23話 ラズリス魔石鉱(2)
翌朝になると、一同はすぐに魔石鉱へと繰り出した。
まだ日は昇りきってはいないが、体には疲労も無く万全の状態だった。
一日中魔石鉱に篭りっ放しになるため、昼食を用意してある。
可能ならば今日と明日で遺跡への入り口を見つけ出し、残りの四日でラズリスの亡霊を退治する。
食料の余裕はまだあるが、長引けばそれだけ王国への影響が生じてしまう。
それが分かっているからこそ、皆の行動は迅速だった。
魔石鉱の中は昨日と同様に静まり返っている。
かつかつと足音が響いては、暗闇の中に吸い込まれていく。
幸いというべきか、昨日広い空間の死霊を殲滅したおかげで敵との遭遇は少なかった。
数回ほどの戦闘を経て、ラクサーシャたちは昨日の分かれ道に到着した。
セレスは地図を取り出すと振り返る。
「今日は右へ向かう。枝分かれした道は厄介だが、一つ一つ潰していく他無い。情報屋、地図は任せた」
「おう、任せてくれ」
クロウは地図を受け取ると、一通り目を通す。
紙に描かれていたのは、大樹の根のように枝分かれした地図だった。
「これ、全部回るのか?」
「当然だ。遺跡が見つかるまで、探し続けるしか手段は無い」
「マジかよ……」
遺跡の入り口が見つかるのが遅ければ、地図に書かれた道のほとんどを歩くことになるだろう。
クロウは先のことを思うと頭が痛くなった。
不規則に枝分かれした道は魔物も現れることから迷宮のようであった。
ラズリスの町に住まう炭鉱夫でさえ、その全ての道を把握している者はいない。
何百年と採掘を続けても枯れなかったため、炭鉱としての規模は大陸最大と言われるほどだ。
レーガンは生屍を叩き切ると、肩を回す。
「かぁーっ、こりゃいつまでたっても終わらねぇよ」
「ふん、無駄口を叩く暇があるなら足を動かせ」
「動かしてるっての……ん?」
先頭を歩いていたレーガンが急に立ち止まる。
「貴様、この程度で疲れ……」
セレスが詰め寄ろうとするが、レーガンが手で制止する。
その表情が真剣だったため、セレスも足を止めた。
クロウとベルは何が起きているのか分からず首を傾げた。
「あの、何かあったんですか?」
「下がってな、お嬢ちゃん。なんかヤベェのがいる」
レーガンは前方を睨み付ける。
見れば、ラクサーシャも抜刀していた。
「剣士さんよお、ありゃどうにかなんねぇか?」
「不可能ではない。が、ここでは厳しいか」
狭い通路、崩落の危険性。
これから遭遇するであろう気配は、制限下で相手をするには厳しかった。
特に、ラクサーシャの持ち味である膨大な魔力が使えないのだから、戦力の低下は著しいだろう。
狭い通路に金切り声のような耳障りな音が響く。
その歩みは荒々しく、振動が一同の元にまで届いていた。
ラクサーシャがその正体をいち早く感知する。
「拙いな。これは退くべきだろう」
「剣士殿が言うなら、余程の敵なのだろう。貴様には殿を任せた」
「おうよ」
レーガンが後方を任され、セレスはベルとクロウの護衛。
ラクサーシャが先頭となり、来た道を引き返していく。
五人は駆けるが、敵の気配は徐々に近付いていく。
クロウは一瞬だけ後方を振り返る。
未だ暗闇が広がっているだけだったが、足音はかなり近くで響いていた。
「レーガン、上だッ!」
ラクサーシャが声を上げる。
視線を向ければ、レーガンの真上に巨大な髑髏があった。
目の奥には蒼い炎が揺らめいている。
その体はムカデの様に長く暗闇の奥へと続いており、その全長は計り知れない。
死霊はカチカチと歯を鳴らし、レーガンへ襲い掛かる。
「おらぁあああッ!」
紫電が迸る。
レーガンの戦斧は死霊の一撃を受け止めるが、その重さにじりじりと押されていく。
全力の一撃を振るえば押し返せるだろうが、それだと余波で崩落する危険があった。
故に、崩落ギリギリの威力しか出せない。
不快な叫び声が響く。
どれほどの怨嗟を溜め込めばこうなるのだろうか。
おぞましい叫び声に、レーガンは自身が負の感情に侵食されていくような感覚に陥る。
腹の奥まで響く重低音。
一歩でも退けば、そのまま喰われてしまうだろう。
それが分かっているからこそ、レーガンは決して折れなかった。
やがて相手は焦れたのか、巨体を方向転換して横の道に去っていく。
その際に見えた体躯は、全長が五十メートルはあるだろう。
無数の骸の集積、それが繋がり合ってムカデの形を成していた。
危機が去ると、一同は安堵のため息を吐いた。
「ったく、なんだってんだよ」
レーガンが愚痴る。
セレスはその正体に心当たりがあるようだった。
「あれはただの魔物ではない。名前付きだろう」
「ほう、知っているのか」
ラクサーシャの問いにセレスが頷く。
「といっても文献で見た程度だが。あれはおそらく神話級の魔物――徘徊する怨嗟だ」
徘徊する怨嗟。
魔物の中でも最高ランクの神話級に分類され、数百年に一度姿を現すとされる死霊だ。
巨体に似合わず俊敏で、力も相応に強い。
かつては一国を滅ぼしたこともあり、その凶悪さから人々の怨嗟が積もり形を成した魔物だといわれている。
セレスの説明を聞くと、レーガンは顔をしかめた。
「かぁーっ、あんなバケモンを相手にしなきゃならねぇってか」
「魔石鉱の中では力が出せん。倒すのは難しかろう」
ラクサーシャが腕を組み首を傾げる。
神話級は一国の戦力を集結させてようやく相手に出来るような魔物だ。
自由に力を振るえないとなると、さすがにラクサーシャでも厳しかった。
「で、どうすんだよ? 外に誘き寄せるのか?」
「それも厳しいだろう。万一取り逃せば、甚大な被害が出てしまう」
「あれを避けながら行動するしかないってことか」
クロウの言葉に、皆が頷く。
「しばらくは慎重に行動したほうがいいだろう。行き止まりに追い詰められてしまえば、この戦力でも厳しいかもしれん」
「ならば、隊列を組みなおすべきか。私とレーガンで前方を、剣士殿には後方を頼みたい」
「うむ、心得た」
一同は再び進み始める。
徘徊する怨嗟の気配が無くなった訳ではないが、距離はだいぶ離れているようだった。
セレスは冒険者であるレーガンに比べ気配察知能力が劣っているため、道の選択はレーガンに委ねている。
進むにつれて敵の質も高くなっていく。
神話級とまではいかずとも、並みの冒険者では太刀打ちできないような相手が増えてきていた。
力のあるレーガンは兎も角、セレスは敵一体に対し二度剣を振るうようになっていた。
セレスは骸骨兵を切り伏せると、額の汗を拭う。
その様子を見かねたレーガンが声をかける。
「なあ、騎士様よお。そろそろ休憩にしねぇか?」
「ふん、私の身を気遣う余裕があるなら、それを気配察知に回しておけ」
セレスはレーガンの提案を断る。
その表情には必死さがあった。
「これほどの事件だ、早期に解決しなければ何が起こるかわからない」
「そりゃそうだろうけどよお……」
「私は国に使える騎士だ。この程度で根を上げていては、近衛騎士団の名に相応しくない」
その言葉には重みがあった。
セレスにも彼女なりの事情が有るのだろうとレーガンは察するが、それでも見過ごせなかった。
「神話級の魔物がいるんだ、そんな状態じゃ戦えねぇだろ?」
「この程度の疲労など問題ない」
「かぁーっ、分かった分かった。なら正直に言うけどよお、オレが空腹の限界だ」
そう言うのと同時にレーガンの腹が鳴った。
セレスはおどけたように笑うレーガンをじっと見つめ、大きくため息を吐いた。
「……仕方ない、昼食を取るとしよう」
適当な場所を見つけると、一同は休憩を取ることにした。




