深にフードを被った細身の男だった。
男はラクサーシャたちのもとに辿り着くと口を開く。
「失礼。御身はリィンスレイ将軍と見えるが、少し話を宜しいか?」
「ほう、そういうお前は何者だ?」
「それも含め、話をしたい。が、ここは人目に付く」
フードの隙間から辺りを見回す。
男から敵対心は感じられなかったため、ラクサーシャはクロウに視線を向ける。
「まあ、話くらいなら良いんじゃないか?」
「ならば、そうするとしよう」
ラクサーシャが了承の意を示すと男は一礼する。
その所作はとても洗練されており、クロウは男が上流階級の人間ではないかと予測した。
服は薄汚れたローブだったが、身に纏う雰囲気は庶民のそれではない。
「場所を変えよう。付いてきて頂きたい」
フードの男に導かれ、ラクサーシャたちは移動を開始した。




