30話 信念を貫く
王都に帰還したセレスは王城へ報告に向かう。
幾つかの情報は伏せ、ラズリスの亡霊を討伐したことのみ報告することになっている。
セレスは謁見の間に入ると膝を突き、頭を垂れる。
「近衛騎士団長、セレス・アルトレーア。ただいま帰還しました」
「御苦労。報告を聞こう」
豪華な椅子に座るのは、どこか頼りない様子の中年の男だった。
彼の名をラグリフ・ユーグ・エイルディーンという。
エイルディーン王国の現王だった。
その傍らには王国騎士団長を勤めるザルツ・フォッカが立っている。
齢六十七という老騎士だが、その腕が衰えることは無い。
かつて帝国との戦争で数多くの武功を上げ、今の地位に納まった。
腰に下げた二振りの剣は長さが異なり、騎士団内では唯一の我流剣術の使い手だ。
王を挟むように反対側にいる老人は元老院議長ジスロー・ハイルベット。
帝国へ恭順するよう王を説得しているのも彼である。
セレスは報告を始める。
「ラズリスの魔石鉱にて、亡霊とされていた魔物を討伐しました。また、同魔石鉱内にて徘徊する怨嗟と遭遇したため、これも撃破しました」
「なんと、徘徊する怨嗟が……それは真か?」
「はい、真でございます」
「嘘をつくでないわこの戯けっ!」
セレスの返答に、ジスローが声を荒げた。
「徘徊する怨嗟は神話級の魔物。貴様如きでは倒せるはずがないわっ!」
「事実だ。ここに、その魔核を用意してある」
セレスが魔核を取り出す。
禍々しく胎動する魔核は、正しく神話級の魔物が持つに相応しかった。
ジスローは忌々しそうに顔をしかめる。
「第一、貴様の連れて行った戦力で徘徊する怨嗟ほどの魔物を倒せるはずがなかろうて。道中で力尽きるのが関の山じゃろう!」
「我々のみでは不可能と判断したため、冒険者パーティ『雷神の咆哮』に助力を仰いだ」
「冒険者風情に助力を仰いだだと!? 騎士団の名を地に落とすつもりか貴様ぁ!」
「ジスロー殿、落ち着いてくだされ」
ザルツが制止すると、ジスローはセレスを睨みつけながら下がった。
ラグリフはそれを見てため息を吐く。
「報告は以上か?」
「以上でございます」
「分かった。下がれ」
「はっ!」
セレスが立ち上がり、謁見の間を去ろうとしたとき。
一人の執政官が謁見の間に入ってきた。
ジスローになにかを伝えると、そそくさと部屋を後にする。
それを聞き、ジスローはニヤリと笑みを浮かべた。
「真に、報告はそれだけか?」
「……なんのことだ?」
セレスは振り向き、ジスローを睨む。
鋭い視線を向けられているというのに、ジスローは動じない。
それどころか、顔をこれでもかと歪めて笑みを浮かべていた。
「――遺跡のことを、報告しておらんじゃろう?」
「ッ!? ジスロー、貴様……」
先ほどの執政官はそれを伝えに来たのだろう。
であれば、今回の討伐隊から情報が漏れたということ。
信頼していたはずの部下にセレスは裏切られた。
「陛下、お聞きください。どうやら魔石鉱の奥に、ガーデン教の遺跡があるようなのです」
「ガーデン教の遺跡だと?」
「はい。それを帝国への手土産にすれば、色良い返事が聞けるかもしれませんな」
「ジスロー、貴様は正気か!?」
「正気を疑うべきはどちらだ、アルトレーア殿?」
ジスローはセレスに歩み寄る。
「近衛騎士団という地位にありながら、情報を秘匿するとは何事か。しかも、それは王国の益となる情報。これは叛意有りと見てよいな?」
「売国奴が、何を言うか! 私は王国のためを思って……」
「アルトレーア嬢」
ザルツが首を振った。
「情報の秘匿は、如何なる理由が有ろうと許されぬこと。アルトレーア嬢であろうと、刑罰は免れられぬ」
「それは分かっている。しかし、遺跡のことを知れば元老院……帝国の犬が、騒ぎ立てるからだ」
「我ら元老院を愚弄するとは! 陛下、この者に刑罰を!」
「陛下! 元老院に惑わされてはなりません! 誇り高きエイルディーンの王が、帝国に屈するなどあってはならない!」
ラグリフは両者を一瞥し、ため息を吐いた。
そこにあるのは、王とはとても思えない弱々しい男だった。
「アルトレーア。お前の主張は良く分かる。だが、真に民のことを思うならば、屈するほかないことは分かるはずだ」
「陛下……」
「これから先、お前の信念は王国の障害となるだろう。下らん意地は捨て、現実を見てくれ」
王が刑罰を宣告しようとするが、ザルツが止めに入る。
「陛下。恐れながら、提案がございます」
「……なんだ?」
「アルトレーア嬢は神話級の魔物を倒した功績がございます。それほどの逸材を失うのは、王国にとって大きな痛手となるでしょう」
そこで、とザルツが言う。
「団長の座は剥奪し、代わりに王国騎士団の副団長にしてはどうでしょう? 発言力さえなければ、王の悩みの種とはなりますまい」
「いいだろう、ザルツ。お前の提案を採用する。セレス・アルトレーアはこれより、ザルツの元で副団長として働け。近衛騎士団の団長は、後日選定する」
「……かしこまりました」
セレスは渋々といった様子で頷く。
これ以上続ければ、自分の命がないだろう。
ザルツがフォローしなければ叛意有りと見做されて死刑になっていたかもしれない。
セレスが謁見の間から退室すると、ザルツがその後ろについてきた。
セレスの横に並ぶと、ザルツは大きく息を吐いた。
「アルトレーア嬢も無理をなさる。亡きお父上の意思も大事ですが、ご自身も大切になさってくだされ」
「すまない、ザルツ殿。しかし私は、やらねばならない」
「分かっております。しかし、今の王国は、帝国を相手に出来るほど王国は強くありませんぞ」
「ならば、強くなれば良い。私はそれだけの相手を見てきた」
思い浮かぶのはラクサーシャの姿だ。
あれだけの力が自分にあったならば、王が帝国と戦うことを決断してくれるかもしれない。
このまま祖国が帝国の植民地となることなど、セレスは許容できなかった。
「……次は庇いきれませんぞ」
「分かっている。これ以上、ザルツ殿に迷惑はかけられん」
「貴方が死んでしまえば、亡きお父上に顔向けできない。どうか、ご自愛を」
去っていくザルツの背を見て、セレスは申し訳なく思った。
しかし、自分は騎士として信念を貫かなければならない。
魔石鉱で、そう誓ったのだから。




