25話 徘徊する怨嗟
翌朝になると、一同は遺跡探索の準備をする。
遺跡の中は魔石鉱の通路より広かったため、全員で突入することになった。
前衛にラクサーシャ、セレス、レーガンの三人。
中衛にクロウ、ベル、『雷神の咆哮』のメンバーたち。
後衛に近衛騎士団の騎士たちが配置された。
遺跡の中は魔物もこれまで以上に凶悪であることが予想される。
『雷神の咆哮』のメンバーたちはシルバーからゴールドプレートの実力者。
討伐隊に選ばれた騎士たちも、セレスが鍛え上げた王国の精鋭である。
ここから先の戦闘は、彼らの力を借りる必要があった。
遺跡の入り口地点へ転移すると、騎士たちが抜刀し、魔術師が杖を構えた。
白炎を纏った剣が骸骨兵の首を切り落とし、炎の矢が生屍の頭を打ち抜く。
数が増えたことにより、敵への対処もしやすくなっていた。
セレスは遺跡の入り口に立つと、抜刀した。
「これより遺跡の探索、及びラズリスの亡霊の討伐を行う。情報屋、マッピングを頼む」
「おう、任せてくれ」
「では、行くぞ!」
一同が遺跡に足を踏み入れるのと同時に、壁掛けの灯りに蒼炎が現れる。
暗い通路を照らすように、不気味に揺らめいていた。
「なんだってんだよ、急に脅かしやがって」
「感知式の魔道具か。随分と古びた遺跡だが、まだ生きているとは」
「剣士殿は魔道具に詳しいのだな」
「娘が魔道具の作成に熱中していたのだ。話を聞いている内に、いつの間にか私まで知識が増えた」
「ふむ、それは興味深い。一度、剣士殿のご令嬢に会ってみたいものだ」
「……それは叶わん」
険しい表情を浮かべるラクサーシャに、セレスは事情を察してしまう。
復讐を目的とした旅。
彼は何者かの手によって娘を奪われた。
ラクサーシャの様子を見れば、それが事実であることは疑うまでもない。
「すまない、剣士殿」
「セレスが謝る必要はない。私が憎むのは、ただ一つのみ」
帝国の名までは出さなかった。
話すべきときは今ではない。
いずれ王と謁見する際、近衛騎士団であるセレスと会うことになるだろう。
その時に、全てを話すつもりだった。
そこで会話が途切れ、一同は遺跡の中を進んでいく。
壁面に揺らめく蒼炎だけが、途切れることなくいつまでも続いていた。
しばらく歩くと、ベルがふと気付いた。
「あの、この遺跡ってもしかしてバハラタ様式ではないですか?」
「――なんだと?」
ラクサーシャは遺跡の造りを見る。
特殊な石壁の組み方、柱に刻まれた文様。
華やかに、しかし荘厳さを感じさせる造りには、確かにラクサーシャも見覚えがあった。
レーガンは首を傾げる。
「あん? そのバハラタ様式ってのがなんかあんのか?」
「はい。帝国の国教、ガーデン教の教会の様式なんです。この壁の造りも、柱の形も。まったく同じなんです」
「ふむ、ガーデン教に関係する遺跡とは。王に報告すべきだろうが、元老院の耳に入るのは好ましくないか……」
セレスは少し考えるが、報告すべきではないと判断した。
下手をすれば、帝国の研究機関を招き入れかねない。
今の元老院ならばその可能性が十分に考えられた。
遺跡の正体に驚きを隠せない一同だったが、歩みを止めているわけにもいかない。
何か、この遺跡に強い魔力を感じ取っている。
ラズリスの亡霊の気配は、かなり近くに来ていた。
やがて開けた空間に出ると、巨大な石像が視界に入った。
拳を振り翳した大柄な男。
本を片手に詠唱するローブの男。
そして、祈るように手を合わせた少女。
それは物語の一部を切り抜いたかのようで、一同は感心して見入ってしまう。
「ほう、見事なものだ。どれだけ古い遺跡かは知らんが、これほどの名工は今の時代にもいないだろう」
「たぶん、聖書の一場面だと思います。左の大柄な男が破壊者ロア・クライム。右のローブの男が錬金術師アウロイ・アクロス。そして、真ん中が聖女リアーネです」
ベルの解説に、一同は改めて石像を眺める。
完成された美とはこのことを言うのだろうか。
迫力のある石像を眺めていると、急にラクサーシャが抜刀した。
「やつが来るぞッ!」
刹那、天井が崩れ落ちた。
落下する瓦礫と共に、徘徊する怨嗟が姿を現した。
不快な叫び声と上げ、騎士の一人を呑み込まんと襲い掛かる。
だがラクサーシャの魔法を喰らい、方向転換した。
石壁を埋め尽くすように、徘徊する怨嗟は張り付いていた。
瞳の奥の蒼炎を不気味に揺らめかせ、こちらを見据えている。
「まさか、遺跡の天井を突き破ってくるとは」
セレスが抜刀する。
魔道具の剣ではない。
父の形見である、大切な剣だ。
レーガンは戦斧を構え、死霊を睨みつける。
部屋の中は広く、動き回ることは可能だ。
問題は、戦いの余波で遺跡が崩れないかだった。
すると、ラクサーシャが術式を構築する。
「――魔法障壁」
展開されたのは、一般的な防御魔法である魔法障壁。
しかし、ラクサーシャの膨大な魔力によって強化されたそれは、堅牢な要塞の如く頑丈だ。
生半可な攻撃では、その守りを打ち破ることは難しいだろう。
そんな魔法障壁が、部屋全体を覆っていた。
「心配は要らん。好きなだけ攻撃するといい」
ラクサーシャは魔法障壁の維持に集中する。
セレスとレーガンは顔を見合わせ、頷く。
徘徊する怨嗟が不快な叫び声を上げる。
負の感情を凝縮した絶叫は、それだけで物理的な破壊を伴っていた。
しかし、ラクサーシャの魔法障壁は少しも揺るがない。
セレスが剣を翳すと炎が立ち上る。
その姿は烈火の如く、燃えるような赤い髪が揺らめく。
レーガンが戦斧を構えると紫電が迸る。
戦鬼と称えられるに相応しい、豪腕がうなる。
最高峰の実力を持った人間が二人もいるのだ。
存分に力を振るえるならば、相手が神話級といえど、勝てない道理などなかった。
徘徊する怨嗟の突進をいなし、レーガンが咆哮する。
死霊の背後に回ったセレスの、凛とした声が響き渡る。
放つのは、全力の一撃。
「喰らいやがれ――降雷裂波」
「奥義――烈火の一閃」
紫電と業炎が炸裂し、巨大な爆発が巻き起こる。
後に残ったのは、バラバラになった徘徊する怨嗟の残骸のみ。
神話級の魔物とて、これだけの威力を叩き込まれてしまえば生きていられなかった。
セレスとレーガンは顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。
ラクサーシャは魔法障壁を解除すると、広間の奥を見つめる。
奥にある部屋から、嫌な気配を感じていた。




