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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
流浪の王国編

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間話 エルフ族の殲滅

 先代の皇帝が崩御し、ヴォークスが新たな皇帝となった。

 皇帝は位に就くなり過激な方針を掲げた。


――大陸を支配せよ。この世は我らが支配下に置く。


 その日から、帝国は大きく変貌していく。

 アドゥーティス教は異端とし、国教をガーデン教に変更。

 魔核薬の流通によって民衆は狂っていく。

 町並みもバハラタ様式へと変わり、それまでの帝国とは全く異なるものになっていた。


 十年前に王国と停戦協定を結んだばかりだというのに、帝国は戦力を強化していく。

 城の地下では怪しげな研究が始まり、魔導兵装によって騎士団は異様なまでに力を付けた。

 先代の王が作り上げた平穏はすぐに崩れ去ることになった。


 若くして将軍の座に就いたラクサーシャだったが、この国の変貌は不気味に思えた。

 これから好ましくないことが始まろうとしているのではないか。

 そんな予感が頭から離れなかった。


 そんな時、ラクサーシャは皇帝から呼び出された。

 嫌な予感がするも、ラクサーシャは皇帝の下へ向かった。

 就任した皇帝の最初の命令。

 それは、エルフ族の殲滅だった。


 無論、ラクサーシャは反対した。

 意味もなく戦争を起こすなど、それこそ侵略国家になってしまう。

 指揮官であるガルムと共に皇帝に諫言したが、受け入れられることはなかった。


 そして、戦いの日は訪れる。


 朧月夜の深い森。

 平時なら虫の鳴き声が聞こえそうだが、今では森のざわめきさえ聞こえない。

 夜の静寂に包まれ、ひっそりと静まり返っていた。


 帝国軍は総勢一万の大軍。

 対するは、エルフ族の戦士千名。

 森の奥に潜んでいるであろう彼らに警戒をしつつ、ラクサーシャは軍の先頭に立っていた。


「なあ、ラクサーシャ。マジでやんのか?」

「やるしかなかろう。それが、陛下のご意思だ」


 険しい表情のラクサーシャを見て、ガルムは黙っていることしか出来ない。

 将軍であるラクサーシャがそれを選ぶなら、自分は黙って従うのみだ。


「私は騎士として国に忠誠を誓った。陛下が殺せと言えば殺し、奪えと言えば奪う。それが騎士のやるべきこと。ならば、私は剣を振るう他あるまい」

「だがよ、エルフ族だろ? こんなことをすれば、他国が黙ってはいないはずだ」

「陛下は大陸全てを手中に収めるおつもりだ。いずれにせよ、敵対の道は避けられん」

「そうか。なら、しかたねぇ。エルフには悪ぃが、皆殺しだ」


 ガルムは首をごきごきと鳴らし、塊剣を担いだ。

 森の中で振り回すには邪魔になりそうな大きさだったが、木ごとエルフをなぎ倒すつもりのガルムには関係なかった。


「しかしよ、俺たち騎士の誇りはどうなるんだ? 先代皇帝が見たら嘆くぞ」

「忠義とは国に尽くしてこそだ。それが誇りとなり、信念となる。エルフを殲滅することが帝国のためとなるならば、私はそれを誇りとしよう」

「わかんねぇな。だが、それが騎士としての在り方なんだろ?」

「うむ」


 ラクサーシャは頷く。

 これで納得できているのかは、本人さえ分からない。

 今分かるのは、開戦の時が近いということだけだ。


 眼下に広がる帝国の軍勢は非常に士気が高かった。

 エルフ族を殲滅するとはいえ、すぐに殺す必要はない。

 武具を取り上げ、装飾品を略奪し、見目麗しいものは犯し尽くす。

 この時点で、既に帝国軍は正気ではなかった。


 魔核薬は帝国軍の精神を蝕んでいた。

 飲んでいないのはラクサーシャや、指揮官のガルムとシュヴァイ。

 それと、皇帝の就任から新たに指揮官に加わったエドナくらいだろう。

 ほとんどの兵が魔核薬に溺れていた。


「なあ、ラクサーシャ。これが俺たちの望んだ国なのか?」

「断じて違う。私が望んだのは、このような狂った国ではない」

「あいつらが狂ってんのか、俺たちが狂ってんのか。わかんねぇな。わかんねぇよッ!」


 ガルムは頭を掻き毟る。

 苛立った心を静めるには、戦場で剣を振るうしかないのだろうか。

 それしか、道はないのだろうか。


 総勢一万の帝国軍。

 その全てが、狂ったように開戦の時を待ちわびている。

 獣のように犬歯を剥き出しにして、ギラギラと欲望に満ちた眼で森の奥を見つめていた。

 彼らは既に、兵士から獣へと変貌していた。


「俺らは、アレと同じなのか?」

「分からんな。だが、ここに立っている時点で、私たちも同類かもしれんな」

「……そうか」


 ガルムは肩を落とし、大きく息を吐いた。

 ラクサーシャは既にこの状況に屈しているようにも見える。

 あるいは、適応しようと努力しているのか。

 いずれにせよ、自分だけこのままでは彼の足を引っ張ることになるだろう。


 ラクサーシャは軍刀『信念』を抜刀し、正眼に構える。

 それに倣い、ガルムは塊剣を地に突き立てる。


「盲目に、狂信的に。私は帝国の刃となろう。たとえ悪魔と罵られようと。それが私の騎士道だ」

「なら、俺はとことん狂ってやろうじゃねぇか。誰よりも過激に狂ってやる。狂って狂って、全てが壊れようとも。それが俺の騎士道だ」


 ラクサーシャとガルムは顔を見合わせ、力強く頷く。

 葡萄酒で杯を交わすと、一気に飲み干した。


 覚悟は出来た。

 後は、命じるだけである。

 ラクサーシャの一声によって、今宵、帝国は侵略国家となるのだ。


「総員、抜刀せよ! これよりエルフ族の殲滅を開始するッ!」


 ラクサーシャの掛け声に、帝国軍から天まで轟かんばかりの雄叫びが上がる。

 あたかも地上に発生した雷鳴のようで、夜の静寂は瞬く間に掻き消された。

 高揚する自軍の様子を見て、ラクサーシャは命じる。


「指揮官エドナ・セラート。魔術師を率い、森を焼き払えッ!」

「了解さ、リィンスレイ将軍」


 エドナは頷くと、懐から無数の魔核を取り出した。

 禍々しく胎動するそれは、上位の魔物から調達されたことが窺える。


フランメフランメ――」


 エドナの周囲の魔力密度が高まっていく。

 まだ実証段階である理論。

 成功すれば代償魔術の完成形とも言えるであろうソレは、魔核術と呼ばれていた。


 虚空に浮かび上がる無数の魔方陣。

 とても普通の魔術士に出来る芸当ではないだろう。

 帝国を去ったシュトルセランでさえ、これほどの規模の魔法は撃てない。


「其れは廻る因果なのか。贖罪無き魂よ、制裁は決して汝を逃さない。無辜なる魂よ、理不尽な運命に嘆くが良い――死は真に平等だろうゼーア・グライヒハイト・ザイン?」


 無数の魔方陣が組み合わさり、夜空に太陽が浮かび上がる。

 一つではない。

 森全体を焼き尽くさんと、雨のように降り注ぐのだ。


 エドナは嗤いながら両手を広げる。


「永劫に終わらぬ日没、これぞ代償魔術の完成形よ。カカカッ。日没は何度見ても美しいさね」


 完成した魔法はもはや神域に足を踏み入れていた。

 とても個では成し得ない、軍でさえ成し得ない。

 魔核術でしか再現できないであろうそれは、大魔法と呼ばれる代物だった。


 緑豊かな森は瞬く間に灼熱の地獄へと変貌する。

 魔導兵装に身を包んだ騎士が揺らめく炎に照らされ、その影は悪魔のように蠢いていた。


 土地の利を失ったエルフ族に、無慈悲な宣告。


「進軍開始ッ! 一人も逃すなッ!」


 ラクサーシャの号令で帝国軍が進軍を開始した。

 足並みを揃える事などしない。

 彼らは獣なのだ。

 我先にと獲物に群がっていく。


 エルフ族の抵抗も虚しく、帝国軍は足を進めていく。

 燃え盛る森を歩くラクサーシャとガルムは、ただただ無言だった。

 視界の端に移る陵辱、断末魔に混じる嬌声。

 命令は皆殺しだというのに、生き残る可能性を信じて媚びた様に鳴くエルフたち。

 己の尊厳も名誉も奪いつくされ、最後には殺されるのだ。


 一時間と立たない内にエルフ族の抵抗は無くなっていた。

 飛び交っていた矢と魔法は既に消え失せ、聞こえるのは断末魔のみ。

 戦士たちが必死に守ろうとしていた集落に着けば、無慈悲な陵辱劇に目を覆うしか出来ない。


「なあ、ラクサーシャ」

「言うな。覚悟は決めたはずだ」

「……悪い。忘れてくれ」


 二人は集落を突き進む。

 自分たちに出来ることは、精々が陵辱される前に殺すことだった。

 足元に転がる首を見て、二人は現実を噛み締める。

 刀を伝う血は、流れるべきではない血だった。


 斬った数を数えるのも困難になってきた頃、ラクサーシャは民家から気配を感じ取る。

 敵兵が隠れているのか。

 刀を構え、民家に押し入る。


 民家に隠れていたのは、体をガタガタと震わせるエルフの少女だった。


「ラクサーシャ」

「……分かっている。私は、分かっている」


 体の震えを押し殺し、刀を上段に構える。

 ここで殺さなければ陵辱されるのみ。

 ならば、ここで殺してしまったほうが少女のためにもなるだろう。


 覚悟は決まらない。

 震える手で斬ったとして、少女の命は絶たれるだろう。

 だが、覚悟無き殺生は自身の心に傷を残すことになる。


 少女はまだ成年していないだろう。

 人間で言えば十六ほどだろうか。

 幼いシャルロッテの姿が脳裏を過ぎる。


 覚悟を決められずにいたせいで少女と目が合ってしまう。

 どこまでも深い絶望に落とされ、ただ死の時を待つしかない。

 恐怖で焦点は定まらず、しかし、顔はラクサーシャの方を向いていた。

 たまらず、ラクサーシャは魔力を放出する。


「――転移ユーベルガング


 ラクサーシャは少女を大陸のどこかへ転移させた。

 誰か親切な人に拾われて、生き延びて欲しい。

 そんな思いから、気付けば魔術を使用していた。


「ガルム」

「……狂うのは、明日からだって遅くはねぇだろ」

「すまない」


 二人は民家から出ると辺りを見回す。

 既に、生きているエルフはいない。

 この日を以って、長い歴史を誇るエルフ族は滅亡した。


 ただ、一人を除いて。

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