27話 かくて平穏が訪れる
ラクサーシャたちがラズリスの町に帰還したのは明け方のことだった。
馬車の足音に目が覚めたのか、民衆が窓から顔を覗かせる。
近衛騎士団と『雷神の咆哮』が合同で亡霊を討伐に向かったという噂は、酒場での一件で知れ渡っていた。
人々の視線を受けながら、セレスが馬車から降りる。
傍らにレーガンも立った。
その様子から何かしら発表があるのだろうと、民衆たちが集まってくる。
やがて広場一帯に民衆が集まると、セレスは声を上げる。
「民衆よ、聞け! ラズリスの亡霊は討たれた! 討伐したのは我ら近衛騎士団と、冒険者パーティ『雷神の咆哮』だ!」
セレスの宣言に民衆が歓声を上げる。
魔石鉱の封鎖によって沈んでいたラズリスの町は、ようやく亡霊の呪縛から開放されたのだ。
威張り散らしていた冒険者たちは去っていき、町に平穏が戻る。
結局、遺跡での出来事は上層部へ報告せず、魔石鉱の亡霊を倒したとのみ報告することとなった。
神話級の魔物の存在と骸骨面の不死者の存在は、元老院の目を気にして伏せることとなった。
また、ラクサーシャに関しても報告はしないことになっている。
僅かばかり魔力が回復するとラクサーシャは身を起こした。
彼はただ、民衆から感謝されているセレスたちを眺めているだけだった。
少し羨ましそうに、悲しげに眉を下げていた。
「なあ、旦那は行かなくていいのか? 一番感謝されるべきは旦那だろ」
「……私にその権利は無い。数多の罪を重ねてきた私に、それを望むことは決して許されない」
度重なる侵略戦争。
哄笑を上げ、先頭で旗を掲げていたのは何者か。
魔刀の悪魔には女子共も関係ない。
無辜の民を切り捨て、それを忠義と思い込んでいたのは何者か。
娘を奪われるまで、ラクサーシャは己の過ちから目を逸らし続けてきた。
重ねた罪は天へと届くほど。
その背にずしりと重さを伝えていた。
そんな自分が、なぜ賞賛されることを望むことが許されるだろうか。
否、決して許されることではない。
ラクサーシャの悲壮な表情に、クロウは息を呑む。
弱さを表に出さないラクサーシャだったが、その内にはこれほどのものを抱えているのか。
彼が自害しないのは復讐が残っているからだ。
もしこの戦いが終わったら、ラクサーシャはその命を捨てる気でいた。
後世に伝えられるべきは悪名のみ。
ラクサーシャの覚悟に、クロウはただ黙っていることしか出来ない。
本当は、セレスたちのように賞賛されたかったのだろうか。
騎士として、剣を捧げるべき相手を違えたがためにラクサーシャは苦しんでいた。
しばらくしてセレスとレーガンが戻ってきた。
民衆は既に魔石鉱の採掘の準備を始めており、その力強さに感心する。
セレスはラクサーシャの前に立つと、頭を下げた。
「剣士殿、此度は助力感謝する。私たちだけならば徘徊する怨嗟を倒すことは出来なかった」
「気にすることはない。私は、己の成すべきことをしたまでだ」
「あれほどの偉業を成して気にするなとは、やはり、剣士殿は大物だ」
「私は大した者ではない。が、感謝の言葉は受け取っておこう」
ラクサーシャは頷く。
民衆から称えられずとも、少しだけ気は楽になった。
「それでは、私は急ぎ王都に戻らねばならない。剣士殿、もし何かあれば私を訪ねてほしい。可能な限り力になろう」
「うむ、覚えておこう。いずれ、王都にも行く予定だ」
「それならば、そのときは私が王都を案内しよう。良い店を知っている」
「ほう、それは楽しみだ。そのときは、よろしく頼む」
軽く会話を交わすと、セレスは馬車に乗り込んだ。
王都に帰れば、再び上層部との戦いが始まるのだろう。
だが、そこにいるのは気高き騎士だ。
信念のある、ラクサーシャの理想とした在り方だった。
やがて遠ざかっていく馬車を見送ると、クロウはレーガンに視線を向けた。
「レーガン、仲間たちはどうしたんだ?」
「あいつらとは、もう別れを済ませた」
「随分と早いな。いいのかよ?」
「おう。馬車の中で飽きるほど思い出話もしたからよ。町でちょっと会話して、それで十分だ」
そういうレーガンだったが、やはり少し寂しいのだろう。
上を向いて、感傷に浸っていた。
ふと、思い出したようにラクサーシャに視線を向ける。
「なあ、剣士さんよお。前に言った通り、オレも旅について行くんだ。そろそろ、名前を教えてくれねぇか?」
「うむ。私の名はラクサーシャ・オル・リィンスレイ。帝国に反旗を翻す、解放軍の将軍だ」
名乗りを終えると、ラクサーシャは真剣な表情でレーガンを見つめる。
「旅は過酷なものになるだろう。今ならば、引き返せるぞ」
相手は大陸最大の国、シルヴェスタ帝国。
とても敵うような相手には思えない。
旅について来るならば、相応の危険が伴うだろう。
レーガンはラクサーシャの正体を知って驚いたようだったが、しかし、すぐに笑みを浮かべた。
「帝国がなんだってんだ? オレは戦鬼レーガンだ。敵が強けりゃ、それだけ燃えるってもんだ」
「いいのか?」
「あったりめぇよ! それに、一人で寂しく旅するよりは全然マシだ」
おどけたように言うレーガンに、ラクサーシャたちは安堵の表情を浮かべる。
戦鬼と称えられたミスリルプレートの冒険者。
大陸でも屈指の実力を持つ男、レーガンが旅に加わった。




