34話 騎士たちの密談
王城の一角にある騎士団の詰め所にザルツはいた。
老齢ながら衰えを知らぬ彼は、毎日の鍛錬を欠かさない。
一見すると、ただの人柄の良い老人に見えるだろう。
しかし、その佇まいを見れば一流の戦士であることが分かる。
右手の長剣と左手の短剣を流れるように振るい、型を順にこなしていく。
数多の戦場で培ってきた経験は、我流だが他の剣術にも引けを取らないだろう。
一通りの型を終えると、ザルツは入り口のほうに視線を向ける。
通路から見知った気配が近付いてきていた。
姿を見せた相手にザルツは一礼する。
「これはアルトレーア嬢。どうしてこのようなところに?」
「少し、話がある」
「聞きましょう」
ザルツはセレスに座るように促すと、自身は紅茶を淹れた。
焼き菓子と共にテーブルに並べ、ようやく着席した。
「して、どのような用件ですかな?」
「王国の戦力について相談がある」
「ほほう、それはまた……」
ザルツは通路を一瞥すると、魔術を構成する。
部屋を覆うように展開されたのは、遮音性のある結界だった。
「……戦力については、陛下もお悩みでしょう。しかし、アルトレーア嬢。今の貴女では、陛下に提案するほどの発言力もありますまい」
「だからこそ、ザルツ殿の手を借りたい。王国の未来を変えるには、貴方の助力が必要だ」
「王国の未来、ですか。大きく出ましたな」
ザルツは顎髭を弄りながらセレスの目を見る。
強い意志の篭った目を見て、ザルツはゆっくりと息を吐いた。
「しかしアルトレーア嬢。帝国の戦力は強大。指揮官でさえ、我々と同等以上の力を持っているのですぞ」
「それに加え、魔刀の悪魔ラクサーシャ・オル・リィンスレイ。今の王国では勝ちようがないのも事実なのは分かっている」
「なればこそ、元老院のように帝国に取り入るのが最善ではありませぬか。慈悲を請えば、属国程度の扱いはしてもらえましょうぞ」
「奴らの言い分も分かっているつもりだ。しかし、帝国がそれほど生易しい国には思えない」
度重なる侵略戦争は、幾つもの国を滅ぼしてきた。
その中には人間に対し不干渉の姿勢を取っていたエルフ族まで含まれている。
帝国が王国に情けをかけるなど考えられなかった。
「私は、父に誓ったのだ。帝国に屈服することなど許されない」
「亡き者の影に囚われていては、未来は閉ざされますぞ」
「ザルツ殿は、それでいいのか」
セレスに真っ直ぐに見つめられ、ザルツは黙り込む。
これで良いわけがない。
しかし、打開策があるわけでもない。
騎士として信念を貫くには、今の王国は衰えすぎた。
衰弱しているのは、何もセレスだけではなかった。
「某とて、打開策があるならば戦いましょう。しかし、それすら無い現状では……」
「ある」
セレスは断言する。
突然のことにザルツは目をぱちぱちと瞬かせ、きょとんとしていた。
「……アルトレーア嬢?」
「ザルツ殿。打開策はあるのだ」
セレスの目はどこまでも真剣で、嘘を言っているようには思えない。
確固たる自信がそこに見えた。
ザルツは覚悟を決める。
「某は短い命。王国のために散るならば、それも本望か。アルトレーア嬢」
「散る必要は無い。ただ一つ、催し物をしてほしい」
「催し物、ですか」
ザルツは不思議そうに首を傾げる。
セレスの意図が見えなかった。
「陛下は近々、近衛騎士団の団長を選定なさるおつもりだ。それならば、強き者を求めるために武道大会を開けば良い」
「武道大会……それだけで、現状が打破できるとは思えませぬが」
「いや、それだけでいい。後は、彼らが何とかしてくれる」
「他に協力者がいると?」
「とても心強い方だ。彼がいれば、帝国とも戦える」
「ほほう、それほどの。アルトレーア嬢が言うならば、信じましょう」
ザルツは頷くと、棚から紙と筆を取り出す。
「それで、日程はどのように?」
「出来る限り宣伝をして、彼ら以外にも強者を募りたい。一月後の開催を目処に、王国各地にこの話を広める。武道大会の優勝者には、近衛騎士団長の座を与えると」
「それならば、陛下も頷くでしょうな。王国各地の強者を集めれば、我々に匹敵する相手もいましょう。ですが、帝国はそれを遥かに上回る」
魔導兵装による悪魔のような騎士団。
それを率いるのは、大陸でも屈指の実力を持つ指揮官。
ラクサーシャが反旗を翻したことは、まだ帝国の外には漏れていなかった。
「それに、一月後となれば、元老院も何かしら行動を起こしているかもしれませぬ。それを止めるには、某だけでは難しい」
「忌々しい帝国の犬め。どうにも奴らが邪魔になる」
セレスは苛立ったように呟く。
武道大会までに元老院が大きく動けば、武道大会も無駄になってしまうかもしれない。
それを止める手立ては二人には無かった。
「ならば、私が元老院を直接足止めすれば……」
「今度こそ、打ち首になりますぞ」
「分かっている。分かっているが、元老院を止めるにはこれしかない」
険しい表情を浮かべるセレス。
ザルツはそれをやめるように説得しようとして、口を噤む。
部屋の外に気配を感じた。
「アルトレーア嬢。曲者が……」
言い切る前にザルツの防音結界が破られた。
強者の気配を感じ、二人は剣の柄に手を添える
部屋に入ってきたのは、嫌な笑みを浮かべた男だった。
「くっく、まさかお二人が元老院を目の敵にしているとは。粗末な防音結界で、警戒心が無いにも程がある」
存在感の無い黒装束の男。
不気味なまでに静かで、視線を外せば見失ってしまいそうだった。
だが、声の主はそれを傍らに仕えさせる男だった。
黒いローブに隠れ、その顔は見えない。
嘲笑うかのように二人に視線をやり、ニヤリと笑みを浮かべる。
「元老院に気取られたらどうなるだろうなあ? 全く、我輩の足手まといになってもらっては困る」
「足手まとい、だと……?」
「事実を言ったまでだ。この程度の結界、ジスローならば容易に解除できる」
不遜な態度を取る男に、二人は心当たりがなかった。
だが、ここでバレてしまえば計画が台無しになってしまう。
それだけは避けなくてはならない。
しかし、男からは敵対心を感じなたかった。
故に、二人は抜刀せず様子を見る。
二人の視線を受け、男は不遜に笑う。
「剣から手を離せ。何も敵対しに来たわけではない。我輩が手を貸してやろうと言っているのだ」
「手を貸すと言うが、貴様は何者だ?」
セレスが訝しげに見つめると、男は笑みを浮かべる。
そして、ローブに手をかけ、その素顔を顕わにした。
「――我輩はアルバ・ラジューレ。エイルディーン四大貴族、ラジューレ公爵なるぞ」
アルバ・ラジューレ公爵は厭らしく笑みを浮かべる。
エイルディーン四大貴族の一人にして、王国で最も発言力を持つ男。
ラジューレ公爵は腕を大きく広げ、高笑いする。
「しかしなぜ、ラジューレ公爵が私たちに協力を……」
「ふん。我輩とて、誇り高きラジューレ家の末裔。あのような狂った国の属国になるなど、堪えられんからな」
ラジューレ公爵は眉を顰める。
帝国の属国になるなど、彼のプライドが許さなかった。
場合によっては家が取り潰される可能性もあるのだから、なおさら抵抗する必要があった。
「理解したなら、さっさと行動に移せ。元老院の老いぼれごとき、我輩が足止めしてやる」
「ラジューレ公爵。助力、感謝します」
「……ふん」
ラジューレ公爵はつまらなさそうに顔を背けると、踵を返して退室する。
ともあれ、武道大会への準備が始まった。




