4話 反逆の将軍
衛兵が城門を警備していると、前方に男の姿が見えた。
刀を片手に歩いてくるのは、彼もよく知る顔だった。
衛兵が片手を上げて挨拶をしようとすると、視界がぐるりと回る。
魔核薬の影響か、衛兵は首を切られたことにさえ気付かずに死んでいった。
ラクサーシャは首を鳴らすと奥へと進む。
そこでようやく、場内に警戒音が鳴り響いた。
少しして、警戒音を聞きつけた兵士たちがラクサーシャの前に現れる。
「ほう、私と殺り合うつもりか?」
鋭い眼光を向けられ、兵士たちは怯む。
相対するだけで、その男が天涯であると察してしまう。
帝国内最強の男を前に、誰も動くことは出来なかった。
ラクサーシャはすっかり臆してしまっている兵士たちに呆れ、溜め息を吐いた。
ラクサーシャが横薙ぎ刀を振るう。
空気が震え、目の前にいた兵士たちの首が落ちた。
かなりの重装備をしていたが、ラクサーシャの前ではまるで意味を成さなかった。
「何をしている。私を捕らえるのだろう?」
あからさまな挑発。
だというのに、兵士たちは動くことが出来ない。
ラクサーシャに睨まれ、彼らは蛙のように固まることしか出来なかった。
無論、ラクサーシャはその隙を見逃すことはない。
一対多であるにも関わらず、ラクサーシャの戦いは数の差を感じさせなかった。
それは、普段の彼の戦い方によるものだろう。
戦争の際、彼は真っ先に敵中へ飛び込んでいく。
多数に囲まれることなど慣れていた。
やがて全ての兵士を切り捨てると、ラクサーシャは刀に付いた血を払った。
並の兵士では、彼の歩みを遮ることさえ叶わない。
ラクサーシャは遂に、王の間の手前に到着する。
彼の行く手を阻むように、騎士たちが立ちはだかった。
兵士よりも上の階級で、先程までとは練度がまるで違う相手である。
悪魔を模した鎧は見る者に恐怖を与え、使用者には悪魔のような強さを与える。
その鎧は魔導鎧と呼ばれる魔導兵装で、それを身に纏えば一般人でも竜種と渡り合えるようになるほどの身体能力の向上をもたらす。
そして、武器は同じく魔導兵装である魔導剣。
どちらも大魔法具に匹敵する力を持っていた。
だが、ラクサーシャは魔導兵装を好まない。
それを纏えば更なる高みに行けるだろうに、頑なにそれを拒み続けてきた。
理由はその製法にあった。
魔核と呼ばれる臓器がある。
それは魔力の源であり、大小問わずあらゆる生き物に備わっている。
魔導兵装はその魔核を使って作られている。
魔核を用いて特殊な魔術回路を鎧に組み込む。
問題はその素材の調達だった。
人間が扱うならば人間の魔核を使った方が相性が良い。
兵力の増強のために、皇帝は周辺国への侵略で魔核を得ていた。
魔核薬も名前の通り、魔核が使われている。
なぜそのような薬を作ったのかまではラクサーシャも知らなかった。
ラクサーシャは軍刀『信念』を構える。
狂いすぎたこの国に終止符を打たんとする。
騎士たちの装備は恐ろしく強いが、ラクサーシャとてこの国の将軍だ。
魔導兵装も無しに将軍であり続けられるほどに、彼は強かった。
その視線は騎士たちの奥。
王の間に向けられていた。
騎士たちはラクサーシャの実力をよく知っている。
戦場において、彼らはラクサーシャの戦い振りをすぐ近くで見ていたのだ。
帝国最強と称されるほどの男を前に、彼らはその一挙一動を警戒していた。
ラクサーシャの殺気が一瞬だけ高まる。
僅かにその刀が揺れるも、フェイントだった。
巧妙な罠に釣られた騎士がラクサーシャに切りかかってしまう。
「若いな」
ラクサーシャは振り下ろされた剣を僅かに身を引くだけで躱す。
最小限の動きは、次への動作に素早く繋がる。
ラクサーシャは刀を構えた。
狙いは首だ。
鎧の僅かな隙間に刀を突き入れると、隙間から大量の血が吹き出した。
「次は誰が来る?」
ラクサーシャは騎士たちを見回す。
目測で五十人。
それぞれが魔導兵装を身に付けており、それだけで一国を滅ぼせる戦力があった。
「なら、俺が相手をしてやる」
声は背後からだった。
その声の主は、ラクサーシャのよく知る人物だった。
「ガルムか」
現れたのは大男だった。
巨大な魔導剣を軽々と持ち、鎧も他の騎士よりも装飾が凝っている。
兜も付けずに顔を晒し、ラクサーシャを睨みつける恐面の男。
彼の名をガルム・ガレリアという。
ラクサーシャの直属の部下の一人だった。
彼が来た途端、騎士たちの様子が一変する。
ガルムはラクサーシャに匹敵する実力の持ち主だ。
あくまでも、魔導兵装を込みでの話だが。
ガルムはラクサーシャに蔑むような視線を送る。
心の底から苛立っているようだった。
「失望したぞ、ラクサーシャ。あれほど忠義に厚い男が、反乱を起こすなんてな」
「失望したのは私の方だ。ガルム、今の帝国を知らないのか?」
「しらねぇな。俺たち騎士は、国のために戦えばそれでいい」
「……誇りはないのか?」
「ンなもんあったら、お前の友人のように国を離れているっての」
「そうか……」
落胆するラクサーシャを余所に、ガルムは剣を構える。
「馴れ合いはここまでだ、ラクサーシャ。俺はお前を斬って、その首を陛下に捧げる」
「……致し方あるまい。後悔するなよッ!」
ラクサーシャは刀を水平に構え、地を蹴った。
ガルムはそれを迎え撃たんと、大振りながらも隙のない一撃を放つ。
両者の剣がぶつかり合い、魔力光が迸る。
拮抗しているようにも見えたが、僅かにラクサーシャが押されていた。
魔導兵装の恩恵もあり、力比べではガルムの方が上手だった。
ラクサーシャは打ち合いは無理だと判断し、ガルムの剣を受け流す。
僅かに出来た隙を攻めようとするが、ガルムは力任せに剣の軌道を反転させた。
物理法則を力でねじ曲げるような一撃に、ラクサーシャは瞬時に反応して受け流す。
二度目の不意打ちさえも受け流されるとは思っておらず、ガルムは大きく体勢を崩した。
ラクサーシャの目が赤く光る。
それに呼応するように、軍刀『信念』は赤い光を纏った。
「おおおおおッ!」
ガルムは慌てて避けようとするも、ラクサーシャの殺気に射られて身動きが取れない。
視界に映るラクサーシャの顔は、ガルムも見たことがないほどに憤怒に染まっていた。
鎧に守られていない首に刀が迫り――ラクサーシャの体が吹き飛んだ。
「ぐぅ……がはッ……」
強い衝撃を与えられ、ラクサーシャの意識が遠退く。
最後に視界に映ったのは腰を抜かしたガルムと、もう一人。
黒いローブを纏った老婆の姿だった。
彼女の名をエドナ・セラートという。
彼女もまた、ラクサーシャの直属の部下の一人だった。