26話 骸骨面の不死者
徘徊する怨嗟を倒したことを喜ぶレーガンだったが、ふと、ラクサーシャが険しい表情を浮かべていることに気付く。
警戒心を最大に、刀も抜刀していた。
その視線の先には、一つの扉があった。
これまでの遺跡の様相とは異なる、装飾過多な扉。
その奥に何があるというのか。
クロウもラクサーシャの様子に気付き、首を傾げた。
「なあ、旦那。どうしたんだ?」
「……嫌な気配だ。とても、嫌な気配を感じる」
その言葉を聞き、皆が武器を構えた。
セレスとレーガンが前へ歩み出るが、ラクサーシャは首を振る。
「駄目だ。私のみでいく」
「しかし、剣士殿」
「オレたちだって足手まといにはならねぇはずだ」
「違う。あれは、お前たちの手には負えん。あまりにも格が違いすぎる」
現に、ラクサーシャのみが相手の気配を感じ取っていた。
それはあまりにも強大な気配。
相手は同格か、それ以上か。
額を汗が伝う。
「感じ取れぬ時点で、既に結果が出ている」
ラクサーシャにそうまで言われては、二人もこれ以上は言えなかった。
自身よりも格上のラクサーシャでさえこの様子なのだから、自分たちではどうすることも出来ないのだろう。
二人は己の力量を悔やみつつ後ろへ下がった。
扉が開き、ソレが姿を現す。
一目見れば、誰もがその異様さに息を呑むだろう。
まず目に付くのは、ソレの身長だ。
二メートルはあろうかという体は、古びた黒衣によって覆われている。
黒衣の隙間から覗くのは術式の刻まれた包帯。
その手には、聖銀の手甲が装着されていた。
扉から出てきたソレは、その顔をこちらに向ける。
同じく聖銀で作られた骸骨面で覆われ、その素顔は見えない。
視線を順に移していき、ラクサーシャに定めた。
その姿は、ただただ異様だった。
同じ人間とは思えない気配に、セレスやレーガンでさえ硬直してしまう。
動けるのはただ一人。
ラクサーシャだけだった。
「お前は、不死者か」
「……」
不死者、それは理を外れし者。
現世への未練に縛られ、世界を彷徨う放浪者。
未練を抱いた死者は死霊となるが、強き未練を持つ者は禁忌に身を堕とす。
その結果、人ならざる者――不死者となる。
ラクサーシャの問いに、骸骨面の不死者は黙っているのみだった。
代わりに、手にしていた何かを放り投げた。
乾いた音を立てて地に転がったのは、何者かの亡骸。
正体を聞くまでもない。
それは、ラズリスの亡霊とされていた存在の亡骸だった。
骸骨面の不死者は、ゆっくりと息を吐き出した。
その手に蒼炎が宿る。
互いに殺気を向けている以上、殺し合いは避けられなかった。
ラクサーシャは軍刀『信念』に魔力を流す。
全ての術式が光り輝き、刀身が赤い魔力光を纏う。
相手は理外の存在。
出し惜しみは出来ない。
骸骨面の不死者はゆらりと身を揺らし、次の瞬間には拳を振るっていた。
完全なる無拍子。
その動きを追えるのはラクサーシャのみ。
「――奥義・瞬魔」
爆発的に魔力が高まり、その全てが攻撃に向けられる。
膨大な魔力を込められた一撃が、不死者の一撃とぶつかり合う。
攻撃は拮抗するが、余波で遺跡が崩れていく。
やがて足場さえも安定しなくなると、二人は距離を取った。
不死者は再び急接近すると、今度は独特なリズムで拳を振るう。
一撃一撃が死神の鎌の如く、ラクサーシャの命を刈り取らんと突き出される。
手数の多い相手に、さすがのラクサーシャも攻撃をいなしきれない。
「――がはッ!?」
腹部に強烈な一撃を貰い、ラクサーシャが吹き飛ばされる。
追い討ちをかけようとする不死者だったが、上から降り注ぐ氷の槍に阻まれる。
ラクサーシャは宙で体勢を整え着地する。
今の一撃であばらを砕かれた。
だが、咄嗟に放った魔法によって不死者の右腕を貫くことに成功する。
不死者はだらりと垂れ下がった右腕をじっと見つめる。
腕に突き刺さった氷の槍を引き抜き、投げ捨てた。
僅かでも動きが鈍るかと思ったが、ラクサーシャの期待は外れる。
腕から瘴気が立ち上り、その傷を何事も無かったかのように消し去った。
ラクサーシャの表情は一層険しくなる。
恐るべきは不死者の体力だった。
技量は同等。
速さも同等。
しかし、人と不死者では性能の格が違った。
ラクサーシャは険しい表情で不死者を見据える。
骸骨面の内で、どのような表情を浮かべているだろうか。
感じる殺気は衰えず、自身は負傷してしまっている。
だが、僅かでも治癒に意識を向けてしまえば、その隙を狙われてしまうだろう。
激痛を堪え、刀を構える。
一切の歪みも無く、水平に。
ラクサーシャは不死者に斬りかかる。
もはや遺跡は崩落寸前。
セレスとレーガンが加勢しようと様子を窺うが、その動きについていける自信がなかった。
人智を超越した戦いに、二人が入る隙は一切無い。
その余波を防ぐだけで精一杯だった。
戦いは神域に到達していた。
荒れ狂う魔力の奔流、視認さえ困難な速度。
この戦いを見てしまえば、先ほどの魔物など玩具に過ぎない。
呆然と眺めることしか出来なかった。
時間が経つと、先に魔力が切れたのはラクサーシャだった。
先ほどの戦いで魔法障壁を維持するのに魔力を消耗していたせいか、瞬魔を発動できなくなっていた。
瞬魔とは、人の身の限界を超えるための身体強化。
相応に魔力を要求されるため、長期戦には向いていない。
世界の理から外れた不死者を相手にするには、人の身であることが枷となっていた。
それに気付いたのかは分からない。
骸骨面の不死者はバックステップで距離を取ると、懐から魔道具を取り出した。
それが転移の効果を持つことに気付く頃には、既にその姿は無かった。
先ほどの戦闘が嘘だったかのような静けさに包まれる。
だが、遺跡の荒れようが事実であると物語っていた。
ラクサーシャは魔力の枯渇によろめく。
戦いで負った傷を治すほどの余力は無かった。
「すまんが、回復を頼む」
「は、はいっ」
瓦礫にもたれかかるように力を預け、腰を下ろす。
慌てて駆け寄ったベルが治癒魔法を唱えると、ラクサーシャは大きく息を吐き出した。
戦闘でここまで消耗することは、これまでの人生でも数えるほどしかない。
ラクサーシャが視線を向けると、不死者のいた場所に亡骸が落ちていた。
おそらくは置いて行ったのだろうか。
本人に尋ねなければその真意は分からない。
「剣士殿、大丈夫か」
「問題ない……とは、言い難いか。少しばかり、魔力を使いすぎたようだ」
「ならば、早く帰るとしよう。ラズリスの亡霊が倒れたせいか、死霊の気配を感じない」
セレスが魔道具を使用すると景色が歪み、魔石鉱の出口まで転移した。
馬車に乗り込むと、先ずはラズリスまで向かう。
疲労困憊といった様子のラクサーシャに、ベルが心配そうに近付く。
「あの、大丈夫ですか?」
「すまんが、動けそうにない。しばらくは休ませてもらおう」
そういうなり、ラクサーシャは馬車に寝転がった。
疲労は限界に達しており、これ以上の戦闘は不可能だろう。
セレスとレーガンに見張りを任せ、ラクサーシャはまどろみに落ちていった。




